挿話1 瀧浪泪華の焦燥

 久しぶりにしずを見た。

 たぶん一週間ぶり。

 先週、急に図書室が休室になって、病気で休んでいるのかなとばくぜんと考えていた。それが三日続いたころ、いよいよ心配になってそろそろ電話をするかチャットアプリでメッセージでも送ろうかと思っていた矢先、静流のお母様が事故にい、亡くなったと図書委員会の顧問の先生から聞かされた。

 瞬間、頭が真っ白になった。

 静流の家は確か彼とお母様だけの母子家庭のはず。なのに、そのお母様が亡くなって、静流がひとり残された? いったい今、静流はどうしているのだろう? たったひとりでさびしく家にいるのだろうか? それを考えると涙が出そうになる。

 いてもたってもいられず、静流に連絡をとろうとして──でも、やめた。

 きっとそれは静流のことを考えない行為。

 連絡をとれば、いま彼がどうしているか、どんな気持ちでいるかはわかる。でも、それで満足するのはわたしだけ。静流のことはまったく考えていない。今は誰とも会いたくないかもしれないし、誰とも話したくないかもしれない。

 だから、わたしは自分の気持ちをぐっとこらえ、待つことにした。

 そうして一週間ほどがたった今日、昼休みのろうで静流とばったり会った。

 あの子には似つかわしくないグループと一緒にいたけど、見た目に変わったところはなかった。すれ違いざま、誰にも気づかれないよう手を振れば、静流はそれを見て見ぬ振り。ある意味いつも通りでほっとした。

 ほっとしたけど、むっときた。

 どうしてやろうかしら。


 そのまま放課後になり、わたしは教室でクラスメイトとおしゃべりをしたり、勉強を教え合ったりしながら時間を過ごす。

 そして、頃合いを見計らい、切り出した。

「もうこんな時間ね。わたしは図書室に寄ってから帰るわ」

「今日も? 三年になってからほぼ毎日」

 一緒にいたクラスメイトの女の子のひとりが、驚きつつもどこかおっとりした感じで聞いてくる。ちょっと苦笑も交じっていた。

「わたしも一緒に行っていい?」

「ダメよ。用もないのに大勢で押しかけたら迷惑になるわ。……じゃあ、また明日ね」

 わたしはたしなめるように言うと、荷物を持って先に教室を出た。

 向かうは図書室。

 久しぶりに静流と話せる。──そう思うと気がはやった。

 体は急ぎ足。

 でも、気持ちはどこか冷静。

 かべ静流という男の子と出会ったのは、この四月。まだ二ヶ月ほどしかたっていない。だけど、ずっと熱心にアプローチし続けている。彼はわたしと『同類』。わたしと同じモノを見る目を持っている。その彼が、わたしはどうしてもほしかった。

 にもかかわらず、静流はわたしになびかない。

 手応えは悪くないと感じていた。素のわたしを見ても驚かなかったし、それどころか静流も素の自分を見せてくれる。そんなお互い本当の顔を知った上で、人前では図書委員の男子生徒と校内でも人気の女子生徒を演じるのはとても楽しい。これほど相性のいい男の子がほかにいるだろうか。

 後もうひと押しだと思うのだけど、何が足りないのだろう?

「ここはもう、やっぱり女の武器を使うしかない……?」

 すっかり人影の少なくなった廊下を歩きながら、わたしはそんな思いつきを口にする。

 例えば、図書室のカウンターやえつらんせきのテーブルの上に腰かけて、足を組んでみたらどうだろう? 短く詰めた制服のスカートでやれば、なかなかにせんじようてきだと思う。

 静流はぎょっとしながらも、顔を赤くしたりするだろうか。チラチラと太ももを見る彼にわたしは、『そんなに気になる? じゃあ、一回しかしないから、見逃さないようにね』なんて言いながら、足を組み替えてみたり──。

 例えば、閉室直後の図書室で、図書をはいしにいったついでに書架の間で迫ってみたらどうだろう? もう夏服だから、静流の首の後ろに手を回しながら密着すれば、お互いの体の温度もやわらかさも、それこそ肌で感じることができるだろう。

 ボタンをひとつ外したブラウスの奥が気になる静流にわたしは、『もう、ちゃんと顔を見なさい。……そっちはキスが終わってからよ』なんて怒ってみせたりして──。

「うん。我ながらこれはなかなかの威力だわ」

 これで落ちない男の子はそうはいまい。わたしは勝利を確信して、ぐっと拳を握りしめた。

「とは言え──」

 辿り着いた図書室の入り口の前で、わたしはつぶやく。

 まずはお母様を亡くした静流を励まさないと。

 図書室に入ると、彼がいつものようにカウンターに座っていた。たった一週間なのに、なつかしく感じる。

「真壁くん」

 わたしは優しく彼の名を呼んだ。

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