第8話 映画館
「ハ、ハンバーガー、おいしかったね」
「う、うん」
翔太と海玲は、やけにたどたどしい会話をしながらハンバーガーショップを後にする。
今ここでうっかり「ソフトクリームもおいしかったね」などと言おうものなら、二人してもう一〇分ほど身悶えるのは必至だった。
あてどなく町を歩きながら、たどたどしい会話を続ける。
「こ、この後どうしようか?」
「あ、あくまでもわたし個人の意見だけど……折角隣町に来たんだし……か、帰るのはもう少し後でもいいと……思うの」
「そ、そうだね。折角来ただしね。で、でも夏木さん。時間の方は大丈夫なの?」
「暗くなる前に……か、帰れば大丈夫だから」
「そ、それなら……ど、どうしようか?」
そこで、たどたどしい会話が途切れてしまう。
ひどく遠回しだが、海玲はもう少し隣町で遊んでから帰ろうと言ってくれている。
もうそれだけで天に昇るくらい嬉しい心地だが、現実問題として、翔太は異性と何をして遊べばいいのかが、さっぱりわからなかった。
地元にいる友達と遊ぶ時は基本ゲームばかりしていたものだから、余計にわからなかった。
(何か……何か、女の子と二人でも楽しめるようなものは……)
縋る思いで駅前の建物に視線を巡らせる。
ある建物が目に入った瞬間、翔太は歓喜をそのままに海玲に話しかけた。
「な、夏木さん! あそことかどうかな!」
言いながら、道行く先にある映画館を指でさす。
「映画……うん。いいかもっ」
海玲の同意も得たので、翔太は嬉々として映画館に足を向けた。
中に入り、ロビーで現在上映されている映画を確認しながら、二人は先程までのたどたどしさが嘘のように会話に華を咲かせる。
「へぇ……じゃあ夏木さんは、映画館に来るのはこれで二回目なんだ」
「うん。だから、いいかもって思ったの。ところで、新野くんはどんな映画が好きなの?」
「そうだなぁ……けっこう雑食だけど、どれが好きかと聞かれたら、やっぱりアクションかな。映画館で見ると迫力が違うし。夏木さんは?」
「わたしは恋愛映画、かな。あとは……ピカチュウみたいな、かわいいキャラクターが出てくるアニメとかも好きかも」
「アニメか……生憎僕は見てのとおり陰キャだから、見てるアニメはそんな国民的なものじゃないかな……」
「そ、そんな遠い目をしないで! わ、わたしは、別に、陰キャとか陽キャとか気にしないから…………あっ! あの映画って、最近よくCMで見るやつだよね?」
「いっそのことアレにする?――って、あぁ……。もう上映開始してる」
映画という明確な話題があるおかげか、ソフトクリームの件については今は綺麗さっぱり忘れているからか、もう二人の間には妙な緊張も、行きすぎた遠慮もなかった。
「それなら……夏木さん。アレなんてどうかな?」
翔太は、天吊りモニターで宣伝されている、如何にも恋愛ものっぽい『マリー・ロンド』という名の洋画を勧めてみる。
「聞いたこともない名前だけど、雰囲気は良さそうだし……いいかも」
「地雷の可能性もあるから、一応ググってみる?」
「う~ん……折角だから前情報なしで見てみるとかはダメ、かな?」
「全然駄目じゃないよ。その方が楽しめるかもしれないし」
見る映画が決まったということで上映時間を確かめてみると、開始時刻が差し迫っていたので慌ててチケットを買い、
すでに開始前の予告が流れていたので慌てて席につくと、程なくして劇場内が真っ暗になり、『マリー・ロンド』の上映が開始された。
始まりは、主人公の男と、題名になっているマリー・ロンドという名の不思議な女性が出会うシーンからだった。
それから二人は何度も逢瀬を重ねていき、惹かれ合っていき……今まさしく、人生で初めて女の子と並んで映画を見ているせいか、翔太がかつてないほどに感情移入していたところで〝それ〟は起きた。
『ねえっ!? 私のこと愛してるんでしょっ!? だったら、私と一緒に地獄へ行ってよっ!? ねえっ!? ねえってばぁあぁぁあぁあぁぁあああぁぁあぁぁぁああああぁあぁぁぁああぁぁあああぁぁぁぁああぁぁあぁああっ!!』
実は悪霊だったマリー・ロンドが、実は主人公の生気欲しさに近づいたという予想外の展開に、翔太は頬を引きつらせた。
吹き替えの声優の演技が異常なまでに迫真だったせいで、マリー・ロンドの悍ましさたるや翔太もちょっと恐いと思うほどだった。
(恋愛映画の皮をかぶった、ホラー映画だったか……)
顔を引きつらせていたその時、海玲側のロンTの袖がクイクイと引っ張られていることに気づき、まさかと思いながらも顔を向けると、
「……っ。……っ。……っ」
スクリーンの光だけでもはっきりとわかるほどに顔を青くした海玲が、目尻目いっぱいに涙を溜めて、無言でひたすら翔太のロンTの袖をクイクイ引っ張っていた。
(この映画の着地点が、ちょっと気になるけど……)
明らかに海玲が限界寸前だったので、翔太はやむなく彼女と一緒に劇場を後にしたのであった。
ロビーに戻った翔太は今の自分の状況に、顔を真っ赤にしながらひたすらドギマギしていた。
ロビーのソファに座ってすぐに、海玲が腕に抱きついてきたのだ。
抱きついたまま、プルプル震えて離れないのだ。
彼女の着ているサロペットワンピースがデニム生地だったおかげで、胸を押しつけられても感触がほとんど感じられないのが救いであり、少し残念でもあった。
もっともそれは、あくまでも
ほんわずかに伝わる感触から、「夏木さんは着やせするタイプなのかもしれない」という邪念が鎌首をもたげ始める。
けれど、哀れなほどに震え上がっている海玲に対してそんなことを考えるのは失礼なので、かぶりを振ってどうにか邪念を振り払い、意識的に声音を優しくしながら彼女に話しかけた。
「な、夏木さん……もしかして、恐いの苦手なの?」
顔を青くしたまま、涙目のまま、コクコクと首肯を返す。
今までの海玲を考えると、翔太の腕に抱きつくなんて大胆なことをしたら間違いなく赤面していたところだが、今は『マリー・ロンド』の恐怖がはるかに上回っているらしく、親に甘える子供のように翔太に抱きついて離れようとしなかった。
「あ、あんなのズルい……! 宣伝だとどこをどう見ても恋愛映画だったの――にぃっ!? ~~っ!!」
『マリー・ロンド』の宣伝をしている天吊りモニターを恨めしそうに睨むも、マリー・ロンドの顔がアップで映った瞬間、悪霊モードのマリーがフラッシュバックしたのか、海玲は引きつった悲鳴を上げながら、ますますきつく翔太の腕に抱きつく。
そんなことをされた翔太は、
(待って待って待って待って!? 色々くっつすぎ!! なんか匂いも近い!! 良い匂いがすごく近い!!)
もうパニックである。
当然、そんな翔太に救いの手を差し伸べる者は誰もいない。
初々しいカップルだと思った人たちが暖かい目で見守るか、彼氏彼女に飢えた人たちが殺意を孕んだ目で睨むかのどちらかだった。
「新野くんごめんなさい……! もうちょっとだけ……もうちょっとだけこのままで……!」
「ア、ハイ、モウチョットダケデスネ」
もう色々と限界だった翔太は、なぜか片言で応えてしまう。
それから一〇分後、なんとか気持ちを持ち直した海玲は、その間ずっと翔太に抱きついていたことに赤面し、彼女の羞恥にうっかり共感してしまった翔太も、引き続き茹で上がるほどに顔を赤くしてしまったのであった。
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