36 先制点
試合開始のブザーが鳴った瞬間。
陽明は足裏の
珀穂の対応はシンプルだった。
大量の
「(上等!!)」
そして、激突する。
二人の
「——ぐっ!?」
苦悶の声を漏らしたのは
「正面からの
「品定めのつもりなら早めに切り上げた方がいいぞ。じゃないと、次はそのポーカーフェイスが剥がれ落ちる事になるからな!」
ぐっと膝を沈めた陽明が、接近戦を挑む為に
「(このまま先制点を奪い取る!)」
猛烈な速度で突っ込んでくる陽明を見て、珀穂は小さく息を吐き出す。
消える。
「……、」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、陽明の思考に空白が訪れた。
視界に広がったのは二十メートル以上も先にある観客席の風景。
瞳に突き刺さるレモンイエローの閃光。
プールの水面付近まで急降下した珀穂が、
「くっ、そ……!!」
すれ違いざまの一撃を辛うじて受け流したが、体は錐揉み状に弾き飛ばされる。
「(これが、珀穂の
予備動作をなくし、
「(上を取られたままじゃ位置が悪い、一旦距離を取らないと……!)」
陽明は
速度を増した陽明の頭上で
しかしすぐさま反応した珀穂が、
「(追い付かれる……っ! やっぱり速度勝負じゃ分が悪いな!!)」
思ったよりも高度を上げられなかったが仕方ない。
プールの水面を気にしつつも、逃走から迎撃へ意識を切り替える。背面への攻撃で二点を奪われる事を避ける為、ラバーソードを構えつつ振り返った。
すでに黒い少年にはあと数メートルまで肉薄を許していた。
咄嗟に上段からの斬撃を凌いだが、体勢が悪くて衝撃までは殺し切れない。逃げ道を作ろうにも頭上は完全に防がれていた。
「(このままじゃ、水面に押し込まれる……っ!!)」
陽明の回避性能では、珀穂の速度を上回れない。
だから、全ての
発動した
一定時間内に生み出せる
ラバーソードを振り上げていた珀穂の顔に緊張が走った。いくら全国ベスト四とは言え、何の対策もなく陽明の
黒縁眼鏡の奥に逡巡が走り、洗練されていた動きに僅かな戸惑いが滲む。
——この隙を、活かす!
強烈な眩耀に包まれたラバーソードを握り締め、今度はこちらから距離を詰める。
だが、頭上へと放った一閃は空を切った。
溶接光にも似た輝きが引き裂いたのは宙を
「(また
珀穂は水泳選手みたいに鮮やかなターンで体勢を立て直すと、背中からレモンイエローの
「(焦るな、動きを見極めろ)」
余計な先入観は隙を生むだけ。
だから、迷わず斬れ。
鋭く息を吐き出すと同時、上段に掲げた光の剣を全力で振り下ろす。対する珀穂は黒いラバーソードを横に構え、斜め下から斬り上げた。
ピシィッ!! と、何かに亀裂が入るような音。
それは
「(珀穂の野郎、実戦で
唇を噛む陽明の上半身が、間違って鋼鉄の塊でも斬り付けたみたいに起き上がる。
多くの
だが、その難易度は途轍もなく高い。
少しでも
やっている事は、生死を賭けた実戦で真剣白刃取りを成功させるのと同じだ。使用には高い水準の
とは言え、珀穂も完全には
先に体勢を立て直したのは、陽明だった。
数メートル開いた距離を
チッ、と。
不機嫌そうに眉根を寄せた珀穂が舌打ちをした。
直後、圧が消える。
突如として日本刀のように研ぎ澄まされていた戦意に
脱力。
「(この瞬間を、待っていた)」
反射的に
「っ!?」
明確に。
珀穂の顔が強張った。
だが、遅い。
胸筋を張って蓄積させたエネルギーを解放して、ラバーソードの
場外で浮かんでいる審判が白い旗を挙げる。体の正面への有効打は一点。電光掲示板の時間経過が止まり、プール全体に甲高いブザー音が鳴り響いた。
「
左胸に視線を落としたまま呆然とする珀穂に向かって、陽明は静かに告げた。
「
「高速戦闘の中で
「だけど俺はこの二週間、
実際は分の悪い賭けだった。予測の精度が完璧ではない為、致命的な反撃を受ける可能性もあったのだから。
それでも一歩を踏み込んだのは、失敗して先制点を奪われるというリスクを負ってでも、
わざとらしい種明かしまで含めて、
この試合の為に、陽明が用意した対策の一つだ。
「……たかが一点を取ったくらいで、いい気にならないでくれる?」
不機嫌そうな少年が低い声で告げる。
レンズの奥の瞳に、ぞっとする程の冷光を湛えながら。
「それが君の二週間の成果なら、僕はこの一年間を見せてあげるよ。君が地を這いつくばっていた間に開いた差を思い知れ」
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