傷、太陽の欠片、わたし

 空は青かった。ビルの間をふよふよとひつじ雲が泳いでいた。

 ひつじなのに泳いでいるなんてバカみたい。わたしはひとり、クスクスと笑う。

 道に敷かれた煉瓦がひとつ、ぽこりと外れて転がっていた。蹴ったら爪先が痛くなりそう。上に乗ったらカタカタと小さく揺れた。片足を上げて両手を伸ばす。バランスバランス、何秒倒れないでいられるかしら。

 ・・・・・・10、11、12。飽きた。もういいや、次に行こう。

 太陽の欠片が道端に転がっていた。駆け寄ってみる。キラキラしたガラスの破片、ひとつだけつまんで持ち上げた。傷だらけであんまり綺麗じゃない。でもほんのりと空色に染まった。ちょっと雲に似てる。

 これも高く投げれば雲になるのかしら。太陽の欠片が雲なのかしら。えいっ。・・・・・・あ、痛い。てのひら切っちゃった。血の珠がぷっくりと頭をのぞかせる。こんにちは、わたしの命。

 舐めるとちょっぴりしょっぱかった。んー、あんまり美味しくない。わたしはあんまり美味しくない。

 あれ? そういえば、ガラスはどこへ行ったのかな。ちゃんと雲になれたのかな? よく分かんないけどまあ、いっか。まだまだ雲の赤ちゃんは落ちているけど、また怪我をしたらいやだもの。

 街路樹とビルに挟まれて、肩身を狭くしながら道を行く。どっちもうんと背を伸ばして、ちびっちゃいわたしを馬鹿にしてくる。なんだよもう、わたしだってすぐにおっきくなるんだからなぁっ。今に見てろよ、すぐに追い抜かし・・・・・・はできないけど、えっと、まあ、その、おっきくなってやる!

 げしげしとビルの壁と樹の幹に蹴りを入れた。やり返されたら勝ち目はないから、ぴゅいっと車道へ逃げる。後ろでずしーんと大きな音がして、さっき蹴った樹が倒れた。やった、勝った勝った。

 ふとーい車道には車が散らかしっぱなしの玩具みたいにたくさん駐まっていて、あっちこっちでちゅーしたり喧嘩したりの大騒ぎだ。ちょっとは落ち着いて話し合ってみるといいと思うの。クラクション1回で「はい」、2回で「いいえ」。ぴこぴこライトを点けて、ワイパーを動かして、そうすればきっと会話もできるわ。じゃないとわたし、とっても歩きづらい。どいてよ、もう。

 赤い車の横っ腹に頭突きを食らわせようとしている緑の車の頭をペチンとはたいて仲裁し、その隙間へよいしょよいしょと入りこむ。やっとの思いで前へ進む。

 一番酷かったのは途中で見つけてた大きな交差点。あっちもこっちも熱い戦いをした後みたいで、みんなへこんだり潰れたり、紙くずみたいにクチャクチャになったりしていた。黄色い車の前には骸骨も転がっていた。あっ、もう。自分たちの喧嘩に他の人を巻き込んだらダメじゃない。足の骨と背骨がばらばらになっちゃってる。かわいそうに。わたしでも並べ直せるかしら。パズルみたいで楽しそう、少し待っていてね、時間は掛かるかもしれないけど、その間、空でも見ていてちょうだい。ひつじが空を泳いでいるわ。それと、もし良かったら、太陽の欠片が雲になれたかどうか探してくれると嬉しいの。

 もうすぐ日が暮れる。ひつじたちも血だらけになっちゃってる。わたしの命はしょっぱかったけれど、ひつじの命はどんな味なのかな。わたしのよりは美味しそう。垂れてこないかなあ。

 今日はここまでにしようかな。もう、暗くてなんにも見えないし。骸骨さん、ごめんね、また明日にするね。代わりに今日は一緒に寝ましょう。わたしが寂しいわけじゃないのよ、そんなこと全然ないからね。明日、あなたを直したら、また先へ行くね。また面白いものが見つけられるといいな。

 おやすみなさい。

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