第45話 不快速急行

 僕を守ってくれた。そんな安心感に浸りつつも、比喩でも何でもなしに終着駅は必ず存在する。

 優しげに僕を起こす京子さんに従って、来たこともない田舎の無人駅に辿り着く。

「なかなか雰囲気あるね」

 これといって例を挙げることはできないが、確かにどこか映画的な趣きがある。

 線路の端ではなく、真ん中、つまり電車の真下に当たる部分にも立派に草が生い茂っている様は、荒廃というより近未来にも感じられる。

 これまた古びた掛け時計を見ると深夜、人によっては未明、あけぼのといった言葉を連想させる頃合いだった。

「どうしよっか、今のが終電らしいよ」

 京子さんのマンションも、僕の実家も既に遠く離れた地となり、タクシーという選択肢は現実味が無い。


 さりとて、僕らが宿泊できる施設が無ければ、嫌な顔をされようとも、それこそ乗り継いてでも呼ばねばなるまい。

 一難去ってまた一難とはこの事か、いつだっては僕を困惑させる。

「君の所持金は2384円だよね?」

「え?」

 恥ずかしながら財布に二千円があったのは覚えているが、小銭は不確かだ。

「……ホントだ、はいそうです」

 いつ僕の財布の中身を見たのだろう。観覧車のチケットを買った時?

「うん、やっぱりタクシー代は二人合わせても足りないね」

 ホテルどころかATMも見当たらないので、資金調達も無理。万事休す。


 仕方なく僕らは駅構内で始発を待つことにした。ついさっきまで居眠りしていたのもあって、僕は寝付けなかった。

 幸い、無人駅なので注意される気配もない。冬の寒さを誤魔化すために、さびれた駅で寄り添いあって夜を明かす様子は、あたかもこれから心中するかのようでもある。

 心中はもってのほかだが、世間と乖離かいりするこの有り様は、どこか読書の没入する感覚に似通っていた。

 結局僕は、独りではなく、何かに―それは人であろうが本であろうが構わないようだが―沈潜ちんせんする事に憧れがあるのかもしれない。


 そんな自己分析も結構だが、やはり年上の女性とこうして一夜と共にするのは、繰り返すようだが、現実離れしていて、異様にさえ感じる。

 僕の人生はいつからこうものだろう。

 僕はその答えに気付いている。

 だが、自己憐憫じこれんびんか、もしくは思い出として深層では大切にしているのか、強いて何が原因なのか、そしてそれはいつ始まったのかを問いはしなかった。

 ただ冬の夜風と京子さんの左肩に身を任せ、非日常が僕にとっての日常に移り変わってゆく様を黙って見届けていたのだった。



 京子さんが眠っても、僕はついに始発まで目を閉じることはなかった。

「京子さん、京子さん」

「う~ん、おはよう。もうすぐ?」

「はい、もうすぐ始発が来ます」

「目の下の 僕を守ってくれた。そんな安心感に浸りつつも、比喩でも何でもなしに終着駅は必ず存在する。

 優しげに僕を起こす京子さんに従って、来たこともない田舎の無人駅に辿り着く。

「なかなか雰囲気あるね」

 これといって例を挙げることはできないが、確かにどこか映画的な趣きがある。

 線路の端ではなく、真ん中、つまり電車の真下に当たる部分にも立派に草が生い茂っている様は、荒廃というより近未来にも感じられる。

 これまた古びた掛け時計を見ると深夜、人によっては未明、あけぼのといった言葉を連想させる頃合いだった。

「どうしよっか、今のが終電らしいよ」

 京子さんのマンションも、僕の実家も既に遠く離れた地となり、タクシーという選択肢は現実味が無い。


 さりとて、僕らが宿泊できる施設が無ければ、嫌な顔をされようとも、それこそ乗り継いてでも呼ばねばなるまい。

 一難去ってまた一難とはこの事か、いつだっては僕を困惑させる。

「君の所持金は2384円だよね?」

「え?」

 恥ずかしながら財布に二千円があったのは覚えているが、小銭は不確かだ。

「……ホントだ、はいそうです」

 いつ僕の財布の中身を見たのだろう。観覧車のチケットを買った時?

「うん、やっぱりタクシー代は二人合わせても足りないね」

 ホテルどころかATMも見当たらないので、資金調達も無理。万事休す。


 仕方なく僕らは駅構内で始発を待つことにした。ついさっきまで居眠りしていたのもあって、僕は寝付けなかった。

 幸い、無人駅なので注意される気配もない。冬の寒さを誤魔化すために、さびれた駅で寄り添いあって夜を明かす様子は、あたかもこれから心中するかのようでもある。

 心中はもってのほかだが、世間と乖離かいりするこの有り様は、どこか読書の没入する感覚に似通っていた。

 結局僕は、独りではなく、何かに―それは人であろうが本であろうが構わないようだが―沈潜ちんせんする事に憧れがあるのかもしれない。


 そんな自己分析も結構だが、やはり年上の女性とこうして一夜と共にするのは、繰り返すようだが、現実離れしていて、異様にさえ感じる。

 僕の人生はいつからこうものだろう。

 僕はその答えに気付いている。

 だが、自己憐憫じこれんびんか、もしくは思い出として深層では大切にしているのか、強いて何が原因なのか、そしてそれはいつ始まったのかを問いはしなかった。

 ただ冬の夜風と京子さんの左肩に身を任せ、非日常が僕にとっての日常に移り変わってゆく様を黙って見届けていたのだった。



 京子さんが眠っても、僕はついに始発まで目を閉じることはなかった。

「京子さん、京子さん」

「う~ん、おはよう。もうすぐ?」

「はい、もうすぐ始発が来ます」

「目の下ののくま、ひどいよ」

 そういう京子さんはといえば、相も変わらず綺麗だったが、やはり疲れは消え失せていなかった。

 深雪さんは再び現れた。

 それだけではない、僕の生活にまたもや波紋を生じさせた。


「君はもう誰とも話さなくていいよ」

「どうしてですか?」

「だって私が居るじゃん。昨日も少しあの子の話聞こうとしてたでしょ。そんなのだから勘違いされんだよ。君は私に肩を任せていればいいんだよ。

 私だけが君と支え合っていけるんだよ。あの子は君と向き合ってるだけ。それどころか君が目を背けるのを許さないなんて最低。

 私は君を養える。だから君は私に心をまかせていればいいんだよ」


 ゆっくりと、それでいて力強い口調は、他に誰も乗客が居ないので、何かがのりうつったようにも感じさせた。

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