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──人は誰もが常に何かと戦っているのだと思う
目がさめると頬を伝う涙。何度目かの夢。知らない少女が何かから逃げ、助けを求める夢。僕はそれをただ見ているだけだった。冷たい地面に横たわり、遠くの光を見つめる。横切る人々は働きに出る者や、衛兵見習いだろうか、正装の者が多い。
生まれた時、髪色は白髪、左の瞳は燻んだ桃色で視力がほとんどなく、右の瞳の色が赤。普通じゃないと言われ続けた。それは歳を重ねるごとに、人から離れていった。生まれた時、あまりにも容姿が違うため、浮気を疑い父親は姿を消した。
その光景は生まれながらにしてよく覚えている。なぜなら、赤ん坊の時から目で見ることができ、人の言葉が理解できたからだ。二歳になるまでは、とてもよく育ててくれた母親だったが、日に日に痩せ細り、ストレスで暴力を振るうようになっていった。
食事は一日一回あるかないか。母親はほとんど家にはいなかった。
『あんたなんか産まなきゃ良かった』
その言葉を聞かなかった日はなかった。
母親は八つになる時、他の男を見つけ、少年を家から追い出した。
少年は冷たい裏路地に迷い込み、三日が経った。その間、何も口にせず、只々、暗い路地を歩き続けた。
そしていつしか、夜が来て少年は冷たい地に倒れた。
「し、ぬの。ぼく」
薄れる景色、死への恐怖。混濁する記憶に戸惑いながらも、瞼は自然と落ちていく。
揺れる地面、手足は重く、鉄の錆びた匂い。瞼を薄ら開くと手に重い鉄の輪がつけられているのが見られる。辺りを見渡すと同じような格好をした者が十人ほど身を寄せ合っていた。歳は様々で、その中で最も歳を重ねた老人が口を開いた。
「起きたかい」
「こ、こは?」
「ここは奴隷車の中じゃ。可哀想に、子供にこんなものを付けよって」
手足に加え、首にも付けられた鉄の輪。重く、錆び付いた鉄の輪。
「あ! 同じぐらいの男の子だ」
鉄の鎖を引きずりながら細い足で少年に近づく少女。この場に合わない笑みを浮かべ、少年の隣へ立つ。
「私、シルア。名前なんていうの?」
名前、それは久しく呼ばれていなかったものである。簡単な質問なのに何も口にしない少年にシルアは首を傾けた。
「名前は……キリ、ユウ」
「ユウちゃん! よろしくね」
そっと微笑みかけるシルア。向かう先がどこなのか、誰も知らず、これから何をするのかも分からず、顔を伏せているものやすすり泣く者がいるこの中で、シルアだけが微笑んでいた。裏路地で意識を失い、ここへ連れてこられた経緯が不明である。そんな中、奴隷車の揺れが止まった。間も無く、衛兵が首に連なる鎖を引き、外へと出される。
山と山の狭間で土を掘り起こす者、土砂を運ぶ者。小さな子供から老人まで様々で、鎖を引きずり、列をなす。その光景に奴隷車に乗っていた者たちが酷く怯えているのが分かる。
「やだっここんなところいたくない!」
そう言い、暴れ出す女性に衛兵が
「……それくらいでいいだろ」
女性の前へ出て、鞭を掴む。その光景に呆気を取られ、固まる衛兵。年端も行かぬ、少年が鞭の流れを見分け、掴んだからだ。
「何だ、生意気なガキが」
再びその少年に鞭を振るうが、掴まれる。そんなやりとりをしていると、この場には合わないそこの高い靴の足音が近づく。
「あら。すごい子連れてきたのね」
一同が声の発せられた方向を向く。長身で細身の中性的な顔立ちの男が見下ろすようにキリユウの前に立つ。
「でもあなたたちは今から一生を働き尽くすのよ。歯向かうなんてもってのほか」
男がキリユウの瞳を覗き込む。男の瞳はとても不気味な色を帯びていた。その男がキリユウから離れ、衛兵に子供や女性、老人は土砂を運ぶよう、男たちは土を掘り起こすように指示された。
この日から一生を終えるまで働き続けることになったキリユウたち。奴隷の心をも鎖で閉ざしてしまう。
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