第78話

 アルマスの屋敷を後にした私達は、早速エルードの問屋……という店を目指し歩みを進めていた。


「確か道なりに進めば看板が見えてくる……って言ってたよな。」


 看板……看板か。


 辺りをキョロキョロと見渡してみるが、当然の如く全てエルフが日常的に使う言語で書かれている。魔族の言葉は大方理解できてきたが……まだ精霊種と獣人の言葉はあまり深くは理解できてない。

 だから、道端のお店に掲げられている看板の中には何と書いてあるのか分からないものがポツポツとあった。


「なぁ、カミルはエルフの言葉も分かるのか?」


「む?なんじゃいきなり……当然分かるに決まっておろう?」


「じゃあ後でちょっと教えてくれ。ある程度はわかるんだが……やっぱりまだ完全には読めない。」


「それぐらいなら全然構わんぞ~。」


「助かるよ。」


 カミルにお礼を告げると、彼女はふと何かを思い付いたようで……口角を吊り上げながら私の近くにやって来て、耳元で囁いてきた。


「のぉミノル。」


「……なんだ?」


「エルフの言葉を教える代わりに……何か妾にご褒美が欲しいのぉ~。」


 ……あれ?こんな感じの会話をつい最近した気がするな。


「具体的に何が欲しいんだ?」


「もちろん妾のために特別に何かを作って欲しいのじゃ。」


 う~ん、やっぱりそうきたか……。まぁもうマームにもやってるし、今更抵抗は無いが。


 カミルの申し出にわかった……と首を縦に振ろうとしたその時。


「カ~ミ~ル~?な~にコソコソ話してるのよ~?」


 話を聞きつけたヴェルがカミルの肩に腕を回し、問い詰める。


「な……ヴェ、ヴェル!?な、何でもないのじゃ~?のっ?ミノル?」


 顔からダラダラと冷や汗を流しながらカミルは、視線を私に向け助け船をだすように促してきた。……まぁ、ここは軽く助け船を出してあげようか。後でやっぱり教えないとか言われてもアレだし……な。カミルに限ってそんなことはしないと思うけど。


「あぁ、カミルにエルフの言葉を教えてくれってお願いしてただけだよ。」


「ほ、ほれ!!な~んにもなかったじゃろ?」


「ふぅん……そう、エルフの言葉なら私でも教えれるわよ?何なら私も一緒に教えてあげよっか?ねっ?」


 カミルに助け舟を出したはいいものの……事態はあまりカミルにとって良くないほうに向かっている。


「む!?そ、そんなヴェルの手を煩わせるほどのことでもないのじゃ~。わ、妾がおれば問題なかろう?なっミノル?」


「そんなことないわよね~?教え手は多い方が良いに決まってるわ。……ねぇ?ミノル?」


「…………カミル、さっきの話はやっぱり無しにしよう。自分で勉強するよ。」


「な、なんとな!?」


 これ以上話題をこじらせると面倒なことになる……ということを確信した私は、一度この話を無かったことにすることにした。

 ……てかこうするしかない。うん。


「うふふっ、もしわからないことがあったら遠慮な~く聞いちゃってもいいんだからね?」


「わ、妾にも聞くのじゃぞ!?」


「はいはい。」


 そんなことを話していると、ある看板の上に見たことがある鳥が留まっているのが目に入った。


「お?あの鳥は……さっきアルマスが飛ばしてくれた鳥じゃないか?」


「うむ、その様じゃな。看板にもしっかり問屋エルードと書いてある。あやつが言っておった店はここで間違いないじゃろう。」


 そして私達が看板が掲げてある店の前に辿り着くと、役目を終えたと言わんばかりに、その鳥はアルマスの屋敷の方へと飛び去っていった。


「……迷わないようにしてくれてたのかな?ありがたい。」


 その鳥を見送った私は店の扉をゆっくりと開ける。すると、一人のエルフの男性が私達のことを出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました。わたくしこの店の店主のエルードと申します。アルマス様から話は聞いております。何なりと入り用の物をお申し付けください。」


「あ~……えっとそれじゃあ、エルフの国でしか作ってない調味料とか……食材とかを見せて欲しいんだが。」


「畏まりました。それでは、こちらへどうぞ……。」


 そして私達はある場所へと案内された。案内された先にあったのは巨大な倉庫のような建物……。


「ここは?」


「ここは私の店で扱っている食料品や調味料等を保存しておくための倉庫です。中は氷の魔石で常に温度を低温に保っております。」


 なるほど、ここはつまりは巨大な冷蔵庫……というわけか。低温で食料品を管理すれば長持ちするから、かなり合理的だな。


 まじまじとその巨大冷蔵庫を眺めていると、エルードがその大きな扉に手を翳す。すると、独りでに扉が開き中から冷たい冷気が溢れてきた。


「中へ入る前に、皆様方に冷気から体を守る魔法をかけさせていただきますが……。」


「妾はいらんぞ。」


「私もいらな~い。」


「私も自分でできる。」


 三人は自分でどうにかするらしい。私とノノは是非ともかけてもらおう。


「じゃあ、私とこの子にだけ……。」


「畏まりました。それでは失礼します。」


 パチン!!とエルードが指を鳴らすと、私の体を暖かい何かが包みこむのを感じた。どうやらコレが冷気から体を守るという魔法らしい。


「では中へ入りましょうか。欲しいものがあれば何なりと仰って下さい。」


 そして私達は、巨大な冷蔵庫の中へと足を踏み入れるのだった。

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