資金力を活かして魔王を倒す⑤

ヴィオラが魔法詠唱を開始したのをみて、魔王は両手から気を溜め始めた。青白い炎のようなものが段々と広がっていく。


「まずいな……。あの攻撃は……」


セレスは焦っているようだった。


「知っているのか?」


「魔王が発動しようとしているのは『ベアメテイル・ハザード』という技だ。発動には相当な時間がかかるものの……威力は信じられないものだ」


「そ、そんなにか……!?」


「恐らく、この屋敷ごと吹き飛ぶほどの威力だろう。わたしたちがいくら威力半減のアイテムを装備しているといっても……。まともに喰らったら死ぬかもしれない」


「冗談だろ!?」


自分の攻撃で屋敷を吹き飛ばすなんて、余程の覚悟がないとできないだろうが、一瞬の判断で多数対一の状況に分が悪いとみて、短期決戦を決め込むとはやはり魔王はただものではない。


「お互いに一か八か……という状況か」


いくら俺たちが、敵の攻撃を半減するアイテムを重ねがけしているからといって、魔王の全力攻撃は吸収しきれないかもしれない。

もともと魔物側に属していたセレスが言うのだから、信憑性はあるだろう。


「受け止めるならば、わたししかいない。後ろに隠れろ」


「……死ぬかもしれないのにか?」


「仮にも魔王の手下だったんだ、義理を通す代わりに正面からぶつかってみるさ」


セレスは含んだような笑いを浮かべる。魔王はセレスが敵についていることには動揺していない様子だった。部下の顔すらも覚えていないのだろうか。



「アモネイナイフ、発動するわ!」



ヴィオラは身体に風を纏い、『ゴオッ』とまるで突風が舞い上がったような音をさせたかと思うと、風を一つの形に固めて、巨大なナイフを発生させた。


「そこよっ!」


『アモネイナイフ』は魔王に襲いかかり、その身体を切り刻んだ。魔王の身体からは緑色の体液が飛ぶ。



『ズバッ! バババッ!』



遅れて無数のガラス片のような風の刃が立て続けに刺さっていく、通常モンスターなら跡形も残らないような威力だろう。


「や、やれたか……?」


視界を妨げた風塵が消えたとき、絶望が襲った。身体こそ傷がついていたが、依然魔王は気を溜め続けていたからだった。


「仕留めきれなかった……!?」


ヴィオラは顔面は蒼白だった。自分のMPを全て使い切った最強技を叩き込んだにも関わらず、敵が健在だからだ。


「どうすれば……」


「まだ諦めるな!」


俺はヴィオラに声をかけた。そして彼女にMPを全回復させる秘薬「デルフィの涙」を手渡した。


「これ……。お店でも売ってないような非売品のアイテムじゃない? どうして持ってるの?」


「非売品といえども、金の力さえあれば手に入らないことはない。グランシルバにいた各パーティから高値で買い取ったのさ」


「そ、そんな……私がいたパーティでも数個しか持ってなくて、勿体無くて使わずに終わったのに……」


「安心しろ、99個もある! 勿体ぶる必要なんて全くないぞ」


「う、嘘でしょ……というかそんなに飲めないわよ!」


「お前しかいないんだ……飲んでくれ!」


時間がなかった。

俺は彼女の顔を掴むと。


強引に『デルフィの涙』を口に流し込んだ。



「うっ……! ゴフッ」



溺れたように身体をバタバタとさせる彼女。それでも命がかかっているこの状況。容赦はない。


「うえぇ……まっずーい……。これ、こんなにまずかったの……」


涙目になるヴィオラ。でもこれで彼女のMPは全回復したはずだ。彼女は手で口を拭いながら再び『アモネイナイフ』を発動した。



『ズバッ! バババッ!』



再び無数の風の刃が魔王を切り刻む。

しかし、魔王は少しよろめいたものの倒れることはなかった。


次々と発動しなければ……!


俺は次から次へと『デルフィの涙』を開封。『アモネイナイフ』を発動するごとに、まるでわんこそばかの如くヴィオラの口に流し込んだ。


「ち、ちょっと……! ゴフッ。少し……お、お願いっ! や、休ませて」


「よし、飲んだな! どんどん発動してくれ」


「このっ……サディスト! あ、後で見てなさい!」


ヴィオラは息を切らせながら次の『アモネイナイフ』を発動した。



『ズバッ! バババッ!』



さらに『デルフィの涙』一気飲みからの、『アモネイナイフ』発動を続けに続ける。


「もう……無理ぃ!」


しかし、ヴィオラも限界を迎えたのか。ちょうど10発目の『アモネイナイフ』を発動したあと、とうとう鼻から『デルフィの涙』を吹き出してその場に倒れてしまった。


超高級アイテムを鼻から出すまで飲ませ続けたパーティなんて、我々の他にいないだろう。


「……ど、どうだ?」


『グアッ! ガハアッ!!』


それでも魔王は身体をよろめかせながら、なおこちらを見つめていた。手から出ている波動は消えることなく、それは青白いものから黄金に光っていた。


「くそっ! だ、駄目だったのか? 10発以上はお見舞いしてやったのに!」


「くるぞ……! わたしの後ろに隠れろ!」


セレスは俺たちを庇うように前面に立って言った。俺は倒れたヴィオラを運びつつ衝撃に備える。



「ここで死ぬのか……?」



現実にも戻れないまま?



「くそっ、まだ死にたくない!」



刹那、眩い光。


『ビカッ』と周囲を照らされたかと思うと、少し遅れて地面が激しく振動し、細かな瓦礫が身体に降りかかってきた。



『ベキベキッ!! ゴオオッ!!』



それはまるで地鳴りのような激しさだった。

俺はただひたすら命だけは残ることを祈り続ける。




そして。



「……生きてるのか?」


やがて静けさがやってきたのを確認して、身体に降りかかっていた瓦礫を退ける。恐る恐る顔を上げると、目の前でセレスがうつ伏せに倒れ込んだ。


「セレス……だ、大丈夫か? くそ……全身が痛い。それに魔王は?」


ゆっくりと魔王の方を見ると、なんと彼の身体は崩壊をはじめていた。どうしてかは分からない。もう既に限界を超えていたのだろうか?


『グウッ……ウウウ……』


「い、いまだ! ボクに任せて!」


そのとき、すかさずカーミアが魔王のもとに近づいたと思うと。


「えいっ!」


と手に持っている杖で『バチコーン』と魔王の身体を叩きつけた。効果があったのか彼の身体はそのまま、急速に溶けて無くなってしまった。


「いぇい! 大勝利!」


カーミアが手でピースサインを作る。


「か、勝ったのか……!?」


立て続けに襲いかかった死と隣り合わせの恐怖。ギリギリの闘いになったものの勝利を手にしていたようだった。


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