第136話

 間一髪、アベルの転移が間に合い私達はカミルの城へと戻ってくることができた。

 あのシルヴェスターという男にボロクズと呼ばれた勇者を連れて……

 

「なんとか戻ってこれた……ね。」


 ホッと一息ついているアベルだったが、今はそんな風に休んでいる場合ではない。


「アベル、休む前にこの勇者を介抱しないと不味いぞ!!」


 勇者の体は冷たい……あんな地下の石壁に囲まれた場所に監禁されていたから当然だ。

 そして、この異様に痩せ細った体……いったい何日食べ物を口にしなかったらこうなるんだ!?


 低体温症に極限の飢餓状態、そして脱水症状。本当にあと一歩遅かったら死んでいたかもしれないぞ。


「あっ!!えと……えと……な、なにからやればいい?ご、ゴメン……ボクこういうのわかんなくて。」


 おろおろとしながら、アベルは私に謝った。彼女はこのような状況は初めてらしい。

 生憎私も初めてだが……皆が皆動揺していては話にならない。こういう時こそ落ち着かないと。


「謝らなくていいから、落ち着いて私の指示にしたがって動いてくれ。」


「う、うん……。」


「アベルはこの子の体を温かい布で拭いて綺麗にして、着替えをさせてベッドに運んでくれ。」


 最優先事項は体温の保持と、清潔。


「この子の体がこれ以上冷えないようになるべく急いでな。」


「う、うん!!わかったよ。」


「私はその間に、今のその子の状態でも食べられるものを作っておく。だから、ベッドに寝かせたら教えてくれ。」


 一度勇者のことはアベルに任せて、私は急いで厨房へと向かう。


「あ~……っと、こういう時はお粥……で良いのか?」


 クソッ!!病院食の方も学んでおくべきだった。まさか、こんな事態に遭遇するとは思ってもみなかった。

 だが、幸いにも昔、飢餓状態の人間はブドウ糖が不足していると聞いたことがあるから、今の彼女の状況にお粥は合っているのだろう。万全な体内器官でない状態なら尚更だ。


「少しでも栄養価を高くするために、卵を溶いて……。」


 卵はたんぱく質や様々なビタミンが含まれている栄養価の高い食材だ。お粥との相性も良い。


「これで良し。後はアベルを待つだけだ。」


 お盆に出来立てのお粥と水を乗せて、アベルが来るのを待つ。


 それから少しすると、こちらに向かってパタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。


「ミノル!!で、できたよ!!」


「わかった、今行く。」


 お盆を持ち、アベルの後に続く。そして空いている一室に入ると、奥のベッドに勇者が寝かされていた。


「あ、あとはどうするの?」


「これを食べさせる。無理矢理にでもな。」


 固唾を飲んで見守るアベルの隣で、私はお粥をスプーンで掬い、軽く息を吹き掛けて冷ましてから勇者の口へとそれを近付けた。


 すると……


「ぁ…………。」


 食べ物の匂いを感じとったのか、本能的に口が僅かに開いた。私はそこへスプーンを挿し入れ、お粥を口の中へと流し込んだ。

 

「ん…………くっ………。」


「良し、食べた。この調子でなんとか全部……食べてくれ。」


 ゆっくりながらも、勇者は流し込まれたお粥を味わうように何度も噛み、そして飲み込んでいく。

 合間に水もしっかりと飲ませて、不足している水分も補う。


 そしてなんとか……時間をかけてお粥を完食させる事ができた。


「…………ふぅ、これで一先ずは様子見だな。」


 心なしか、さっきよりかは顔色が良くなっているようにも見える。ここに連れてきたときは本当にもう……死人か!?って位真っ青な顔だったからな。


「こ、これで助かる……の?」


「多分な。後はこの子の生命力次第だ。」


 私がそう答えると、アベルは大きなため息を吐きながら、椅子に崩れるように座った。


「はぁ~……よかったぁ~。」


 ようやく安心できたからか、アベルの顔には安堵の表情が見てとれる。


「も~、ミノルがいなかったらボク……この子を助けてもなんにもできなかったよ。」


 確かに、あのテンパり具合を見てた限り……アベル一人じゃこの子の応急措置は無理だっただろうな。

 かといって私がいたとしても……この状態よりもっと酷かったら手の施しようがなかったかもしれないけどな。


 その場合……アルマスのところまで飛んで、なんとかエルフの秘薬を作ってもらわないといけなくなるところだった。


 とまぁ、一先ず安心できるところまで来たから……さっきの状況と情報を整理するか。


「それにしても……あのシルヴェスターが言ってた。あれはいったい……。」


 この今眠っている勇者と瓜二つの容姿の人が何人も……。まさか本当にクローン……なのか?


 その疑問にはアベルが答えてくれた。


「……多分だけど大昔の禁術を使って、この子の勇者の核を他人に分け与えたんだと思う。」


 そう答えたアベルは更に付け加えるように言った。


「うぅん……それもただの他人じゃない。禁術を使って生み出した、感情の無い自分の操り人形にそれを……。」


 ギリリ……と音が鳴るぐらい強く歯を食い縛り、強く握りすぎた拳からはポタポタと血が滴り落ちている。


 アベルがここまで怒りに震えるなんて……。シルヴェスターはそれだけのことをしでかしたということか。

 一先ずアベルは落ち着かせるために、一度この場は私に任せてもらおう。


「アベル、後のことは私に任せて一度ゆっくりした方がいい。勇者のことは私が付きっきりで看病しておくから。明日……この件についてはアルマスを交えてゆっくり話をしよう。それでいいな?」


「あ、う、うん……。」


「良し、じゃあゆっくり休んでくれ。また明日……な。」


 今は時間が必要だ。この子にもアベルにもな。


 私は徹夜でベッドで眠る勇者の看病を続けるのだった。


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