第45話

 いざ街の中へと足を踏み入れると、海街特有の潮の香りが鼻をつついた。


「この潮の香り……海街って感じがするな。」


 異世界でも海街特有のこれは変わらないらしい。少し安心した。


 ……が、やはり街の中に私達以外の人影は見当たらない。海街ならもっと活気があってほしいところだが、やはり恐怖の方が上回っているらしい。

 そんな閑散とした街の様子にカミルはうんざりとした感じで言う。


「まったく、すぐに取って喰おうというわけでもないのに大げさな奴らじゃ。」


「ホントよね~。他の五龍と一緒にしないでっての!!」


「まぁまぁ、静かに買い物できるってことで良しとしようじゃないか?」


 プンスカとあらぬ風評被害に怒る二人をなだめ、一旦その場を落ち着かせる。二人の気持ちもわからないでもないが……今怒っても仕方のないことだからな。ここはプラスに考えてもらおう。


「む~……まぁそうね。ギャーギャー騒がれるよりかは遥かにマシだけど~……。」


「じゃが、後で再び五龍集会が開かれた際にはしっかりと言って聞かせておかねばならんな。」


 何とかこの場は怒りをおさめてくれたようだが……未だ腑に落ちないといった表情を浮かべる二人。この二人の怒りの沸点が低くて本当に助かったな。説得がしやすい。


「それで?魚はどこに売ってるのかしら?」


「多分市場があると思うんだが……まずはそこを見つけないとな。」


 こういう時に通行人に話を聞ければ簡単に場所がわかるんだが……。きょろきょろと辺りを見渡してみてもやはり人影はない。が、その代わりにあるものを見つけた。


「ん?あれは……。」


 あたりを見渡している時に目についたのはある看板だった。当然ここは魔族の人たちが暮らしている街だから魔族の言葉で書いてあるが、サラッと勉強したかいあって読めるぞ。


「ボルド名物魚市場……この先直進。どうやらこの先でいいみたいだぞ?」


「おぉ、ではこのまま進むのじゃ~。」


「お魚……楽しみ。」


 看板に書いてあった通りに真っすぐに道を進むと、潮の香りに加えて魚市場特有の魚の匂いがし始めた。


「ん、この匂い……市場に来たって感じがするな。」


「お魚の匂い。……生臭い。」


 マームは魚のこの独特の生臭さが苦手らしい。鼻をつまんで匂いを嗅がないようにしている。


「マームは魚嫌いか?」


「ん~……わかんない。食べたことないから……。でも臭い。」


「そうか、食べたことないか。……じゃあ逆に今まで何を食べて生活してたんだ?」


 ふと疑問に思った私はマームに問いかけた。


「蜜だけ。」


「蜜だけっ!?他には何にも食べなかったのか?」


「うん。」


 淡々とマームは私の疑問に答えた。


「まっ、それも不思議ではないがのぉ~。ジュエルビーの作る蜜は完全食と言われるほど栄養が豊富で高いと言われておる。」


「そうなのか?」


 カミルの補足の説明にマームはコクリと頷く。どうやら本当のことらしい。まぁそうでないとここまで健やかに育てないだろうからな。


「なるほど。だからプリンを食べたときあんなに……。」


「あのお菓子はホントおいしかった。もう蜜だけの生活に戻れないぐらい……。」


 プリンを食べたときのことを思い出しているのか、マームは幸せそうな笑みを浮かべている。


「むっふっふ、そうであろうそうであろう……。じゃがミノルの真骨頂は甘味ではなく料理なのじゃ。」


「料理楽しみ……でも臭いの嫌。」


「そこは任せてくれ。」


 魚の特有の生臭さなんて消す方法はいくらでもある。まぁこの世界ではその方法はある程度限られている。故に先ずは魚を選ぶところから始めないといけない。


「さて……目利きといくか。」


 そんなことを話ながら歩いていると、市場の中の商店が建ち並ぶ場所にたどり着いた。街の様子と同様に人気は無いが、声をかければ出てくるだろう。


 私はカミル達と歩きながら商店の前に並べられた魚を見定めていく。

 魚を選ぶ基準は鮮度と、漁法……そして適切な処理がなされているかどうかだ。ま、これはあくまでも私の中の基準だがな。


 そしてだいぶ歩いたが、私のその三つの基準を満たしている魚はなかなか無い。

 海街ならではの、抜群に鮮度の良い魚はたくさんいる……が漁法と獲った後の処理が良くない。おそらくここに並べられている大半の魚は定置網のような漁法で獲られたのだろう。光に反射して網目の模様が鱗の表面に見える。それに血抜きもされていないようだ。血抜きをした痕もない。


「………………。」


 真剣に魚を見定めていると、私の後ろを歩いていたカミル達の方から小さく話し声が聞こえた。


「ミノル……凄い真剣。」


「私にはどれも同じに見えるけどね~……。」


「きっとミノルは妾に捧げるに相応しい最高の魚を選んでおるに違いないのじゃ。お主ら邪魔をするでないぞ!!」


 まぁ……素人目には魚なんてどれも同じにしか見えないだろうな。


 そして商店が建ち並んでいる通りの終わりが見えてきた時だった。


「ん?あれは……。」


 通りの一番端っこにあった店に並べられていた魚に私の目に留まった。近くに近付いて良く見てみると、鱗に網目の反射がない。そして尻尾の付け根と魚の首根っこのところに何かを刺した痕がある。極めつけは魚の口……その店に並べられているすべての魚の口には釣り針がついたままだった。


「これだ、これが欲しかった。店主、ここにある魚全てもらいたい。」


 そう店の奥に声をかけると、奥から一人の老いた魔族が姿を現した。


「儂の店の魚なんかでいいんですかい?他にもたっくさん魚を売ってる店はありやすよ?」


「あぁ、構わない。」


「……どうやらカミル様とヴェル様のお供の方は魚を見る目があるようで。全部合わせて金貨5枚でどうですかい?」


 私は店主に金貨5枚を差し出した。そして品物を全部インベントリにしまって店を後にする。

 あんなに良い魚を揃えてる店は日本でもなかなかお目にかかれない。今後も贔屓にさせてもらうとしよう。

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