第七節14項「還る道、それは岐路」

 合流した龍礁監視隊員レンジャーたちの頭上を、都市地下の奈落に堕ちていったフラウテアの最期と、青空の向こうへと去っていったエクリヴーズの帰還を見届けた楊空艇が過ぎた。


 戦闘は終結したが、まだ全てが終わった訳ではない。交戦に呼応して出現したロロ・アロロ達への対処や、そもそも龍たちが何故出現したのかなど、謎と問題と事後処理は山積みだが、その原因は、且つてない規模で破壊され、大地に呑み込まれていった都市と共に消失しまっている。


 『花龍要塞』の凄まじい対空射撃を浴び続けた楊空艇の損傷は二基共に激しく、機体の応急的な修復と、地上の者との合流の為に、一旦着陸を余儀なくされた。


 作戦開始前に集合した、都市西方の平野へと先に着陸した二基の楊空艇の元に辿り着いた龍礁監視隊員レンジャー達。動ける者はとりあえず周辺に散り、無防備な楊空艇の警護と警戒に当たる。



「また手酷くやられちゃったわね……どう、レッタ。帰還できそう?」


 痛めた脚を引きずるミリィが、外殻装甲板を軒並み損傷させられた楊空艇マリウレーダに触れながら、その甲板上からワイヤーで吊り下がって何やら確認しているレッタを見上げた。


「ええ、速度を抑えればなんとかなると思う。だけど、基部素体へのダメージがかなり深刻。少し特殊な修理をしないといけないかも知れない」

「そっか……マリウレーダ。ごめんね、いつも無理をさせて」


 レッタは、楊空艇をねぎらうミリィが、何処か吹っ切れた様子だった事にひとまずの安心する。詳細は知らないが、きっと彼女を前に進める出来事があったのだろう。それも当然かと少し思う。何しろティムズと丸二日近く、ずっと二人きりで過ごしたのだから。


「あんたが言う事じゃないでしょ。聞いたわよ、その脚のこと。また随分と無茶したらしいじゃない」

「まあねっ」 

「…………」


 屈託なく笑うミリィに聞きたい事は山程あるが、今のレッタは楊空艇の本体である基部素体の復旧について集中しなければなかった。


「……皆が戻ってきた。詳しい話は落ち着いたら聞かせて貰うわ」


 レッタは、周辺の森陰から着陸地点へ跳ね戻ってきた龍礁監視隊員レンジャーたちの姿を認めると、話を打ち切った。



 再集結した龍礁監視隊員レンジャーたちが、お互いに現状を確認しあう。

「――ゼェフ、そちらはどうだった」

「問題ないよ。通常の龍種は都市周辺から退避したようだし、一帯のロロ・アロロはほぼ駆逐しただろう。まあ、その殆どはフラウテアが片付けてくれたようなものだけどね」


「……さて」

 現時点では、周囲に驚異はないと判断したゼェフが、神妙な態度で立つアルハの前で腕を組み、見下ろす。

「こちらの話を済まそう。アルハ。判っているね?」

「……はい。非は全てぼくにあります。何なりと懲罰を」

 厳しい目を向けるゼェフに、アルハが決然と応えた。


 ティムズ達を発見したのは大きな功績だが、結果的にはアルハが独断で持ち場を離れ、命令違反をした形だ。しかもそれがエフェルトと一緒だっという事もあり、ゼェフにいつもの柔和な態度は無い。


「待ってください、ゼェフ。アルハたちが来てくれなければ俺達は死んでた」

 ゼェフとアルハのやりとりを聞き咎めたティムズが割り込む。

 あの時、あの瞬間、アルハとエフェルトが自分達の元に辿り着いたからこそ、ティムズ達の命は救われたし、フラウテアへの止めを刺す一手を伝えられたはず。


「如何なる理由が有っても、戦線離脱は重大な隊規違反。最低でも数週間の禁錮と、搭乗資格の停止に相当する。悪いが、これはアダーカ隊の問題だ」


 取り着く島の無いゼェフの答え。


「ゼェフさん、どうしてもと言うなら、私たちも――」

「待てよ、そいつは悪くない。俺が無理矢理、そそのかしただけだ」


 助け船を出そうとしたミリィを遮ったのは、エフェルトの低く、冷静な声。


「てめえ、懲りてねえのか?てめえみたいな野郎には、やはり直接、顔面に”反省”を叩き込まなきゃ判らないようだなァ……!?」

 

 怒髪天を衝くカルツがエフェルトの胸倉を掴み、鼻先まで顔を近づけて凄む。しかし、今にも拳を放ちそうなカルツに対し、エフェルトは至極平然としたままだった。


「待て、カルツ」

 ゼェフがカルツを制するも、普段は少し垂れ気味な長耳が吊り上がっている。激怒している徴候サインだ。これ以上ない程に冷たい目を見開き、カルツから開放されて軽く咳込んでいるエフェルトへの猜疑心を露にする。


「貴様、一体どういう心算つもりだ。それに、わざわざフラウテアの情報を私達に伝えた動機もまだ聞いてはいない」

「……良いだろ別に。ただの気紛れさ」

「それで納得すると思うのか?何を企んでいる。真実を話せ。さもなくばカルツの拳だけではなく、私もお前の身体に訊く事になるぞ」

「そうしたらこの件はチャラにしてくれるか?」

「内容による」


「……判った。言うよ」

 溜息をついたエフェルトは観念したかの様に、両掌を上げてみせる。。

「ま、正しくは企んでいた、が正解だけどな」


「最初は、もし本当に最深部に禁識龍が潜んでいるのなら、俺達だけで見つけ出して情報なり素材なりを売ろうと思ってた。だがな、知れば知る程、世の馬鹿どもがその実在をっていけないっつう事も判ってきた。今回、大勢の馬鹿が現れて、思い直したんだよ」


 元密猟者を目疑い、真意を探る龍礁監視隊員レンジャー達の前で、エフェルトは鞄から古い黒革の本を取り出す。


「俺に信用がねーのは判ってる。だが、お前らだって『上』に騙されてる。が証拠の代わりだ」

「…………?」

「お前ら龍礁監視隊員レンジャーが結成された本当の目的は、最高位の龍、ダリアルベーツとアルガンリージを封じること」


「ダリア……?」

 ティムズを始め、殆どの龍礁監視隊員レンジャーが当惑する中、ミリィがぽつりと呟く。

「何処かで読んだ事がある。神話に出て来る双子の白龍の名前……」


「……待て、私から話そう」

 それまでずっと黙って様子を伺っていたパシズが口を開いた。


 そして、戸惑う者達の前に進み出る。ゼェフは致し方ないというように首を振り、遠方に見えるレベルAとの境界、崖が立ち並ぶ中央断絶線を眺めていた。


「第四龍礁最深部、レベルA。且つてボルペーと呼ばれた国家都市。その中心の王城区画に彼等は潜むと言われている」

「F/ IV-禁識種-双光龍『ダリアルベーツとアルガンリージ』。数多のF/III龍を従え、使役する、二体一組の『真の龍』。歴史に度々姿を現し、数々の国を滅ぼしたもの」


 ティムズは勿論のこと、ミリィ。アルハ、カルツも初耳の事実に困惑していた。どうやらある程度の階級を持つ者のみが知る話であるらしい。


「龍礁……龍の絶滅を防ぐという名目の元、人の手で造り上げた物、と謳われているが、実際には少し意味合いが違う」

「F/III級の龍たちは、その殆どが、この地に逃れた双光龍の元につどった眷属。龍脈から絶大な力を得る龍群から人を守る為に、そしてその力を求める国々から龍を護る為に、龍たち自身が巨大な結界で隔離した地……」

「それが、ここ、第四龍礁とされる封龍結界領域の真の始まりであり、我々の真の使命は、ダリアルベーツとアルガンリージが実存する事を隠し、この地から解き放たれるのを阻止することなのだ」


 パシズの語りが途切れ、エフェルトが薄笑いを向ける。


「なんだよ、おっさん。全部知ってるんじゃねーか。ガキ共にあとどれだけの事を隠してんだよ」

「……いずれ全てを話すはずだった。禁識龍フラウテアが出現した以上、レベルAの監視が最重要任務となる。首都奥部の真龍たちが目覚め始めているのならば、その原因を探り、排除しなければならない」


「それは……倒す、ということ?」

 眉をひそめたミリィに、パシズは即答する。

「最悪の場合にはな。だが、そうなる前に未然に防ぐ。その為に我々は必要な事を続けて来たし、あらゆる手を打つ必要がある」



「………」

 ティムズは、飛躍していく話を疑いながら噛み砕くので精一杯だった。しかし、半分は納得もしていた。龍脈の中に帰っていき、姿を消したレインアルテや、物理法則に縛られずに飛び、あらゆるものを世界に現出させる高位の龍たちとの出会いが、文字通り『この世のものではない』存在なだという確信を深めていた。



 ――――――――――――――――――――――――――――


 

 比較的損傷が軽微だった楊空艇アダーカ隊が事後の哨戒の為に残り、著しく被害を受けた楊空艇マリウレーダは、事態の報告も兼ねて一旦、第四龍礁本部へ帰投する事となった。アダーカ隊に同行していたシィバ、エフェルトも、共に帰途につくマリウレーダに乗り込む。


 この報告は、第四龍礁レベルA領域への侵入が解禁される切っ掛けになる。それは全員が等しく理解していた。第四龍礁の深奥と真実を探る旅が間もなく始まる。しかし、その為には相応の準備も要る。遠くへ跳ぶ為には、一旦来た道を引き返し、助走をつける必要があるのだ。



「――そうか。話したのか。まあ、隠し事が一つ減って気が楽になったよ」


 パシズから事のあらましを聞いたピアスンが深く息を吐いた。

「まさか再びレベルAへ赴く事になるとはな。八年ぶりか」


 通常の航行状態を維持する事すら難しく、悪戦苦闘する楊空艇マリウレーダのブリッジ。レッタとタファールはフラウテアとの交戦中よりも忙しい操舵制御に追われていた。


「主機関一番と三番が止まりそう。タフィ、そっちに渡すから何とかして!」

「見た事もないエラーばっかりなんだよっ。あの龍の光線を喰らってから更に酷くなりやがった……干渉の排除は戻ってからじゃないと無理だっての!」



 ――――――――――――――――



 時折大きく揺れる甲板で、ティムズとミリィは周囲の哨戒を行っていた。シィバとエフェルト、そしてメイメルタも共に居る。今までの件、今回の件、そして今後の成り行きについて話し合っていたのだが、その殆どは確証のない漠然とした事柄であり、明確な答えは出せずにいた。


「――植物も”龍化”するなんて。結局どういう原理なんだ」

「強い龍脈に永く晒されたものが偽龍になる、としか伝わっておらぬからなあ……もっと早い段階で存在が発覚しておれば、真っ先に調査してやったのに。口惜しい」


 ティムズの疑問に応えたシィバが、その拍子に咳込む。

「……っ」

「大丈夫か?」

「ああ……連日の移動が祟ったようだ。南部港湾基地あっちに帰ったら、暫く休みを貰わねばな……」



 メイメルタが、流れていく龍礁の景色を眺めてぼうっとしている。ミリィの言う通り、何処までも広がる森林の海は、観る者の目と心を奪うものなのだと納得できるものだった。

「ふふふ、素敵な景色でしょ」

「……ええ」

 嬉しそうに微笑みかけるミリィに応えるメイメルタ。


 ミリィは更に冗談っぽく続ける。

「いっそ、メイメルタさんも龍礁監視隊員レンジャーになってみたら?きっと良いレンジャーになれるし、一緒に戦えたら心強いし……」


「そうですね……見たところ深刻な人手不足のようですし?」

 メイメルタも、いつもの凛とした表情ではなく、少し悪戯っぽい笑みを返した。

「しかし、わたくしにも、目指すべきものがあり、帰るべき場所があります。……ミリィ様、がお選びになったように」

「……うん」


 メイメルタが初めて呼ぶ愛称に、ミリィは少しむず痒い感じがした。仕える

 あるじの許嫁としてではなく、龍礁監視隊員レンジャーとしてのミリィを認めてくれたのだという実感と、それでも決して敬称を外さない距離感に、何かを応えようとすると――。

 


「……っ!かは…ッ!」

 突然、激しく咳込む音がした。


 ミリィとメイメルタが振り返ると、シィバが甲板の柵に捕まって蹲り、かたわらに立つティムズがどうしていいか判らずに戸惑っていた。

「ミリィ!シィバが……」


 慌てて駆け寄ったミリィが屈み込んで、青褪める。

「……大変。症状が悪化してる」


 シィバの顔を覆う呪帯の口元に、吐いた血が滲んでいた。彼女の身体を覆う呪疵のろいきずは体内にも及んでおり、気管も傷付けている。


 その事を知るミリィが、素早く叫ぶ。


「ティムズ!彼女は鞄に薬草を入れているはず!煎じ方は判らないけど、とにかく急いで持って来て……!」

「あ、ああ――」


 身を翻して駆け出そうとしたティムズだったが、甲板の外れで一人佇み、飛来してくる何かに気付いたエフェルトの声で立ち止まった。

「おい、何か近づいてくるぞ!」


 ティムズ達もそれを見る。森に切り立つ台山の崖から、黒い粒のようなロロ・アロロの群れに追われる一体の青い飛竜が、こちらに高速で接近してくる所だった。


 身体中から流血しているらしい青き飛竜は、三分の一程度の大きさしかないものの、蠅の様にたかり、その数で圧倒するロロ・アロロの群れの執拗な爪撃から必死に逃れようと、マリウレーダの方と飛翔してきていた。


『F/III級だ!こっちに近付いて来るぞ!』

「こっちでも視認した!どうすれば良い!?」


 タファールのアナウンスに叫び返したティムズが、ミリィと顔を見合わせる。答えは判っていた。邪龍に追われる龍を救う。それがやるべき事だ。

 しかし、ミリィは脚を負傷しているし、現在の楊空艇の状態では戦闘態勢を取ることは難しい。そして何よりも、シィバも危険な状態に見えた。


「……ミリィ、シィバを頼む。メイメルタさん、あなたは俺の代わりにミリィを手伝ってくれ」


 ティムズの口が、頭の中に浮かぶ思索を経ずに、言葉を紡ぐ。そして、その目は、何時の間にかエフェルトに向いていた。

「……おい、冗談だろ」

 察したエフェルトは顔をしかめ、ティムズが放とうとしている言葉を絶対に受け付けてやるものか、と身構える。


 しかし、ティムズが言葉を継ぐ前に、悲痛な咆哮が空に木霊し、邪龍に翼を食い破られた青飛竜あおひりゅうの高度がみるみると下がっていく。


 それを横目で見つつ、ティムズが言った。

「……エフェルト、あんたも一緒に降りるんだ。俺を手伝ってくれ」


 ティムズの言葉に、死刑を宣告されたかの様に目を瞑るエフェルト。

「本気で言ってんのか、俺は龍を助ける訓練なんて受けてねーぞ」

「俺達だってそうだ。でも、やるんだ。放ってなんておけない。頼む!」

「……判った。だが、一つ貸しだからな」



「…………」

 ミリィは、喀血に苦しむシィバの胸に掌を添え、開いた療術に集中しながらも、ティムズを見上げる。普段ならメイメルタやエフェルトに任せて、真っ先に自分が飛び出していくであろう場面だった。しかし、苦しむ友人を放ってはおけないし、脚の負傷もある。


 今までは無かった感情を抑えながら、ミリィは初めて自らの信念の全てを託し、短く、強く呟いた。


「……あなたに任せる。お願い。助けてきて」

「ああ。……行くぞ、エフェルト!」

「一丁前に命令してんじゃねーぞ、結構年上なんだからな俺は」


 そして、ティムズはぼやくエフェルトを引き連れて駆け出して行く。

 ミリィがその背中を見送るのも、初めての事だった。

 


 ――――――――――――――――――――



 先に格納庫に降り、降下準備を整えていたパシズの元に現れたティムズと、何故か一緒のエフェルトに、パシズの目が丸くなる。

「なっ……何故こいつが」


「シィバが血を吐いて倒れた。ミリィは負傷しているし、メイメルタと一緒に看て貰っている。ロロ・アロロの数は二十余り。二人では対処しきれない。なのでこいつに加勢して貰う、良いですね」


 口早に理由を述べるティムズに、パシズもすぐに頷いた。

「……了承する。……ハイン。ワイヤーの取り扱いは判るな?」

「まーな。使うのは九カ月振りだけど」

 マリウレーダとエクリヴーズとの出会いを思い出したエフェルトが微かに笑いながら応える。


『パシズ、急いだほうが良いすよ。F/IIIはじきに堕ちる。あの数に地上で群がられたらひとたまりもなさそうだ』

「判っている。ティムズ、最初に降りろ。次にハイン。最後に私だ」

 タファールのアナウンスにパシズが応え、即席の三人分隊スリーマンセルの部下たちへと指示を下した。

「楊空艇からの援護は無い。降下後はF/IIIのもとへ全速跳躍、術弩での対空射撃で対象を援護する。地表に落着した後は円陣防御。以上だ、行くぞ!」


「了解、行きます!」

「あいよ、副隊長さま」


 それぞれの応えを返したティムズとエフェルトは、地上を流れる背の低い森の中へと降りていった。


 ―――――――――――――――――――――――


 禁識龍の出現は、また新たな変化を第四龍礁にもたらした。

 

 龍脈のひずみは全てのものへ少しずつ影響を与えており、この戦いも、それらの流れの一つに過ぎなかった。

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