夏の窓辺に

 教室の窓辺に二人きり、少女たちが銘々に寛いだなりに座っている。片や椅子に対して横向きに、背もたれへ肘をかけて壁に寄り掛かる。座面に上げた片足だけ胡坐を組み、その膝へ置いた手にはパックジュースがあった。もうひとりはその後席に、机上で重ねた両手に顎を乗せ、上体をほとんど天板に預けている。咥えたロリポップキャンディの持ち手が口の先でぴこぴこ振れた。

 窓外は不気味なほどの熱量でもって、空気までも焼くような日差しが真っ白に地へ照り付ける。教室はそれによってむしろ濃い影の中に沈み込む。少女たちの姿さえも黒く染め、影絵の一枚と変える。開け放した窓から流れ込む緩い風は、それでも内外を繋ぎ留め、熱された己が身で少女たちの髪を揺らした。

 あうー。一方の少女が唸る。温くなりつつあるいちごミルクをちうちう吸う。パックの表面に結んだ露がひとすじ流れ、下端の角で滴をつくると、はっと垂れ落ちた。最前その様を目で追っていたもう一方が、事前のうちで徐に片手を伸ばし、滴を受け止めた。音もなく滴が指の腹にはじける。

「なにしてんの?」

「んー? つめたい」

 問いかけと、それに嚙み合わぬ返答と。少女たちは束の間視線を交わす。得意げに笑んだ少女の口元で、キャンディがからりと音を立てた。深追いせず、紙パックを携えたほうはまた仰向いて「あつい……」と声を漏らす。後ろ頭を窓枠に当てる。アルミサッシは密かに蓄えていた冷気を少女に与え、彼女は心地よさそうに目を細めた。しかしそれも僅かのことだ。少女はかえって不快感を増したような面持ちで、すっかり温まった窓枠から頭を離し、そのまま項垂れた。

 キャンディの少女はいつの間に身を起こし、窓から校庭を見下ろしている。白熱するような砂の上、幾人もの少年がボールを追って走り回る。その中のひとりに少女の視線は吸い付いた。

「それで。どしたの」

「あのひとが好きなの」

「あらそう」

 事も無げに相槌を打って、それでいて内心を隠せずに、ストローを咥えたまま彼女は相方を盗み見る。紙パックがずずずと音を立てる。キャンディはまだ校庭を見遣っていた。いちごミルクもその視線を辿って身をひねる。同じ景色が目に留まる。キャンディと校庭とを交互に見比べて、やれやれと首を振った。

 「どのひと?」

 「ん、先輩」

 「いやそうじゃ……、まあいいか」

 興味を失ってまた教室へ身を向ける。あっついねえ、と独り言つ。空になった紙パックを机に置くと、結露がパタパタと机に垂れてじんわりと染みを広げた。そこに指先をつけ、いちごミルクの少女は手遊びまでに机をなぞる。指の軌道を追いかけて、染みがすじを描き、先に行くほどそれは薄くなっていき、始点に戻る手前で途切れた。右端の欠けたハートが机の上に転がる。ため息とともに、彼女は胡坐を解いて両足を前方へ投げ出した。

 その吐息を聞きつけて、キャンディの少女はようやく校庭から顔を戻す。名残惜しげに視線は遅れてついてくる。前に座る少女へと向き直ると、彼女はすぐに消えかけのハートを見つけた。首を傾げ、じっと机の染みを見つめて、やがて腰を浮かせる。前の少女の足を飛び越えて、紙パックの乗った机の脇までてこてこ歩み寄るとそこですとっとしゃがみこむ。机の端に片手を添えて、もう一方の手は紙パックの足元でたまった水滴を指先にすくいとった。先方の視線を受けながら、ハートの欠けたところを書き足していく。無事に始点と終点は結ばれて、彼女は得意げな顔でもうひとりを見上げた。

 「恋してる?」

 「それはあなたでしょ」

 呆れたような声音の返答にころころ笑って、彼女はその拍子に落ちかかったロリポップキャンディの棒を自分の口からつまみ上げた。小さくなってはいたが、棒の先にはまだ黄色い飴玉がてらてらと光っていた。

 「それなんの味?」

 「知りたい? あげる」

 問いに答えず、彼女は問うた本人へキャンディを突き付けた。眼前に出されたそれを、僅かの逡巡ののち、少女は思い切って口で受け取った。彼女は口の中でころころとキャンディを転がし、文字通り吟味するみたいに視線を天井へ向けている。キャンディを渡したほうは、その間にもとの席へと戻っていった。机に両手で頬杖をついて、ことりと首を傾げる。しばらく待ってから、「どう?」と問いかける。

 問われたほうは勿体ぶって意味ありげな目を相手に向けた。口の端ににやりと笑みが浮く。

 「……恋の味」

 すると少女は目をまあるくして、楽しげに声を上げて笑うのだった。言ったほうもおかしそうに肩を揺らす。しかしなぜかその目には幾分の憂いがあって、また窓の向こうへ意識を持っていかれている友人に隠れ、キャンディを口から放した。指先で棒をくるりと回す。

 「ほんと、甘ったるいぜ」

 彼女の呟きは誰に届くこともなく、熱気のうちに溶けて消えてしまった。

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