第6話

 さて、一先ず今回使うのはこの芋。こいつはローストチキンの付け合わせのガレットにしよう。ガレットとはフランス語で「丸くて薄いもの」という意味がある。

 今回はこの芋の皮をむいて切り、芋に含まれている独自のでんぷん質をつなぎにして薄く焼く。


「まずは一度泥を洗い落として、ひげを火で焼くところから始めよう。」


 インベントリから水を出し、芋を洗う。そしてしっかりと水気を切った後、コンロに火を点し直火の炎でひげを焼く。こうしてしっかりと泥を洗い落としてかつ、ひげを直火であぶり切ってやることで土臭さというものを少しでも緩和することができるぞ。

 まぁ、こういうのは土臭さが残ってる方がいいっていう人もいるんだがな。そこは好みに合わせて調理するのが私達料理人だ。


 そしてしっかりと処理を終えた芋に包丁を当てて皮を剥いていくと、ネバネバしたものが包丁につき始めた。長芋特有のムチンという粘り成分だな。こいつは本当は生で食したほうが体に吸収されやすいんだが、今回はカミルの好みを尊重して、火を通させてもらう。


「摩り下ろしてもいいが……今回は食感を少し残すため千切りにして焼こうか。」


 摩り下ろしてから焼くとふわりとした食感にすることができるが、今回はシャキシャキした食感を少し残すために千切りにして焼こう。


 トントンとリズムよく芋を千切りにしていると、先ほどまでカミルが立っていた位置にカミルがいないことに気が付いた。どこに行ったのかと辺りを見渡してみると、カミルはコカトリスが入っているオーブンに釘付けになっていた。

 ちょうど脂も出てきたころだろうし、一度取り出そうか。私は芋を切り終えてから、カミルが釘付けになっているオーブンの方へと向かう。すると、カミルは口元から少しよだれを垂らしながらこちらをすごい勢いで振り向いた。


「み、ミノルッ!こ、これはもう良いのではないか!?この肉が焼ける香りが先ほどから妾の胃袋を刺激してくるのじゃ!!」


「まぁ、もう少し待ってくれ。まだこれは完成じゃないんだ。」


 よだれを垂らしているカミルの前でコカトリスを取り出すと、ほんのりと焼き色がついている状態だった。そしてコカトリスの下には狙い通り脂が溜まっている。

 その脂をレードルで掬い上げ、コカトリス全体にかける。こうして再びオーブンに戻すことで皮をパリパリに焼くことができる。あと2、3回ぐらいこれを繰り返せば大丈夫そうだな。


「うあぁぁぁ~……妾の肉がまた向こう側にぃぃ~。」


「もう少しの辛抱だ。時間がかかる分、今よりもっと美味しくなるから……なっ?」


「うぅ~わかったのじゃ~。」


 何とかカミルを説得し、元の位置に戻ってもらう。今パクリと食べられたら美味しさは半減……いや激減だからな。


 そして私はボウルに千切りにした芋を移し、それに空気を含ませるようにかき混ぜる。こうすることでネバネバの粘液に空気を含ませることができるので、摩り下ろさなくても焼いたときにふわっとした食感を出すことができる。

 ちなみに摩り下ろしたもので同じことをすると、さらにふんわり焼き上げることが可能だ。


「あとはフライパンにコカトリスの脂を少し落として……焼き上げる。」


 フライパンに油を馴染ませしっかりと温めた後、空気をたっぷりと含ませた千切りの芋を平たく伸ばしながら敷き詰めて焼いていく。

 しっかりときつね色の焼き色がついたら裏返して、裏面もきっちりと焼き上げればガレットは完成だ。味付けはシンプルに塩のみ……これは調味料が塩しかないという理由だけではない。塩は野菜の甘みを引き立てるから塩だけというのがベストなのだ。むしろほかの味付けは雑味になる。つまり邪魔なんだ。


「……そろそろローストチキンにまた脂をかけないとな。」


 焼き終えたガレットを切り分けた私は、再びオーブンを開けた。すると中のローストチキンは自分の脂で焼かれて、こんがりと焼き色が付きつつあった。


 ……もう一押しだな。もう一回脂をかけて数分焼き上げれば完璧だ。


 再び丁寧に脂を全体に回しかけたローストチキンをオーブンの中へと戻すと、すかさずこちらに目をキラキラと輝かせたカミルが近寄ってきた。


「できたかのっ!?」


「あと少しだ。」


「もう待ちきれないのじゃぁ~。こんなにも良い匂いが漂っておるというに……生殺しにされている気分じゃ。」


 カミルはもう待ちきれない様子だ。しきりに鼻を鳴らし、口元からは絶えずよだれが垂れそうになっている。

 そんな彼女を何とかなだめ、あとほんの少し待つようにお願いする。料理を心待ちにしているカミルの気持ちも相まって、きっとこのローストチキンは最高の味わいになるに違いない。どうせなら最高に美味しいタイミングで食べてほしいからな。あとほんの少しだけ……待ってもらおう。


 そして彼女を焦らしに焦らした末、ようやく……。


「……よし、完成だ。」


「ようやくできたのか!?早く食べたいのじゃ!!」


「あぁ、すぐに盛り付けるよ。」


 この厨房に残されていたとても大きな皿の中心にコカトリスのローストチキンを盛り付け、辺りに付け合わせとして長芋のガレットを添える。


「これで良し。さぁ熱いうちに食べてくれ。」


「おぉ~っ!!待ちわびたのじゃ~……ではでは早速いただくのじゃ!!」


 カミルは豪快にローストチキンにかぶり付く。すると皮がパリパリと小気味良い音を立て、肉汁が空中に弾け飛ぶ。

 そして何度も噛み締めゴクリ……とそれを飲み込んだカミルは恍惚とした表情を浮かべながら言った。


「美味しいのじゃ~……これが異世界の料理か。今まで食べてきたものが全て塵芥に思えてくるのじゃ~。」


 どうやら私の料理はカミルを満足させるに至ったらしい。さんざん焦らしたからな、それもあってより美味しく感じていることだろう。


「んぐ……んぐ……ぷはっ!!そういえばこのコカトリスのとなりにあるこれは何なのじゃ?」


 一度コカトリスを食べる手を止め、カミルはガレットを指差して問いかけてきた。


「それはカミルがネバネバして土の味がするって言ってた芋だ。」


「コレがかの!?……ネバネバはしとらんようじゃが。」


 カミルはちょんちょん……と指先でガレットを続いて感触を確かめている。


「ま、試しに食べてみてくれ。生の時とは全然違う食感と味がするはずだ。」


「……美味しいかの?」


「あぁ。」


 カミルの問いかけに私は一つ頷いた。すると意外にもカミルは躊躇いなくガレットを一切れ口に運んだ。


「ん!?サクサクでふわっふわなのじゃ!!それに香ばしくて甘い……」


「ちょっとした調理を加えるだけで味も、食感も変えることができるんだ。すごいだろ?」


 私の言葉にカミルは何度も頷く。


 そしてカミルはあっという間にコカトリスのローストチキンも長芋のガレットも平らげてしまう。皿の上には綺麗にコカトリスの骨だけが残った。


「美味しかったのじゃ~……。」


「満足してくれたようで何よりだ。」


 満足そうにお腹を撫でるカミルを眺めていると、彼女は突然こちらを向いてある問いかけをしてきた。


も作ってくれるかの?」


「あぁ、もしカミルがこれからも私をここに置いてくれるなら……それに酬いる形で料理を振る舞わせてもらおう。」


「こんなに美味しい料理を毎日味わえるのなら永遠とわにここにいても構わんぞ?」


 にんまりと笑顔を浮かべながらカミルは私に手を差し伸べてくる。


「なら契約成立……だな。これからよろしく頼む。」


「うむ!!」


 私は差し伸べられた手を握り返し、カミルに料理を作り続けることを約束したのだった。

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