強がり

 君を好きだというこの感情は歪んでいるのだろうか。

 僕を決して好きになることのない君を、恋人と仲良さそうに笑う君を、それだからこそ好きだという僕の気持ちは間違っているのだろうか。

 ああ、燦然と輝く君よ。どうかそのまま幸せであってくれ。


「――でね、アイツと喧嘩したわけ」

「へえ」

 放課後の教室で気のない返事をすれば、当たり前か、彼女はむっと頬を膨らませる。

「ちゃんと聞いてんのー? なぐさめなさいよー」

「あはははー」

 愚痴を聞かされるのは毎度のことだ。いちいち真剣に付き合っていたらやってられない。真面目なアドバイスをしたところで、「分かってんのよー」と不満顔が返ってくるのに決まっているし。ようは彼女が求めているのは共感で、「かわいそうに」の一言で、きっとその言葉の持ち主は僕でなくても構わないのだ。

 横目に見れば、僕の机に突っ伏して、窓の向こう、沈みゆく太陽を眺めている。愁いを帯びた表情は、彼女にあまり似合わない。

 つむじをつついた。

「ん、なにすんの」

 顔は上げず、片手でしっしと払われる。

 それをかいくぐって、さらにつつく。

「んー、しつこいっ」

 ようやく顔が上がった。気の強そうなつり目、ツンと尖った鼻先、色付きリップの塗られた唇。昔からあまり変わらない、見慣れた顔立ち。だけど。

「元気出せよ。お前は元気だけが取り柄なんだから」

「そんなことないし。アイツはもっと色々……」

 彼の話をするときだけは、僕の知らない顔をする。口の端が緩んで、頬に朱が差し、きつい目つきは鳴りを潜め、見たことのない華やいだ表情が浮かぶ。さっきまで怒っていたはずなのに、優しげな声で饒舌に、あれこれと聞いてもいない出来事を話してくれる。

 そんな彼女がたまらなく好きだった。胸が高鳴り、指先が痺れ、涙さえこぼれてきそうなほどに好きだった。馬鹿げているとは思う。自己矛盾も甚だしい。恋とか愛とかって、きっと誰よりもそばにいたいという感情なのだろう?

「わかったわかった。僕が悪かった。でも、愛を語らう相手は僕じゃないでしょうが」

 窓の外を顎でしゃくる。夕陽に燃える校庭の向こう側、校門の横で寂しげにたたずむ人影がある。

 本当は気づいていたくせに、たった今、言われて初めてそこを見たと言いたげに彼女は眉を撥ねさせた。

「なんであんなとこにいるのかね?」

「さぁてね」

 分かりきった問いに、わざわざ答えてやる義理はない。肩をすくめてとぼける。

 彼女はこちらを見て、悔しげに唇を歪めて、そわそわと身を揺らし始める。うまく僕を誘導するのではなく、行きたいのなら自分からそうと口にするべきだろう。

「うー、いぢわる」

 精一杯に目をすがめ、結局彼女はそれ以上の言葉を発さずに、とぼとぼと教室を出ていった。まったく、愚痴を聞いてあげたのだから、お礼くらいあってもいいのだぞ?

 しばらくして、校庭に彼女の姿が現れる。歩調は抑えているようだが、駆け寄りたくてたまらないのが後姿からでもよく分かった。やがて黄昏の世界の中心で、二人は出会い、見つめあう。表情は分からない。仕草も斜陽に滲んでぼやけていた。だから過程はうかがえず、結果だけ言えば、彼らは寄り添い、街並みの中に消えた。

 それと同時、スポットライトがバツンと落ちる。あれだけ輝いていた舞台が、瞬く間に夕闇へ染まっていく。

「めでたしめでたし、とね」

 椅子に深く腰掛けて、天井を仰いだ。

 そして、そして。

 長い長い溜息が木霊した。

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