第75話 E-12

 ビーッ TO終了 残り5:50


天百合 50-54 永葉


 サイドラインから永葉ボールで開始となる。

藍にボールが入るとすぐに凛理にボールが渡る。

数歩ドリブルで進んだところで茉莉が立ちふさがり、構えた。

マークはマンツーマンへ。


SF凛理に茉莉、PG藍に伽夜、SG果乃に優里、GFひまり(池上)に真夜、

PF静流にレヴィナの天百合の布陣。


 !


「んあ? ……今度はそー来たかよ」


 茉莉を目の前ににした凛理が呟く。その構えをジッと見て反応を見せる。

右ウィングの凛理に対し、左手を突き出し、横へ右手を掲げていた。

先ほど伽夜が対凛理の1対1で見せた型と同じだ。


 それ自体に驚きはない。茉莉は真夜、伽夜との練習で普段からこの構え自体は使うことがある。だがこれをやる以上、このマークは捨て駒ではない、本気で凛理を止める気だという意志表示をしている。


 凛理が不敵な笑みを戻し、周囲に目をやる。藍には伽夜がついていた。


「あははは! マッチョリちゃんのほうが伽夜よりマシじゃね? これが現実なんだよー、あんたらじゃあっしを抑えられないんだわ」


「バーカ、リンリごときマツリンで十分なんだっつの」


 ――!


 クロスジャブから一つ左にフェイクを入れる。

茉莉がそちらへ動いたと同時に右から抜きに行く。


「ッ!」


 しかし茉莉が切り返す。抜ききってはおらず茉莉の左肩より前へは出ていなかった。


 ――――ん? なんで付けた?


 茉莉が張り付いているがものともせずペイントへ進入する。

ボールを掲げレイアップの体勢になった。


 めいっぱいハンズアップのまま胸で凛理を押す茉莉、

左腕で防ぐ凛理は態勢こそ崩されないものの突進の威力が落ちた。

視線は茉莉のままの凛理、直後ブロックが襲う。


 ――――この期を逃すわけには!


 千載一遇、反応を見せるレヴィナ、バシンと弾かれたボールは優里へ、

顔面へ直撃する勢いのボールを何とかのけ反りつつ両手で受ける。


「つお! っとと、ぶなー、ハナなら撃沈で担架ー」


 囲まれる前にレヴィナに戻す。レヴィナがボールを上へ掲げた。


「「うおおおおっしゃー! 諸行無常ブロック!」」


 ――――凛理をブロックした!


 ほぼ茉莉とレヴィナの2対1とはいえ、初めて正攻法で凛理の攻撃を阻止。レヴィナ渾身のブロックショット、永葉メンバーが引き返して行く。


「……」


「……」


 凛理がジッと茉莉を観察する。視線が合った後、戻って行く。


 ――う、真夜ちゃん、伽夜ちゃんみたいにすごく私の素性を読んでる。


 初動で凛理に付けたのはまぎれもなく、伽夜から教わってから欠かさず練習していたドロップクロスステップの成果。今、皆がそれを見ていた。


 そしてサイズで劣っているにも関わらず凛理に弾かれず拮抗した。これはフィジカルで通用していることを意味する。確実な日々の鍛錬の成果だ。茉莉が最初に凛理のムーブを止めた。


 レヴィナからボールが戻ると、3人が上がらず手を出していた。優里、真夜、伽夜だ。点を取るのは自分だと言っている。


「み、みんな」


「ふっ やはりキャプテンが気迫を見せると士気が上がりますね」


 ベンチのハナもホッとした表情で頭上の拍手で今のDFを称える。


 最も近かった伽夜へ入れる。コートへ入るとサインを出した。

指3本から1本へ、数度回転させる。天百合最強のオフェンス、

フルキャスト・ピック・アンド・ロール継続だ。


茉莉にPG藍、優里にSG果乃、伽夜にSF凛理、真夜にGFひまり、

レヴィナにPF静流の布陣。


 伽夜がゆっくり上がり、他4名は配置に付く。

迎え撃つは凛理。レヴィナと真夜が同時にピックの動いた。

天百合のP&Rは誰が行くという決まりはない。状況を鑑み、初動者が優先だ。


「む?」


「あー? 被ったかー?」マ


 レヴィナと真夜がお見合いする。

連携ミスを察知した凛理がしめたとばかりに伽夜へ距離を詰める。

が、この真夜のセリフがフェイク。すでに伽夜は3Pを打っていた。


「に!?」


 ガガッ 


 これは外れる。しかしレヴィナがピックに動いた手前、インサイドはスペースが多い。ここへするりと入りボールを取りレイバックを入れていったのは優里だった。


天百合 52-54 永葉


「静流!」


 用宗監督が手で指示を出す。リバウンド優先のためにP&Rの際にハイポストへ出るなと伝える。永葉もチームリバウンド力は強くはない。天百合は連携ミスになろうとインサイドから人を引っ張り出せればいいというOFだった。


「あの形じゃ全部3P打たれちまうからな。そこを狙ってやがったか。やるねえお嬢ちゃん、たくさん勉強してんだな。んなら盤外でちょっくら俺っちと勝負といくか? 大人を相手にするのはちょいと根性がいるぜえ?」


 用宗監督がチラリとハナを見た。


 藍がボールを持ち上がって来る。じきに凛理にまたパスが入る。

なお天百合のプレスは茉莉が凛理へ付くと言ったことろで取りやめになっている。

再び対峙する茉莉と凛理。


 次いで凛理が手招きの仕草をした。


 ――ピックを呼んだ!


 しかし静流は首を振る。永葉はOFの初動に静流が参加するのかしないのかの方針が曖昧のままだ。リズムが合わず凛理がそのまま3Pを打ち外れる。永葉は2ポゼッション落とす。


-永葉ベンチ-


「止め方が分からなきゃ相手に教えてもらおうってP&Rだったのかもしれんが、ちょっと合わなかった感じか?」


「でも何かヒントは得られませんかね? アレの攻略の糸口すら見えません、静流以外をピックマンに行かせるとかは……」


「ま、ダメだと思うが探りくらい入れてみっか、誰がいける?」


「1年同士なら大丈夫だと思います」


 レヴィナのリバウンドから受けたのは伽夜、そのまま上がる。

対するは凛理、付かず離れず後退していく、サイドラインを超える。

高まる集中力にまた双方から笑みは消えている。


 レヴィナがインサイドへ、茉莉が左コーナー、優里が右コーナー、

右ウィングから真夜が接近してくる。


『双子P&Rだ!』


 サインはフルキャストP&Rのままだが、無論双子P&Rも含まれる。

真夜のピックが到達する前に凛理が変化を付け、

先にコンテインに入りつつ真夜へのDFを見せる。


 3Pライン手前の伽夜に対して凛理が空けた。ひまりに託そうとするが、

ひまりはそのまま追って真夜をDFしてきた。凛理とひまりが重なる。


「下がってくんなし!」「ぐっへぇ!」


 ひまりをシュートモーションに入っている伽夜のほうへ突き飛ばす凛理。

前へ突っ込むがままにひまりは飛んでバンザイしたが3Pが打たれる。


 ザンッ


天百合 55-54 永葉


『逆転だ!』


「いやったー!」


 天百合、本日二度目の逆転。茉莉のDFの士気からリズムが上がり、永葉は逆に噛み合わなくなっている。普段通り、逆転演出では感慨せず淡々としている天百合ファイブに対してベンチの美子先生が代わりに立ち上がりガッツポーズをブンと振り上げて喜びを表した。


「何すんのもー! 勝手にDF変えないでよー!」


「状況しだいだしー。あっしが先に下がったんだから23番に付けってのー」


「無茶苦茶すぎる! そっちなんか見てないしDF普通って言ってたじゃんさっきー!」


 ひまりがDFをアドリブで変えた凛理に苦言するが連携は不十分、凛理と言い争っていても仕方ないのでどう守ればいいかと藍に振るが、藍は首を振る。ひとまず監督に言われたようにP&Rは出させてデータを集め、オフェンスに注力する。


「ぬ?」

 ――――今の23番の3Pは? 凛理が変化を付けたりひまりが遅れたりしてスキが多かったのにディフェンダーを見もしなかった、付いていようといまいと打ったのか?


「ん? どうしたクェル? 気づいたことあったら言えよー?」


 言いつつもコート上のメンバーにサインを出す用宗監督。全員が視認する。


「……もしかしたら双子の3Pだけは防げるかもしれぬ。タイミングが来たら私を使え先生。DFだけに専念する」


「ほう。あのバカスカ決まるギャル衆の外角の1つでも消せるなら願ってもねえな。噂で聞いちゃいたが、やっぱアメリカは相手マークを徹底してリサーチすんだなあ」


「ところにもよるがコーチによってはシビアなレクチャーを極める。……本気で勝つなら相手の母親ですらトークでこき下ろして激高させよ、勝って終わってから神妙に謝ればいい。さっきはすまなかったと。どうせその相手とはまずもう人生で会わないのだから。コート上で会う相手は全て自身の職を奪おうとする敵だと思え、じゃ」


「こわぁ」海


「……」

 ――――競争の本場アメリカ、その州代表候補ともなればこのくらいだ。向こうは日本の強豪レベルの練習なんて歯牙にもかけない厳しさだと言う。それゆえの世界ナンバー1。このクェルに勝つのは至難だな。



 凛理にボールが入り永葉が上がって来る。対するは茉莉、腰を落とす。

永葉から見て右サイドへひまりが向かって行く。藍は右コーナーへ。


 そのまま真夜がひまりを追う。茉莉に対しひまりがピックを入れた。

凛理が左から茉莉を迂回する。ピックアンドロールだ。


「おっと」


 しかし真夜は途中でDFを完全にやめて腰に手を当て棒立ちした。


 真夜を一瞥しそのまま凛理がレイアップに行く。

これはもう防げないとレヴィナが何もせず諦め、がっくりとうなだれ、

エンドラインの外に出る。


天百合 55-56 永葉


 瞬間、真夜がいきなり反転し、誰もいないフロントコート側にダッシュする。


「は!? しまった!」


 ひまりが追おうとするが茉莉がうまく妨害する。レヴィナも気落ちしたような仕草がフェイク、瞬時に振りかぶり遠投で真夜に入れた。一瞬のスキをついた動作で永葉は反応できず。真夜の単独レイアップが決まる。


「え? 私のせい? もういやこのチーム! 凛理みたいなのばっか!」


 ひまりが嘆き始めた。


「おほほー姫演技派じゃん?」ユ


「初めての試みです。あなた達に合わせると言うのはこういう感覚なのですね」

 ――――例え彼女らのマネであろうと少しずつ違う要素を取り入れる。そうすれば父のバスケットと違う形が見えてくるはず。理想だけで勝利は得られない。


天百合 57-56 永葉 残り3分。


-永葉ベンチ-


「これは、P&Rを守るどころか勝手にやらせて、そのまま2点を返す気満々でしたね……」


「ったく、いちいちやることが斜め上だなこのチームは。つってもこれも所詮奇策、続けたところで活路があるわけじゃないだろ」


「やっぱり天百合の外角が入って来ると着実に2点を取ってても迫って来る――って、ええ!? すごいサインですね……」


 会話しつつ用宗監督のサインは”凛理が3Pを決めろ”という直球も直球の指示。


 再び永葉はP&R継続を示唆する。ボールは凛理、

同じようにひまりがピックに向かってきた。

敵味方のギャルに翻弄されなんとなく涙目のひまりだが役割は全うする。

今度は茉莉が詰めずにスペースを作っていると即凛理は3Pに切り替える。


 ザンッ


天百合 57-59 永葉


「「ひええええ~!」」「当然じゃ」


 狙い通りに永葉ベンチすら仰天する。凛理は一瞬打ち抜いたままのモーションで止まり、茉莉や周囲を見渡す。逆転に次ぐ逆転。


-スタンド上、小麦、芳乃-


「あ、あっさりと3Pを。鈴木凛理のメンタルもハンパじゃない、永葉のP&Rも上手い……!」


「うーん、というより天百合はまともに相手のP&Rを守る気がなさそうだね。ただ、真意は分からない。今の時点で守り方を盗まれたくないから出さないのか、そもそも守れないから守りもしないのか」


「あ、3点を取られたので14番がボールですよ!」


 天百合は優里にボールを入れる。そのまま上がる。3Pを決められた以上3Pを決めねば離される。そういう勝負になりつつある。


「そう来るよなあ、そんならこれでどうよ、駆け引きは得意かあ?」


 すっかり用宗監督が立ったまま声を掛けまたサインが出る。


 !


 見ると永葉はゾーンになっていた。ペイントを守るように固める。つまりそのままなら優里に楽に3Pを打たせることになる。


 ――優里ちゃんでも全部入るわけじゃない、落としたら絶対にリバウンドを取ってやろうって心理戦のDFだ!


 永葉も連続して天百合の得意なことをそのままやらせようというDFとなっている。ベンチではクェルがタオルを口元に覆いつつ身を乗り出して個々の動き鷹のような目で注視していた。


「さあさあさあ! ユーリ大先生! 緊張のシーンがやってまいりましたー!」マ


「この絶好展開で外すわけないっつの! あっはっは!」ユ


 優里、しゃべりながらももうモーションに入っている。真正面やや後方のフリーの3Pが打たれる。なんとなく雑に見えた。前衛の藍はハンズアップのみ、全員がボールの軌道を追う。


 ガンッ


「「あああああああ!?」」


「思ったし! これ外すかもとか思ったし!」カ


 ボールはリングに当たり落下、ゾーンを敷いた永葉は争わずに落ち着いてマイボールにする。


「あー? んで入らないんだこれー」ユ


 その場に優里がしゃがみこむ。それを後目に永葉が上がっていく。

藍から凛理へボールが入り、センターラインを越えたところで、後ろを振り向いた。


「……」


 天百合は4人戻っていたが、優里はそのままバックコートで一人ポツンと動かずしゃがみこんでいる。何が狙いかも分からない。一方OF側も果乃がポツンとフリーだ。こちらも冷静、優里がいようがいまいが基本的な動きをするのみ、左コーナーに静かにたたずんでいる。


 ――――どしよ? さっきの真夜みたいに決めさせた上でカウンターで一気に遠投して後ろの優里に決めさせるんか?


 凛理が思考するが答えはでない。またしても天百合の奇策が発動していると想定する。


 ひまりのピックが接近してきたところで1つフェイクを入れ、

フリーの果乃へパスを出す。瞬間、レヴィナが静流を外し、果乃へ立ちふさがる。


 シュートモーションをするも打たず。インサイドのフリーの静流へバウンドパスを出した。ゴール下が決まる。レヴィナは3Pだけは打たせないというDFだった。


天百合 57-61 永葉


 すでに凛理は反転していた。バックコートでしゃがんでいる優里へのマークに動く。遠投を阻止する動きだ。


 すばやくボールを出す天百合、茉莉が運ぶ。瞬時に視線が動き配置を見る。


 ――よし、スイッチしてくれた! 狙いはもちろん……!


 伽夜にパスを入れる。凛理が優里に付いたため、伽夜のマークが果乃になっていた。サイズは4cm差でミスマッチとまではいかないが、優位性があると見た。


 右ウィングから伽夜のジョルトドリブルが開始される。

優里はすでに立ち上がりコーナーへ、誰もピックにはいかない。


 クロスオーバーから右を抜きにかかるがヘジテーション、

ダブルレッグスルーでやや後退し、ドラッグの変化を付けた後ステップバックする、

果乃は付いたがブロックは届かない。3Pが打たれた。


 永葉ベンチのクェルがそのムーブをベンチから身をのりだし凝視する。


「これは入る」


 ザンッ


天百合 60-61 永葉


「またあのステップバックか、っんとに落ちねえなあ」


 用宗監督がパシンッと自身の膝を叩く。


「ヘイヘーイ」


「なに? そんなスタイルは認めない女子として矯正する」


「ひえ」


 先ほど真夜が行った真夜ステップだ。一度はトラベリングを吹かれたが、二度目は成立。今回は伽夜がやってみせた。そして初マッチアップとなった果乃が優里に続き伽夜にも睨みを利かせる。ゴールより素行を問題視していた。


-スタンド上、啓誠館-


「1点差だあ、天百合つっよー!」


「すっげー! 真っ向勝負の点のぶち込み合いだわ!」


「駆け引きもすごいんだよなあ、イノシシの真由美には分からないだろうけど」


「力と力のガチンコ対決こそ燃えるってもんじゃんよお!」


「ああ、来年が思いやられる……」


---------------------


2点をメモし忘れただけでどこでズレたのか全部見直しとかありました。チームファウル7くらいになっててフリースロー忘れてて書き直しとかもありました。ハゲそうになる苦労話です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る