第132話


「ん……もう朝か。」


 ベッドから体を起こし、ぐ~っと大きく背伸びをしていると


「んにゃ、お師しゃま……おはようございましゅ。」


 隣で眠っていたノノも大きなあくびをしながら体を起こした。やはり朝は弱いようで、呂律がまだ回っていない。


「あぁ、おはよう。」


 櫛でノノの寝癖をとかし、自分の身だしなみを整えた私は、今日も一日頑張ろうと意気込んで部屋の扉を勢い良く開けた……すると


 ゴンッ!!


「あだっ!?」


 扉が完全に開く途中、何かに当たった。そして、扉がぶつかった瞬間に聞き馴染みのある人物の痛がる声も同時に聞こえた。


「………………。」


 カサカサっと後ろに下がる音が聞こえたので、ゆっくりと扉を開けるとそこには額を床に擦り付けているカミルがいた。


 それを見て少し悪戯心が芽生えてしまった私は、ポーカーフェイスを貫きつつ、内心笑みを浮かべながら、その横を素通りしようとした。


 すると……


 カサカサッ……


「………………。」


 またしてもカサカサと音を立て、私の進行方向上に移動してきた。

 回れ右をして反対側に歩いていくと、再び私の前にカサカサとカミルが現れる。どうあっても声をかけてほしいらしい。


「カミル、朝から何してる?」


「……怒っておらんのかの?」


 瞳をうるうるとさせながら、カミルは私の顔を見上げてくる。どうやら、昨日砥石を一つダメにしてしまった事で怒られるのではないかと不安だったらしい。


「別に怒ってはないぞ?代えの砥石はあるし、何より……あれは私の管理責任だからな。」


 昨日の一件は、私が明日また包丁を研ごうと、水に浸けておいた砥石をカミルが爪研ぎに使ってしまったんだ。

 だから、まぁ……あれは私の管理責任というやつだ。カミルを責める所以は無い。


「飯抜きにせんか?」


「しないよ。……してほしいのか?」


「飯抜きは嫌じゃあ~!!」


 という言葉を聞いた瞬間に、ぶわっとカミルの涙腺が崩壊し、滝になり床に湖を作り始めてしまう。


「そ、そんなに泣くなって!!飯抜きにはしないから……なっ?」


「うぅ~……ホントかの?」


「あぁ、約束する。」


「うぁぁぁぁ~!!よかったのじゃぁ~!!」


 不安から解消されて、一度泣き止んだと思ったのに、再びカミルは大量の涙を流し床の湖を更に大きくする。


 どうしたものか……と困っていると、隣の部屋の扉が開き寝起きのヴェルが姿を現した。


「ふわぁぁぁ~…………朝から賑やかね~。」


「あ、ヴェル……手を貸してくれ。カミルが泣き止まないんだ。」


「あらあら~?ミノル~、カミルのこと泣かせちゃったの~?」


 頼む相手を間違えたようだ。手を貸すどころか、私のことをいじり倒してくる。


 そんな時、マームがいつものように蜂蜜を持って私達の前に現れた。


「ミノル、おはよ。」


「あ、あぁ……マームおはよう。」


「これ、蜜。……ノノはまだ中?」


「あぁ、まだ中で着替えてる。」


「ん、わかった。」


 コクリと頷くとマームは、私とノノの寝室へと入っていく。すると、中から二人がはしゃぐ声が聞こえ始めた。


 頼みの綱だったマームもノノと戯れてしまっているし、ヴェルにはずっと弄られてしまっているし、カミルは泣き止まないし……


 今日の1日の始まりは前途多難だな。まぁ、にぎやかなことに変わりはないんだが……な。


 騒がしい一日の始まりに大きなため息を吐いていると、突然目の前の空間にヒビが入った。これは、アベルが来る前兆だ。

 こんな朝早くから来るなんて……珍しいな。と、思っているとそこから焦った様子のアベルが顔を出した。


「ミノル!!大変だよ!!大変、大変!!」


「わかったから、一旦落ち着け。何が大変なんだ?」


 焦って大変としか言わないアベルを落ち着かせ、何があったのかを聞き出すことにした。


「見て!!これっ!!」


 詳しい事情を聞こうとすると、アベルは丁寧に折り畳まれた一枚の紙を私に突きだしてきた。それを受け取って中身を見てみると……


「……すまん、読めない。これ、書体を見た限り人の……人間の言葉だろ?」


 その紙には前に一度さらりと目を通した程度でしかない、人の言葉がズラズラと書き綴られていた。

 生憎今のところ、読めないから何が書いてあるのかはわからないが……。


「そう!!初めてボクの書いた手紙に人間側から返事が届いたんだよ!!」


 そういえば前に、何回も人間側に手紙を書いてるって言ってたな。今まで一度も返事を寄越さなかったのに、何で今になって返事を……。


 まぁ、でもアベルからしたら念願の返事だから……嬉しいんだろうな。


「で?なんて書いてあるんだ?」


「えへへ~実はボクも今から読むんだよね~。楽しみだな~……。」


 手紙を返し、アベルがそれに目を通すと……。彼女の表情が一気に強張った。

 

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