第17話

 一つ一つ間隔を置いて調味料が入った袋や瓶のようなものを並べ、そして全て私達の前のテーブルの上に並べ終えると、会長と呼ばれた男が私達の前に座り説明を始めた。


「ま、まずはこちらから……こちらは近海の海水を使って、この国で最も精製技術の高い技師が塩にしたものです。よろしければ一口……。」


「ん、ありがとう。」


 促されるがまま、革袋に入っているその塩をひとつまみ摘まんで口に含んでみた。


 ……これは、カミルの住処に放置されていた物と何ら変わり無い出来の塩だな。味も香りも同じ……つまるところこの塩とまったく同じものがあそこには置かれていた。


「いかがですか?」


「うん、良い塩だ。でもこれはあるから今日はいい。次のを見せてくれ。」


「かしこまりました。それでは次はこちらなんていかがでしょうか。」


 彼はおもむろにトロトロとした黄金色の液体が入った透明な瓶を開けた。すると、部屋の中にぶわっ……と花の香りが充満した。


「……!!これはまさか蜂蜜。」


「そうです。しかもが作った最高級の蜂蜜です。」


「なっ!?じゃと!?」


 商人の男の言葉に思わずカミルは立ち上がった。そしてジロリと男に視線を向け、問いかける。


「よくそんな大層なものを手に入れれたな?ジュエルビーと言えば上級魔族にも劣らん力を持ったとんでもない魔物ではないか。」


「どうやらその時は偶然クイーンが外出中のようでしてな。そこに運良く忍び込んだ私の手の者が、命からがら持ち帰ってきたのですよ。」


 顔中をだらだらと垂れる汗をせっせと拭きながら男は言った。そしてその言葉に納得したのか、カミルは再び私のとなりに腰かけた。


「ふん、そうか。……ミノル、これは叉と見れぬ珍品じゃぞ。お主が欲しければ買うがよい。」


「……蜂蜜だったら色んなのに使えそうだしな。これはだ。」


「おぉ!!ありがとうございます。」


 カミルから許可も下りたので私はほぼ即決で買うことを決断した。理由は単純に料理の幅が広がるから……だ。


 そしてほくほくとした表情を浮かべる男に私はあることを問いかけた。


「なぁ、穀物を粉にしたやつってここにあるか?」


「もちろんございます。え~……こちらですね。」


 彼は一つの革袋を手に取り、私の前で開けてくれた。その中には薄く黄色みがかってはいるが、限りなく白に近い色をした粉末が入っていた。


「こちらはピュロスという穀物を石臼にかけて細かく挽いた粉になります。しっかりと、不純物を取り除いてありますので殻などは入っておりません。」


「ふむ……。」


 ピュロス……いったいどんな感じの穀物なんだろうな。後で実物を見てみたいものだ。

 それに穀物というものが存在しているなら、もしかするとこの世界のどこかに米のようなものがあってもおかしくはないな。


 まぁ、ひとまずこれも買いだな。


「じゃあこれももらおう。」


「かしこまりました。」


 次々に即決で購入するものを決めていると、カミルがこちらをキラキラとした目で見つめていた。


「ミノル、お主もしや……菓子を作ってくれる気かの!?」


「あぁ、だからもう少し買ってもいいか?」


「もちろんじゃ!!たんと買え!!」


 お菓子をつくってもらえるとわかったカミルはすこぶる機嫌を良くし、更に調味料を買うことを承諾してくれた。


 さて、後欲しいのは……。


「後は、家畜の乳とか……ってあるか?」


「家畜の乳でございますか。申し訳ありません……ということであればご用意できるのですが。」


 無いか……なら仕方ない。じゃあそれはあきらめて……。


 あきらめて別の物を頼もうとしたときカミルが声を上げた。


「なら家畜を買えばよいではないか、幸い敷地は余っておる。」


「え……いいのか?」


「よいぞ?ただし妾は世話せぬぞ?」


「あぁ、世話は私がするから安心してくれ。」


 まぁ、家畜の餌になりそうなものは城の周りにいっぱい生えてるから餌には困らないだろう。


「で、では……家畜をご購入ということでよろしいですか?」


「うむ、それでよい。」


 カミルは大きく頷くとこちらを見てニコリと笑った。


「これで菓子が作れるか?」


「あぁ、任せてくれ。」


 さて、家畜を飼うのなら……バターの心配もしなくて良さそうだ。少し根気がいるが……新鮮な乳を搾ってひたすら振り続ければできるしな。


「そ、その他には何か……ございますか?」


「いや、こちらからこれが欲しいというのは特に無いな。逆にそちらから、これが人気とかオススメとかそういうのがあれば買わせてもらおう。」


 私がそう提案すると、彼の表情が商人のそれに変わる。


「それではまずこちらからお勧めさせていただきます。こちらは……」


 それから彼が勧めてきた、いくつかの使えそうな香辛料や少し変わった調味料を購入した。


「私からお勧めできるのはこれぐらいでしょうか……。」


「いや、十分だ。」


「わかりました。それでは精算になります……合計して金貨53枚になりますが、この度はたくさんご購入いただきましたので区切り良く金貨50枚にさせていただきます。」


「ふん?気が利くの……。」


カミルは一枚の白銀の硬貨を親指で弾いて彼の前に落とした。


「は……白金貨一枚いただきまして、金貨50枚のお釣りとなります。」


「ミノル、その金貨はお主にやる。好きに使えば良い。」


「いいのか?」


「妾が良いと言ったら良いのじゃ。金貨は無駄にかさばって敵わん。」


 カミルに促されるがまま私は彼から金貨が大量に入った袋を受けとる。


「重っ……。」


 こんなの持ち歩いてたら腕が疲れるな。カミルが言ってた、かさばるってことが良くわかった。


「インベントリ」


 私はインベントリを開き、先ほど買った調味料等を全て放り込む。まったく、この魔法がなかったら……帰り道が大変だったな。


 そして身支度を整え終えるとカミルが大きなあくびをしながらこちらを向いて言った。


「これで買い物は終いかの~?」


「後は今日の飯を買って帰らないとな。だから肉屋か魚屋、もしくは八百屋に寄ってから帰るぞ。」


「くあぁ~……まだまだ終わりそうにないのぉ~。」


 退屈そうにカミルがぼやく。


「まぁ、そう言うなよ。帰ったら早速今日手に入ったやつを使って料理を作ってやるからさ。」


 そうしてカミルをなだめていると、私が次に行く予定の店を聞いた商人の男が口を開いた。


「それでしたら、私の商会の下請けの店に声をかけておきましょうか?」


「そんなことができるのか?」


「もちろんです。最高のものをお出しするように言っておきますよ。この店の紋章が看板に書いてありますのですぐにわかるかと……。」


「そっか、ならお願いするよ。」


 口利きしてくれるなら、ありがたいことこの上ないな。


 そして私は商人の男に礼を告げて、カミルとともにライネル商会を後にした。

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