良からぬ考え

「あの、今の言葉、撤回して下さい」


「ああ!?なんだ、お前!?」


 おれが突然、現れたことに明らかにイラつく男性。しかし、こちらも引くつもりは全くない。


「か、海斗……さん……」


 葵ちゃんは絞り出すような声で呟いた。


「おれは彼女の……」


 おれはその時、葵ちゃんの何と言えばいいか少し迷った。だが、すぐにその言葉は決まった。


「彼女の兄です」


 おれはハッキリとそう言った。

 知り合いより家族の、兄だと言った方がこの男性には効果的だと思えたからだ。


「そんなことより、さっきのバイトだからとか、女だとかって言葉、撤回して下さい。今の言葉、立派なセクハラですよ?」


「うるせぇな!お前に関係ねぇだろ!おれが話してんのは、この女なんだよ!!」


 おれの言葉に男性はさらにヒートアップしたのか、思いっきり立ち上がり、テーブルをドンと強く叩いた。


 カサッ。


 その時、男性が立ち上がった拍子に何かが擦れた音が聞こえた。見ると、紙袋が置いてあるのが見えた。正確には通路側に紙袋が置いてあった。なんで、こんなところに置いてるんだ……?

 テーブルの上かソファの上に置いておけばいいのに……

 それに床に置くにしても人通りの多い通路側に置くなんて……

 その時、おれは一つの良からぬ考えが浮かんだ。


「すいません。失礼ですけど、その紙袋って何が入ってるんですか?」


「な、なんだよ、いきなり……別に何だっていいだろ」


 おれの問いかけに、先ほどとはうってかわって随分と大人しくなった男性。

 あからさまに怪しい空気を出している。


「もしかして……カメラとか入ってるんじゃないですか……?」


「か、カメラ……?!」


 おれの言葉に横にいた葵ちゃんが思わず、スカートを抑えながら、後ずさりをする。

 そう。紙袋はちょうど葵ちゃんのスカートが下から見える位置に置いてあった。

 わざわざ、こんなところに紙袋を置くなんてよっぽどの理由がなければしないと思う。

 そして、そのよっぽどの理由がこれだ。この手の盗撮は以前、テレビで見たことがある。


「い、言いがかりもほどほどにしろよな……!全くなんなんだ、この店は!!」


 男性は捨てゼリフのようにそう言うと、紙袋と上着を慌てて手に取ると、ポケットからお金を取り出し、バンと大きな音を立てて、置いた後、そそくさと店から出て行った。


「あれは逃げたな……」


 一応、警察に連絡した方がいいのかな……

 でも、映像消されて証拠隠滅でもされて、言いがかりだとか言われたらめんどくさいしな……

 と、おれがそんなことを呑気に考えていると。


「ふっ、うぐ……」


 隣にいた葵ちゃんが大粒の涙を流しながら、泣き始めた。そして、おれの胸にいきなり飛び込んできた。


「えええ、ちょっ……!」


 突然の行動におれは慌てふためいた。

 ど、どうしよ、これ……!

 抱き寄せるのもなぁ……

 しかし、そのままにするのも……

 どうするよ、これ……


「怖かった……よぉ……!」


 しかし、おれは葵ちゃんの口からようやくという感じで溢れ出た言葉を聞いた後、ゆっくりと彼女の頭を撫でてあげた。

 そうだよな。怖かったよな。大の大人、しかも男性に大声で怒鳴られて、その上、盗撮されたかもしれないんだから。

 何迷ってんだよ、おれ。

 か弱い女の子が泣いてるんだから、やるべきことはこれしかないだろ。


 おれは葵ちゃんが落ち着くまで、しばらくそのまま、背中や頭を撫で続けるのだった。

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