本音と建前

「それじゃあ、私は大学に行くわね。それより、本当に家にいなくていいの?」


「はい。この街のこと、まだ何も知らないんで適当に散策してきます。夕方頃には戻ってくると思うので」


「了解。そしたら、これ持って行きなさい」


 そう言って、サヤさんはクマのキーホルダーが付いたかわいらしいカギをおれに渡してくれた。


「家に帰ってきたのに入れなかったら意味ないでしょ?私は誰かが家にいる頃に帰ってくると思うし、大丈夫だから」


「あ、はい。ありがとうございます」


「それじゃあね」


 家の前で手を振りながら、サヤさんは去っていった。おれは少し恥ずかしくなり、小さく手を振り返すのだった。












♦︎












 家の前で海斗と別れてから、サヤは大学に行くための道を歩いていた。

しかし、心の中で考えるのは先程から同じことばかりだった。


「なんかちょっと感動してくれたのに、かわいそうなことしちゃってるのかしら……」


 小さく呟きながら、そうして思い出されるのは少し前の海斗の姿。

 私の言葉に感動したのか、イスに座りながら、しかし泣いてると悟られまいと、必死に堪え、顔を伏せていた。

それでも隠しきれてなくて、身体なんて少し震えていた。


 海斗のことをなんとかしたいと思ったのは本当だ。これは決して嘘なんかじゃない。

 しかし、それだけが全てではないのもまた事実だった。

そして、それを海斗自身は知らない。

それがまたサヤの心を余計に苦しめた。


 しかし、全てを話してたとして、果たして海斗はこの家に居続けるのだろうか?

 祖父からの遺産は自分一人のものだと言って、出て行ったりしないだろうか。

 彼がそういう人物ではないのは、直感で分かってはいるが、なんせまだ会って二日しか経っていないのだ。何が起きるかわからない。

 そう思うと、全てを話すのはやめようと言う結論に何度もなった。


「もっと割り切れたら、楽なんだけどね……」


 心にモヤモヤしたものを抱えたまま、サヤはゆっくりと道を歩いていくのだった。


「それより、彼に見られちゃったわね……」


 サヤは言いながら、今朝の出来事を思い出した。

 家に異性がいるということをついつい忘れてしまっていた。完全に無防備だった。

 正直、見られた瞬間はものすごく恥ずかしかったし、声も出そうになったが、それ以上に彼は狼狽えており、追い討ちをかけたくなくて、サヤは必死に堪えた。

家族以外の誰かに見せたことのない姿。


「でも……」


 何故か不思議と見られて、嫌な気持ちはなかった。恥ずかしいとは思ったが、嫌悪感は抱かなかった。それが何故なのか。サヤには分からなかった。

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