第111話

 エルフの国に着いてからは、アベル達と別行動をとることになった。というのも、アルマスとの会談が到着後すぐに始まり、それに伴って私も料理を作らねばいけなくなったからである。


 今回使うことになった調理場は、アルマスの屋敷のキッチンだ。ひとえにキッチンと言っても設備はかなり揃ってる。なんといっても、素晴らしいのは水道設備があることだ。水色の石が填められた蛇口を捻れば冷たい水が出てくる。カミルの城と比べたら少し狭いが、利便性はこっちのが高いな。


「良し、じゃあ早速始めるか。ノノ、野菜を洗うのを手伝ってくれ。」


「わかりましたお師様!!」


 ノノと共に今回使う予定の野菜を一つ一つ丁寧に洗っていく。


「ノノ、そっちの野菜は洗ったら皮を剥いておいてくれ。まだ包丁で剥くのは慣れないだろうから、そこに置いてあるピーラーを使うといい。」


「はいです!!」


 さて、あっちの野菜はノノに皮を剥いてもらうとして……私は私で仕込みを始めないとな。

 先ずは出汁を引いていこう。今回出汁を引くのに使うのはボルドで購入した乾燥させた海草だ。


「鍋に水を張って海草を戻して……じっくり弱火で火にかける。」


 後は沸騰する直前で海草を取り出せば出汁が引けているはず。……といっても、何回も試作しているから良い出汁が引けるのはわかってるんだけどな。


「で、出汁をとってる間に米を研いで……吸水させる。」


 そして米を研ぎ終わる頃、ノノから声がかかった。


「お師様、できました!!」


「良し、剥き残しもないな。バッチリだ。それじゃあ次は……。」


 ノノと共に私は料理の仕込みを着々と進めていくのだった。











 一方その頃、アベル達はアルマスと会談が始まっていた。


「やぁ!!アルマス、約束覚えてるよね?」


「もちろん、覚えてるよ。あんなに強引に取り決められたからね。」


 アルマスはアベルと今日という日の約束を交わした日を思い出しながら言った。


「強引だなんて人聞きが悪いな~。ボクは合理的な手段で約束を交わしたつもりだけど~?……っとまぁ、あの日のことは置いといて、どうなの最近?」


「正直状況は悪いね、見てもらったらわかる通り僕の護衛すらも森の警備にあたらせてる。」


 アルマスの周りには屋敷のお手伝い妖精がいるだけで、護衛となるエルフはいない。彼の言葉の通り、護衛となるエルフ達は皆森の警備にあたっているようだ。


「被害は?」


「今のところはないけど……時間の問題かな。皆に疲労が見え始めてる。君のとこはどうなんだい?」


「相変わらずだよ。攻めてきては撃退して~の繰り返し。あっちの勇者が前線に出てきてないから被害は最小限に済んでるけど、勇者が出てきたらちょっと状況が変わっちゃうかな。」


「お互い人間に敵視された国は大変だね。」


「まったくだよ。ボクの代になってからはなんにもいざこざなんて起こしてないのになぁ~。」


 二人の国王は同時に大きなため息を吐いた。


「そういえば……アベル、君は彼がどんな料理を作るのかは聞いているのかい?」


「何を作るのかはボクにも秘密にされてるんだよね~。でもちゃんとミノルは君達の文化のことを理解した上で作るみたいだから、安心して良いんじゃない?」


「おや……ということは生物なまものを使わないでくれるのかな?それはこちらとしてはありがたいけど……カミルさん達が満足しないんじゃないかい?」


 アルマスの問いかけにカミルとヴェル、そしてマームの三人はお互いに顔を見合わせて首を横に振った。


「ミノルの料理で満足しないということはあり得ないのじゃ。たとえ妾の好物を抜きにしてもな。」


「ね~?いくら使うものが制限されてもミノルなら……ねっ?」


「絶対……大丈夫。」


 そう口々に言ったカミル達を見てアベルはにんまりと口角を吊り上げた。


「まっ、そういうことだよ。ボクもここ何日かミノルの料理を食べたけど……あれを味わったらもう戻れないよ?」


「ふふふっ、君にそこまで言わせる程かい?それはそれは……俄然楽しみになってきたよ。」


 そう話す彼らの部屋に、ふわり……と鼻をくすぐる香りが漂い始めた。


「良い匂いがしてきたね。この香りは……嗅いだことがあるな。多分霊樹茸の香りじゃないかな?こういう席に霊樹茸を使うなんて、余程彼は僕達の文化について勉強してきたらしいね。」


「霊樹茸……かぁ~アルマスと初めて会ったときを思い出すね。」


「おや、覚えてたのかい?あの時君はいたく精霊達気に入られて霊樹茸を採るように促されてたけど……当の本人はなにがなんだかわからなくて「変なのがいじめてくる~っ。」って泣きわめいて……。」


「わ~~~っ!?それは秘密っ!!ひ~み~つっ!!」


「ふふふっ、そうだったね。これはアベルにとって一番思い出したくない過去だったね。」


 顔を真っ赤にして慌てふためくアベルを見て、アルマスはクスリと笑う。


「~~~っつ、次皆の前でそれを話したらどこかの変な空間にアルマスのこと捨てちゃうから!!」


「おっと、それは勘弁願いたいな。君みたいに空間魔法が扱えるわけではないからね。」


 そんな時、部屋の扉がコンコン……とノックされた。


「入って良いよミル?」


「失礼しますですっ。お食事の御用意ができたそうなのですっ!!」


「わかった。それじゃああの人達が料理を運ぶのを手伝ってあげてくれるかな?」


「かしこまりましたです!!」


 ぱたぱたと屋敷に仕えている妖精のミルは部屋を後にした。それと同時に、食事ができたという言葉を聞いて、これ以上自分の過去の黒歴史を掘られる心配がなくなったアベルはホッと心の中で胸を撫で下ろしたのだった。

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