第71話

 私は一人城の中を進み、新たにできた浴室へとやって来た。扉を開けると、モワァッ……と白い湯気が溢れ出してくる。

 服を脱ぎ一糸纏わぬ姿となって湯気の中を突き進むと、大きな木製の湯船が湯気の中に現れた。


「こんな広い湯船を独占できるなんてな。」


 私以外に人はいないし、手足を伸ばしてゆっくりさせてもらおうかな。


 軽く体を流し、私は足先からゆっくりと湯船に体を沈めていった。


「あ゛~~~っ……。さいっこうだな。」


 湯船に体を沈めると、体に溜まっていたいろんな物が大きなため息と共に吐き出されていくのを改めて感じる。

 久しぶりの温かい湯船に体が喜んでいることを実感していると、突然隣から声が聞こえた。


「あ~~~う~~~っ……。」


「!?」


 突然隣から聞こえた声の方に視線を向けると、いつの間にかノノが私のとなりで湯船に浸かっていた。


「の……ノノ!?いつのまに……。」


 全く気配に気が付かなかった。完全に自分の世界に入っていた……というのもあるだろうが、それにしても普通隣にいたら気が付くものだがな。


「……まぁいいか。さっきは色々と急いでたからノノをゆっくり湯船に浸けてあげる時間もなかったしな。」


 隣でほっこりとした表情を浮かべて、気持ち良さそうにしているノノ。頭を撫でてあげると、ピコピコと頭の上に生えている猫のような耳が動く。

 どうやらノノのこの猫っぽい耳や尻尾は感情の起伏によって動き方が変わるようだ。最初会った時は耳も尻尾もぺったんこだったもんな。多分……あれは気分が落ち込んでたからぺったんこだったのかな?


「っと……ノノ一緒に入るのは良いが、無理は禁物だぞ?私に合わせてたら逆上せてしまうかもしれないからな?」


「あう!!」


 わかった!!という意思表示だろうか、ノノは右手をピンと真上に上げながら返事をした。


「わかったなら良し。」


 ノノが乱入してきたとはいえ、この大きな浴槽は二人ではかなりスペースをもて余す。だからこうやって体を思いっきり伸ばしてリラックスしても誰も文句は言わない。

 

「ふぅ……にしてもあの入国許可証には驚いたな。あの時しっかりと目を通しておくべきだった。」


 さっきのカミル程じゃないが、私もあの時書類にしっかりと目を通さなかったことをひどく後悔している。……とは言ってもあの時は、書類に目を通す暇もなくカミルに引き摺り回されたんだけどな。


「今さら後悔しても遅いか。」


 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。本当にその通りだと思う。先に立つのはいつだって過去じゃなく未来だからな。


「……そういえばアベルはエルフの王からの感謝状に、カミルとヴェルの他に人間と宛名があったって言ってたよな。」


 あの言葉がブラフではなく真実だったとして……どうやってエルフの王は会ったこともない私のことを人間だと知っていた?

 頭の中で思考を加速させていると、シルフが私のことを初対面の時にすぐに人間だと見抜いていたことを思い出した。


「可能性があるとすれば、シルフからエルフの王へと情報が渡った……というのが一番濃厚だな。」


 そう仮定すると、今までのこと全てに辻褄が合う。だが、しかし最終的に墓穴を掘ったのは私自身だ。あの場は嘘でも美味しいと言っておくべきだったか……いや、でもあれを美味しいと言うのは私の料理人としてのプライドが許さない。あんなものは料理ではない。


「一番不可解なのは、私が人間であると確信を持っているにも関わらず、アベルがそれについて何も言及してこないことだ。」


 ただ、利用価値があるから利用されているだけなのか。はたまた何か、アベルの考えがあってのことなのか……。

 さすがにそこまでは私でも読むことは出来そうにない。


「あぅ~……。」


「ん?ノノ?」


 物思いに耽っていると、隣で湯船に浸かっていたノノの顔が徐々に赤くなってきているのに気が付いた。


「危ない危ない……あとちょっと遅かったら逆上せてしまうところだった。さ、ノノ上がって着替えるぞ。」


「あ~う~。」


 私はもう少し入っていても大丈夫そうだったが……私に合わせてノノが無理をしないとも限らない。今日は少し早めに上がるとしよう。


 気持ち早めに風呂から上がり、私は着替えた後インベントリから蜂蜜牛乳を取り出しノノに差し出した。

 これはカミル達に作ったやつの余りだ。体裁よく言えばな。本当は個人的に風呂上がりに飲もうと思って取っておいた……というのは内緒だ。


「ほらノノ。これを飲むと良い。冷たくて体に染み渡るぞ?」


 ノノはその小さい手で瓶に入った蜂蜜牛乳を受けとると、勢い良く飲み始めた。


「んく……んくっ…。」


 ごくっ……ごくっ……という液体が喉を通り抜けていく音がここまで聞こえてくる。

 お風呂で汗もかいただろうから、体が水分を欲しているんだろうな。すごい飲みっぷりだ。


「んく……ぷはっ!!」


 無我夢中で蜂蜜牛乳を飲み干したノノの口の回りには、牛乳が白い髭のようについてしまっている。


「美味しかったか?あんなに急いで飲んだから……口の回りに白い髭ができてるぞ?」


「あう!?」


 私にそう指摘され、一瞬驚いた表情を浮かべたノノは急いで口の回りについた牛乳を布で拭き取った。

 

「それで良い。さて、カミル達のとこに戻るとしようか。」


「あう!!」


 ノノの手を引き、私はカミル達のもとへと戻るのだった。

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