第73話

 エルフの国に向かう日の朝……私は妙な体の違和感に気が付き、目を覚ました。というのも、何かがのし掛かっているように体が重く、いつもよりも暖かいのだ。


「ん……んん?」


 目を覚ますと、私が被っていた毛布が異様に膨らんでいる光景が目に入った。もしやと思い、毛布の中を覗き込んでみると……そこには、私に抱き付くようにして安らかな寝息をたてるノノがいた。


「いつの間に……。」


 確かノノのことは私の隣の部屋に寝かしつけたはずだ。夜中に起きて私のベッドに潜り込んできたのか?それ以外に考えられないよな。


 ポンポン……と優しくノノの頭を撫でていると、大きなあくびをしながらノノが目を覚ましてしまった。


「あ……う~。」


「おはようノノ。ぐっすり眠れたか?」


 まだ重く、あまり開かない瞼をコシコシと手で擦りながらノノは、私の問いかけにコクリと頷く。


「それで……どうして私のベッドに潜り込んでるんだ?」


「あ~う~!!あう!!」


 そう問いかけるとノノは昨日寝かしつけた隣の部屋の方を指差して、何度も首を横に振った。


「あっちの部屋が嫌だったのか?」


「あうっ!!」


 大きく頷くと、ノノは私の胸にぎゅっとしがみついてきた。その行動で私はすべてを察した。


「なるほどな。一人が嫌だったのか。」


「あ~う~……。」


 私の言葉が合っていると言わんばかりに、ノノは私の胸に頭をぐりぐりと押し付けてくる。どうやら一人で寝るのは少し寂しかったらしい。


「なら今日からは私と一緒に寝るか?」


「あうっ!!」


 私の言葉にノノは大きく頷いた。


「わかった。それじゃあ今日からは一緒に寝ようか。」


 そう言うとノノは嬉しそうに微笑みながら、耳と尻尾を激しく動かした。朝一番から癒される笑顔と仕草だな。


「さて、そろそろ起きるからそこを退いてもらえるか?」


「あう~。」


 お願いするとノノはもぞもぞと動き私の上から退いてくれた。そしてベッドの横に立つと再び大きなあくびをする。そんな可愛い仕草を朝から見せてくれるノノの頭には、また可愛らしく一本に纏まったアホ毛のような寝癖ができていた。その寝癖はノノが何らかの動作をするたびにみょんみょんと踊るように頭の上で跳ねている。


「カミルたちを起こしに行かないと……って思っていたが、まずはノノの寝癖を直した方がよさそうだな。」


「あう~?」


 ノノが首をかしげると、それに合わせて寝癖もぴょこんと踊る。本当にずっと見ていられそうな光景だ。

 私はそんなノノの姿に癒されながらも、彼女の髪をとかした。そして身だしなみを整えたうえでカミルたちを起こしに行くのだった。


 廊下を歩いていると、ちょうど私に今日の分の蜂蜜を持ってきたマームに出会う。


「おはようマーム。」


「あうあうっ!!」


「ん、おはよ。これ今日の分。」


 挨拶を交わすと、マームは私に今日の分の蜂蜜を手渡してくる。


「確かにもらったよ。いつもありがとな。」


「今日も美味しいお菓子楽しみにしてる。」


「任せてくれ。腕によりをかけて作らせてもらうよ。」


 廊下でそんな会話をしていると、すぐ隣の部屋の扉がガチャリと音を立てて開き、未だ重たそうな瞼をこすりながらカミルが出てきた。


「くあぁぁ~……。」


「お、ちょうど起きてきたか。今起こしに行こうと思ってたんだ。」


「んむ……そうか。……ヴェルのやつはまだ起きとらんのか?」


 きょろきょろと周りの面子の顔を眺めた後カミルはそう尋ねてきた。


「あぁ、ヴェルはまだ起きてない。カミルを起こした後に起こそうと思ってたんだ。」


「くっふふふ……そうか。なら、あやつの間抜けな寝顔でも拝みに行くかの~。」


 くつくつと悪い笑みを浮かべながらカミルはヴェルの部屋へと向かって歩き出す。


「じゃあヴェルのことは任せるぞ?」


「うむ。任せておけ。さ~て、どうやって起こしてやろうかのぉ~。」


 そろりそろり……と音を立てないようにヴェルの部屋へと入っていくカミルを私は苦笑いしながら見送った。


「カミル、なんか楽しそう。」


「なんだかんだ、この城に住み着く住人が増えてるからな。言葉にはしないが、心では結構楽しんでるんだろ。」


 マームとそんなことを話していると……ヴェルの部屋の中から声が聞こえてきた。


「わ゛~~~ッ!!ヴェル!!朝じゃぞ~起きるのじゃ~!!」


 なるほど……大きな声で驚かして起こそうって魂胆か。朝一番からあんな大声で騒がれて起こされるヴェルはたまったものではないだろう。

 朝から災難だな……と他人事ながら可哀想に思っていたが、カミルが大声を上げたっきり部屋の中から物音が聞こえなくなった。


「……お?なんでかすんごい静かだな。」


 ふと、一縷の好奇心が沸いた私がヴェルの部屋のドアに手をかけようとした時だった……。


「……ッ!!ミノル危ないっ!!」


「え?」


 突然ぐいっと後ろからマームに引っ張られ、引き戻される。その次の瞬間……。


「のわあぁぁぁッ!?」


 そんな悲鳴と共にカミルが室内からドアを突き破って廊下に転がってきた。もし、マームが私のことを引っ張ってくれなかったら……今頃カミルに巻き込まれていたことだろう。

 そしてカミルに続き、寝惚けた様子のヴェルが姿を現した。


「ふわあぁぁ~……ん~、おはよ皆。」


「あ、あぁ……おはよう。」


 たじたじとしながら挨拶を返すと、ヴェルは一度辺りを見渡しハッとした表情を浮かべる。


「ハッ!?私ったらま~たやっちゃった!?最近無かったのに……。」


「あ~……ヴェル?やった……っていうのは?」


「あぁ、あのね。私たまに寝起きに風の制御が覚束なくなっちゃうのよ~。」


 つまり……たまたまヴェルの事を驚かして起こしてやろうと企んだカミルがそれに巻き込まれたと。これは、悪企みをしたカミルに天罰が下ったな。

 ヴェルに介抱されるカミルの姿を見て、思わず苦笑いを浮かべるのだった。

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