『グレインズのダンジョン』【2】


「! ん!?」

「どうしたの、ライズ」


 飛んできた尾の軌道を逸らし、反撃のチャンスを伺おうかと思った時だ。

 探索魔法に四つの『人間』の反応。

 しかも、そのうちの一人が凄い勢いでこちらに突っ込んでくる。

 ばかな、無謀だ。

 もしかして、俺たちが魔物に襲われて苦戦していると思って助けに来ているのか?


「はははははは! グレインズスネーク如きに苦戦しているとはな! ライズ・イース!」

「えっ」


 なんとかこちらは大丈夫だ、と伝えなければ。

 そんな風に思っていた俺とセレーナは、その高笑いに喉が引き攣った。

 剣を引き抜き、グレインズスネークに向けたその男……ヨ、ヨルド・レイス……!?


「なぜお前が、ここに!」


 噛みつき攻撃を避け、着地しつつ聞き返す。

 待て、待て、ヨルドには新たな勇者殿に同伴するよう頼んである。

 町長達からの正式な依頼で、ヨルドも断らないと思う。

 だというのにここにいる。

 そしてなにより、ヨルドの後からついてくる三人の反応……じゃあ、まさか……まさか!


「決まってる! 勇者殿のレベル上げだ!」

「「バカ!?」」

「なんだと!」


 いや、ほんと他の表現が見つからないバカ。

 こんなバカに勇者殿を預けてしまったのかと思うと、申し訳なくて会ったら土下座で謝らねばならない。


「ぐっ!」


 くそ、だが……ヨルドの相手をしている余裕が、あまりない!

 タニアは師匠に怒られたステルスが守ってくれているが、レベル100相当のグレインズスネークのステータス値がこれほど高いとは……。

『魔王の城』の魔物ぐらい強い。

 決定打を叩き込むのには、隙が欲しいのに動きが不規則なので俺が魔法で動きを止めたいのだが……。

 よりにもよって、ここで!

 足手まといヨルドたちが現れるなんて——!


「レベル50のグレインズスネーク如きに苦戦するとは情けないな! 俺様が真の『剣聖』の力を見せてやるぜ!」

「よ、よせ! そのグレインズスネークは師匠の強化魔法バフでレベル100並みに強化されてい——っ」


 いくらヨルドがレベル50ぐらいだとはいえ、レベル150の俺やセレーナが苦戦する魔物に勝てるわけがない!

 死ぬ!

 体勢を立て直して、突進するヨルドを庇うように前に立つ。


「邪魔だ!」

「だめだヨルド下がれ! お前では」

『クロロロロロォ!』

「ライズ!」


 止まらないヨルドと、頭をもたげたグレインズスネーク。

 挟まれた。

 見下ろす師匠が目を細めたのを、なぜか見てしまう。


「……あ……アイスグランド・インデット!」

「!」

『!?』


 剣を地面に突き立てて、魔力を地面に通す。

 氷の魔法、『アイスグランド・インデット』。

 術者を中心に地面を凍らせて、鋭い氷を周囲に突き立てる。

 ヨルドを足止めし、グレインズスネークを串刺しにした。

 だが、やはり……グレインズスネークの物理と間防御力は俺の攻撃魔力を上回っていたようだ。

 掠っただけでほとんどが砕かれた。

 だが——!


「セレーナ!」

「任せて! はぁああぁっ! 爆砕拳!!」


 怯んだグレインズスネークの頭に、セレーナの拳がぶち込まれる。

 爆砕拳は、拳が当たった瞬間爆破が起こり、当たった場所を破壊する技。

 そして……技の名前で一瞬忘れそうになるが、セレーナは聖女!

 一応! 聖女である!

 爆発したグレインズスネークは、仰け反りながら数メートル吹き飛んだ。


「…………ァ……ぇ……」


 どさり、と背後で情けのない声と音。

 振り返ると目を丸くして腰を抜かしているヨルド。

 まあ、初見だと、そう、なる、よ、なぁ……。


「ヨルド殿!」

「わ、我々はまだレベル30台、勇者殿に至ってはまだレベル一桁なのですよ! 置いていかないでください!」

「だ、大丈夫ですか!? すごい音がしましたけど……あ! ライズさん! セレーナさん!」


 ウワァー!

 追いつかれてしまったー!

 これはなんとかして追い返さなければ危険すぎる〜!

 あと、うっかり人型の魔王が復活しているしぃー!


「愛夏様!? どうしてここに!?」

「そ、それが、どうやらヨルドがレベル上げに『グレインズのダンジョン』を使おうと思っていたらしくて」

「は? 馬鹿なの?」


 セレーナも同意見……だよなぁ。


「な、だ、誰が馬鹿だ! 今行けるところで一番レベルの高いところでレベルの高い敵と戦った方が、一気にレベル上げられるだろうが!」

「っ!」


 あ、いかん。

 そう思った時にはもう遅い。


「バカ言ってるんじゃないわよ! 命は一つしかないのよ!」

「ひっ!」

「っ!」

「!」

「きゃっ」


 スキル『威圧』。

 自分よりもレベルの低い相手に威圧感を与えて、一定時間行動不能にさせる。

 ……お察しの通り、本来『聖女』が覚えるスキルではない……。

 ちなみに俺も持っている。

 そしてセレーナの『威圧』はセレーナよりレベルが高い俺には効かない。


「師匠」

「ん?」

「ちょっと今から本気でヨルドを殴るので、死んだ瞬間に蘇生魔法かけてください」

「よいぞ。承った」

「ありがとうございます!」

「えっ」


 すっ、と剣を柄に戻す。

 目を閉じて、タニアの前に瞬歩で移動して、視界を隠した。

 タニアにはちょっと衝撃映像になるから隠す。


「ゲェッ!?」


 グジュっと、えげつない音もしたので咄嗟に耳も塞ぐ。

 ごめんな、タニア……なにが起きたかよく分からないだろう?

 でもお前にはまだ早い……。

 成長したあとも耐性がないと厳しいと思う。

 いや、タニアは翼竜たちの巣にいたから耐性だけなら高そうだけれども……。


「えものしとめた?」

「なんて事を言うんだ。ヨルドは獲物じゃないぞ」


 やっぱり耐性高そうだけどなんか違うものも高い。


「げはっ、ごっ、ぐっ、ぐふっ……かはっ!」

「ヨ、ヨルド殿!」

「大丈夫ですか! セ、セレーナさん、なんでこんな事を!」

「それでも聖女ですか!」

「おバカは死ななきゃ治らないと言います。……というか……あなたたちはなに推奨レベルが一回りも二回りも高いところに愛夏様を連れてきてるんですか?」

「「ひっ」」


 ああ、セレーナの矛先がサカズキ殿たちに……!

 拳を鳴らしながらお説教って普通に怖いんだよな。

 師匠、は……ニコニコとその様子を眺めている。

 だめだ、あの人……セレーナが怒って説教してる姿を微笑ましいものだと思ってる! ズレてる!

 その横で復活したヨルドがすごい顔色と形相で起き上がった。


「な……な……な? なん、なんなんだ、お、お前!」

「は?」

「せ、聖女……聖女だと!? お前が!? 武闘家の間違いじゃないのか!? 俺は、なんで……死、死?」


 大混乱している。

 ……いや、うん、するよな、混乱。

 一度間違いなく死んだだろうし。


「ふ、ふざけんな!」

「お?」


 な、なぜかヨルドの矛先が突然師匠へ!?

 な、なぜ!?

 まさかセレーナに文句を言うのは怖いから、近くにいて一見子どもで弱そうな師匠に八つ当たりしようとか、まさかそういう!?

 あ、あほ! ほ、本当にアホ!

 やめろ、やめるんだ!

 セレーナよりも師匠の方が——!


「レベル上げするなら強い魔物の出る場所の方がいいに決まって……」


 ぴん、と師匠が指をデコピンでもするように弾くと、ヨルドの真後ろが広範囲に爆発した。

 数体の魔物が、森ごと吹っ飛ぶ。

 俺から見える範囲で数十メートル更地になってある。

 ぉ、おおおぉ……俺とセレーナが苦戦している間でもここまで広範囲消し飛ばしたりしてないんですががががか……。

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