第11話 協定会議




 ダンジョン側と王国及びフレイア教団で、大聖堂にて協定を交わすために指定された、当日。


 オレは、相手に舐められないためにも、カーキ色の正装軍服を着て行くことにした。詰襟に金ボタン、肩に金モールの三連の飾り付きで、以前魔王さまに頂いた勲章もつける。これに黒革のロングブーツ、緋色のマントを羽織り、腰には柄に宝飾付きのサーベルを佩刀した。


「ボクはディーンを守るためについて行くのだから、最強の武装をしていく」


「え? アーサー、それはちょっと。戦いに行くわけじゃないし。話し合いなんだから、あんまり物々しいのは」


 アーサーはこの前、オレが広場で赤狼人族の母子を救出する際に小さなケガをしてしまったことが、ショックだったらしい。竜はめったなことでは傷つかない、だから死なないと思っていたと言う。でも、そうじゃなかった事実が、彼女をナーバスにさせてしまった。


「もう二度と、ディーンの側を離れるものか。これからは、お前に髪の毛一筋の傷も負わせたりしない」


 聖剣エクスカリバーの柄を握ってつぶやく、アーサーの気迫が怖すぎて、ちびりそうだったことは内緒だ。



 結局、アーサーには、白に金銀糸の刺繍入り正装騎士服に、服の下にミスリルのチェーンメールを着けることで妥協してもらう。シャンパンゴールドのマントを翻し、白の編み上げブーツに聖剣エクスカリバーを装備した姿は、伝説の勇者の姿そのものだった。さらにマジック・アイテムの装飾品、指輪や腕輪、ピアスで攻撃力防御力、危険察知などの強化をするというので、それは好きにさせた。



 そしてオレ達と一緒に、師匠やギルドマスターも同行してくれることになっているので心強い。




 王都中央広場に地下ダンジョンの出入り口を作って置いたので、そこから外へ出ると迎えの馬車が待っていた。



「人族の国とダンジョンサイドが協定を交わす、というのは今までにあったのかな?」


 馬車の中でふと疑問に思って、口にすると師匠が答えてくれた。


「非公式には、時折あったのじゃよ。しかしこのような形で公に、しかもフレイア教団の総本山で、人族とダンジョンマスターが協定するのは史上初となる。わしは歴史の目撃者として、今日の協定を後世に伝える義務があるのじゃなぁ」


 ……なんだか、大事みたいだな。



 街の中央の丘の上にそびえ立つ大聖堂は、王城よりも大きな総赤煉瓦で出来たゴシック風の巨大な建築物で、近づくとかなり威圧感がある。


 やがて馬車は正門を通って、大聖堂の正面玄関の前で止まる。馬車を降りると、僧侶たちが出迎えた。


「ようこそ、お出で下さいました」


「よろしく、頼む」


 緊張している様子のアーサーの手をぎゅっと握ると、ひた向きなキラキラ輝く黒い瞳がオレを見たので、大丈夫だ、と頷いた。



 凱旋門つきの三十段の階段を飾る天使像の彫刻の装飾がされた入り口から、先導する僧侶たちに続いて中へ入った。


 重厚な外観とは対照的に、内部装飾は豪華絢爛だった。30m程もある天井を支える壁面の半円形の控え壁と、細長い窓とで見せるコントラストが素晴らしい。


 前に来た時は、聖騎士達に追われていたから余裕がなかったが、今は青を基調として金のアクセントの入った美しい内装をじっくりと見ることが出来た。



 僧侶たちに案内された部屋にはすでに、フレイア教団からは教皇と司祭、ティンタジェル王国からは宰相と書記官がオーク材のどっしりとしたテーブルの前に座っていた。


 この場に、マクブライド将軍や聖騎士ランスロットなどの武官系の姿が無いのが意外だった。


 オレ達は彼らの向かい合わせの席に座ると、教皇が立ち上がり挨拶と自己紹介をした。続いて宰相と身分順に自己紹介が続く。


 こちらの自己紹介が終わると、いくつかの質疑応答に移った。


 王都側がもっとも懸念していることは、魔物氾濫スタンピードだった。ダンジョンから魔物が氾濫して、大災害にならないか、という心配だ。


「オレのダンジョンでは、基本的に魔物は定数・再ポップ制だから、魔物が増え過ぎて王都に溢れるということはない」


 ……というような説明で、一応納得してくれた。


 フレイア教団からは、「死に戻り」のシステムについて質問された。


 『蘇りのミサンガ』は、ロキ神から権限を与えられたダンジョンマスターの加護が付与されているんだけど、ぼかした答えにする。


 人族は神々のことや世界の理について、真実を知っているわけではない。


 竜が世界を守るために龍脈の管理をしているとか、オレがロキ神の眷属とか、そういう情報は今はまだ、話せない。


 フレイア神を信仰している教団のお膝元で、ダンジョンを作られたらまずいって思われないためにも。


 まあ、王都側もいざとなれば冒険者たちのレベルを上げて、邪魔なオレを倒せばいいって思っているんだろうけどなぁ。



 形式的な質疑応答の後は、協定書にサインする運びになった。


 お互い一部ずつ協定書を受け取り、会議は終了する。随分とあっさり調印まで進んだので、拍子抜けしてしまった。アーサーの持っている、聖剣エクスカリバーの返却も要求されなかったし。



「ここからは、私人としてのお願いなのですが」


 教皇がアーサーを見て微笑んだ。


「イグレインがアーサーと会いたいと、別室で待っています。彼女に顔を見せてやって欲しい」


 イグレインはアーサーのお母さんだ。


「ボクは、ディーンの側を離れるつもりはない」


 固い表情で答えるアーサー。


「では、ディーン君も一緒に会ってやってくれますか」


 親子水入らずのところを邪魔して悪いけど、オレが一緒でないとアーサーはうんと言わなそうだ。


 師匠たちに「行ってくる」と伝えて、教皇と共にアーサーの母親の待つ別室へ移動した。



 窓の側に佇むその人は、オレ達が入室するとハッとして振返った。


 線の細い、儚げなどこか少女のような雰囲気を残すアーサーのお母さん。

 教皇がまだこの国の王子だったころの妻だったイグレイン。若かりし日の教皇が政変によって聖職者の道に進んだとき、妻帯が許されない教義のために彼女とアーサーは日陰の存在になってしまったのだ。


 


 オレと教皇は、窓の側の長椅子に腰掛けて話している母娘を離れたところで見ながら、男同士の話をした。



「ディーン君は、いずれ魔王になるつもりがあるのか?」


「ぶっ、ケホッ、ケホッ」


 いきなり教皇が変なこと言い出すから、せっかく入れてもらったお茶を吹いてしまった。


「オレが魔王になるなんて、絶対ないです」


「そうか」


「あの。何か企んでいるんですか」


 フレイア教団は魔王討伐を謳っていたはず。王都地下をダンジョンで奪って協定に持ち込んだけど、こんなにあっけなく応じるのは、何かある気もする。


「娘の幸せを」 


 うっ! そう来たか! 教皇に真剣な眼差しで見つめられ、心臓がトクトクと鳴りだした。


「私はティンタジェルの第三王子として生まれ、フレイア神の御心により教皇となった。しかし、イグレインと出会った頃は、聖職者になるとは夢にも思っていなかった。父王の命により出家することになり、イグレインとアーサーには辛い思いをさせてしまった」


「じゃあ、何故、アーサーに魔王討伐をさせようなんて」


「もちろん、アーサーを危険な戦いに送りたくなどない。でも、あのままだと群衆から勇者として祭り上げられ、ミズガルズ全土が戦乱に巻き込まれる。そして聖剣を持って逃げれば人族から敵視された――だが」


 そこで教皇はいったん言葉を切って、陽だまりの中に居るアーサーたちに目を向けた。


「これは私と一部の者しか知らぬことだが、先代の教皇は先見のスキルで、アーサーと地竜アースドラゴンが共に手を携え、第三の国を建てる、と予言していた。魔族も人族も平和に暮らす国だそうだ」


「えっ? オレが、第三の国?」


「だから、私は先代の先見による助言に従って、この協定に至るために水面下で密かに動いていた」


 カムラン・ダンジョン近郊の村に、アーサー母子を住まわせたり、聖剣を手にした後、聖騎士団から出奔する手助けも水面下で行っていたという。


「先見は不確かなものだ。運命は刻一刻と変わって行くものだから。今日この日を先代も見たかっただろう」


 

 最後に、教皇とイグレインのふたりから「アーサーをよろしく頼みます」とお願いされた。


 どちらかというと、あらゆる面でアーサーに助けられているのはオレ、という気がするけど。


「分かりました! 任せて下さいっ」


 その場の雰囲気に呑まれて、カッコよく返事をしてしまってから、アーサーの顔をこっそりと見た。



 アーサーは泣いているような笑っているような困った顔をして、オレと目が合うと照れたようにそっぽを向いてしまった……。




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