探偵(オレ)の見合い顛末記

冷門 風之助 

その1

”じゃ、五日後の土曜日よ。酔っぱらって遅刻なんかしたらですからね。前日の金曜日に来て一泊しなさい。いいわね?”

 歳の割にはかん高い声が俺の二日酔いの頭の中に響き渡る。

 最後の”いいわね”だけを妙に強調して、切れた。

 受話器を置き、俺はコーヒーをぐっと飲み干す。


 大仕事を幾つか立て続けに片付け、たんまりとはいかないまでも、最低一ヶ月は仕事をせずに済むほどの稼ぎを手に入れた。

(当分は働かなくて大丈夫だな)

 そう思って昨夜ゆうべはさんざん呑みまくって、目が覚めた時、まだ酒が頭の中に残り、ヘヴィ・メタルが大音量で鳴っていた。


 二度風呂に入り、コーヒーを沸かし、シリアルで簡単な朝食を摂りながらテレビをつけて、何とか不愉快な大音量を鎮圧しかかった時にきたのが、この電話だ。


 それも俺が世の中で一番ヨワい人物からと来ている。

 俺の母親、乾小夜いぬい・さよ、当年取って七十二歳。

 この年になっても現役の看護師兼助産師として産婦人科病院で働いている。

 優しいが気の強い姉御肌。家の男ども(とはいっても親父と俺の二人だが)は、

どちらも彼女に頭が上がらない。

 それがいきなり、

”久しぶりね”も、

”元気だった?変わりない?”もなく、

”あんた、身体空いてる?だったらこっちに帰ってきなさい。お見合いがあるから”

 俺の頭でまたバスドラにスネア、そしてシンバルとエレキギターとベースが大音量をあげる。

”はぁ?誰の?”

 俺が聞き返すと、

”あんたに決まってるじゃない?探偵なんかやってる割には察しが悪いわね!詳しくは着いたら説明するわ。兎に角帰ってきなさい!ああ、それからスーツとネクタイも忘れずにね!必ず髭を剃って、床屋さんにも行っておきなさいよ!”

 そして冒頭の言葉になり、電話を切ったという訳さ。

 早い話が自分の言いたい事だけを伝えたにすぎん。

 俺は二杯目のコーヒーをカップに注いで、ベッドの端に腰を下ろす。


 そういや、いつも皆に話してるのは事件簿ばかりで、自分自身のことなんざ、滅多に喋らなかったな。


 たまにはこんな時があってもいいだろう。息抜きにもなるしな。(つまらんと思ったら読み飛ばしてくれて構わんよ)


 俺の故郷は、東京から私鉄を使って西に約一時間半ほどのところにある小さな町・・・・否、ようやく複数の町と合併を果たし、市に昇格したばかりというところだ。


 俺はそこで生まれ、高校を卒業するまで育った。


 次に家族構成。


 親父の名は乾甚太郎いぬい・じんたろう、元陸上自衛官。最終階級は准陸尉。現在七十六歳。無口で偏屈、へそ曲がりだが結構家族思い。

 現在は家でのんびり・・・・いや、そうでもない。

 習い覚えた武道(柔道、剣道その他)を、町の武道館に今でも教えに行っている。

 趣味は機械いじりと晩酌。

次にお袋。さっき紹介した、乾小夜。


 それから俺の妹、半沢友子はんざわ・ともこ三十五歳。苗字が違うことでも明らかなように、既婚者。気性の点ではお袋に似ているが、根は優しくて家族思い。共働きで、お袋の働いている病院で医療事務の仕事をしている。

 半沢健一はんざわ・けんいち。彼女の夫、つまりは俺の義弟。市役所の土木課に務めている公務員。年齢は三十七歳。朴訥で温和な性格、真面目を絵に描いたような男。酒も煙草もやらないが、何故か親父達や俺とは気が合う。

(断っておくが、”半沢”と言ったって、”倍返しがどうの”とかいう例の人気ドラマとは全くの無関係であるから、その点ご承知おきのほどを)

 二人の間には、今年高校に入ったばかりの女の子と中一の男子、少し離れているが、小学校四年生の男の子の二男一女(俺にとって姪と甥)がいる。

 

 


 高校を卒業して、陸上自衛隊に入った俺の人生は前々から喋っている通りだ。

 ご存じの方も多いだろうが、自衛隊というのは、転勤や転属が多いだけじゃなく、訓練だの出動だといっては、全国あちこちに行かされるため、故郷ふるさとに居ついたことはない。

 それでもまあ、在隊時代は暇を見つけてちょくちょく帰ってはいたのだが、退職して探偵になってからは、帰郷することは皆無に近くなった。


(それでなくても、故郷には嫌な思い出が結構あるからな)

 両親だって未だに働いている身だから、滅多に連絡なんか寄越さないが、ほんの時折、手紙や電話(パソコンも携帯も持っていない。乾家はどうやら根っからのアナログ頭であるようだ)で、

”いつ帰ってくるの?”だとか、

”まだ結婚しないの?”とくる。

 ああ、勿論連絡してくるのはもっぱらお袋の役目だ。親父は無口の上に筆不精と来ているからな。

 俺はその度に、

”今は忙しい”

”また今度な”と誤魔化して来たのだが、今度はどうやらそれすらも通用しない迫力が感じられた。

見合い相手は何者だと聞き返す間も与えて貰えなかった。



 俺はため息をつき、二杯目のコーヒーを飲み干す。

 やっとヘビメタバンドが演奏を止めてくれた。

 仕方ねぇな。

 ま、たまには親孝行の真似事も悪くなかろう。

 そう思い、クローゼットを引っ掻き回し、ましなスーツを一着引っ張り出した。

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