二章外伝 梵彼方の章 Final Message.

断片三 照猫画狐(終)


 虚勢──己が辿る運命に背いたまま強く有り続けた結果、狐に喰われる者。


 裏切り──自身を裏切り続け、足掻く事無く終わりを受け入れる虚の者。


 欺騙──他者へ想いを伝える為だけに、この世界に在り続けようとする者。


 変遷──存在意義など無く、ただ選ばれただけの運命に笑う者。


 理想──虚勢を張り、世界を裏切り、欺騙を踏み躙り、変遷を遂げ──その上で人形劇を創り上げ、歪な鍵と成る者。


「この世界に、正義なんて無い」

 猫カフェの位置が確認できる適当な建物の上、座って夜風に当たりながらソラから聞かされていた予言の言葉を思い起こす。

 アタシはこの"十回目の世界の結末"を知っている。

 禊猫守はあらゆる手を尽くし、西野小夏を中心に皧狐に大きな一手を踏み込むが、終末の妖狐の出現を防ぐ事叶わず、世界は崩壊を始める。

 あらゆる生命は徐々に死に絶え、猫巫女は滅び、皧狐によって世界を上書きされる。


 ⋯⋯正直アタシは、結果的には世界を元に戻そうとしている皧狐の方が正しいと思う。

 猫巫女なんて他所からパクって出てきた存在が、何の許可も得ず歴史を創り上げてるなんてそれこそ許される物ではない。

「⋯⋯まあ、ただ黙って死ぬのを受け入れるかって言われたら、否定する他無いんだけどさ⋯⋯」

「それはそれ、コレはコレ、そういうものさ」

 アタシの独り言に乗っかる声が挟み込まれる。

 声の方へ振り向くと、いつの間にかソラがアタシの背後に立っていた。

 相変わらず中性的な見た目をしてて、掴めない雰囲気が溢れ出ている。

 コイツは⋯⋯禊猫守ではあるが、今現在は預言者という立場にいる。

 九生絶花を計画立てる際に必要な魂⋯⋯つまり禊猫守の適性がある魂を集める役目を担っている、と本人から聞いた。

 更に禊猫守を集める為にコイツは、こことは違ういわゆる"異世界"と"この世界"とを行き来しているらしい。

 人の道を捨てて、度重なる異世界転移に伴う反動と秩序を守る為に必要な役割を演じ続けた結果、今現在の彼は預言者という立場でしかこの世界には存在出来ない。

 だからこの世界に転生してきた人物もまた、ケットシーに尽くすだけの存在でしかない。

 例えば久木野姫李⋯⋯彼女はソラの導きによって異世界から転生してやってきた存在だ。

「小夏ちゃんの理想はきっと空振る。自らの迷いを振り払うきっかけとして、結局は虚しさを穴埋めしてるだけだから」

「周りを変えたい、世界を良くしたいと想いながらも、無意識に自分の為の正義を無茶苦茶な足場で作り上げられてしまう。だから失敗してしまう。周りを巻き込んだ理想の人形劇は、自分の存在意義を確立する手段になってしまう」

「⋯⋯はぁ、今のところ何もかも預言通りだね。アンタに頼み込んで、十回目の預言を聞いといて正解だった」

 アタシがこうして傍観者の立場になったのもソラの存在がきっかけだった。

 久木野姫李に香山詩音殺害の件について情報を聞き出す為に東都へ何度か訪れていた時、ソラからの接触を受けた。

 その時に「キミの行動は無意味だ。真相を掘り起こすには、更に行動を深めていく必要がある」と言って。

 それ以降、興味を持ったアタシはソラと行動を共にして、この世界の真実に辿り着こうと三年間ずっと影ながら動いてきた。

 長い事一線を引いていたから、ソラと似たような傍観者に成り下がった訳だ。

「でも驚きだったよ。今回はまるで急かされてるみたいに色々展開が早い。前回と比較しても二ヶ月も差があるし、あのブラギを説得するなんて初めての事だった」

「それだけアドリブが効くんだよ、小夏ちゃんはね」

 三年前から小夏ちゃんは変わらない。目の前の課題や乗り越える壁が生まれた時には必ず驚かされるような答えでもって道を切り開く。

「⋯⋯西野小夏、グリムは三年前から異変に気付いていた様だけど⋯⋯何故かあいつは、それを今まで隠していたね」

「アタシたちの世界の⋯⋯"表側の人間じゃないかもしれない"って話?」

 しかしそんな小夏ちゃんには、ある秘密があった。

 そしてその秘密は、アタシと出会う前、猫巫女になる前から抱えているみたいだった。

「ああ。西野小夏に接触した時、彼女自身に猫巫女の適正が存在しなかった。それどころか彼女の魂は、どういう訳か"表側の世界に縛り付けられている"。そしてそんな不思議な存在が、今も禊猫守として活躍している」

 今言ったソラの発言は全て合っている。

 特に発言の中で大事なのは、何者かが小夏ちゃんという存在を縛り付けているのではなく、"小夏ちゃん自身が何者かの存在を縛りつけている"事。

「⋯⋯それを知ってた上でグリムはずっと黙っていた。だが皧狐の復讐をきっかけに情報の精査が行われた結果、アンタとイズンはとある迷魂の見逃しに気付き、責任を追われてイズンの手で九生絶花の器の一つとされた」

 迷魂の見逃し、それ自体は前々から定期的にあった。ハロウィンの日なんか必ずサボっていたし。

 ただ、ハロウィン以外では絶対にサボるような事は無かった。

 グリムとはあまり面識は無いが、飄々とした態度とは裏腹に仕事はしっかりしている。

「グリムと、皧狐の危機から守る為として隠居して頂いていた瑠璃お婆様は今⋯⋯九生絶花の器の一部として、魂が保管されている。これも想定外の事」

「⋯⋯三年前、グリムから⋯⋯小夏ちゃんは、何故か"他の世界"に関する話に疑いの耳を向けなかった、と初めて違和感を抱いた話を聞いた事がある」

「アーガルミット討伐前の話だね?」

「ああ⋯⋯でも最初に聞いた時は鵜呑みにしなかった。かわいい後輩に限ってそんなのあり得ないって、三年前は思ってたからさ」

 魂を管理する立場だったグリムは恐らく、九生絶花の管理も任されていたはずだ。

 禊猫守の剪定にも恐らく関わっている。

 そんな立場のケットシーが小夏ちゃんの存在に違和感を抱いていた。

 世界の在り方が分かった今も⋯⋯小夏ちゃんに潜む謎は明らかになっていない。

「世界よりも謎かもね、彼女」

 ⋯⋯と、話し込んでいると猫カフェ内部に動きがあるのが見えた。

 ソラも察したのかすぐに姿を消した。


 さて、仕事だ。

 天眼使っても皧狐の居場所なんて分からないんだけど、この十回目を知っているアタシなら分かる。

「『気を付けて、地下にワープして来た事、もう勘付かれてる。皧狐の反応が一気に早くなって、そっちに向かって来てるよ』⋯⋯って言っておけば大丈夫かな」

 さあ、ここからは終末がやってくる。

 ⋯⋯覚悟なら、もう出来ているとも。


     ✳︎


 赤い空に、隕石みたいな馬鹿でかい妖狐の卵。終末を呼び寄せる妖術。

 予言通りだ。

「アタシがやるべきことは──」

「占いって、わたし好きじゃないのよね〜」

「っ!?」

 背後から唐突に、甲高い声が響き渡る。

 驚いて、即座に後ろを振り向くと⋯⋯仮面を付けた皧狐の姿が、そこにはあった。

 なんだ⋯⋯予言にコイツが現れることは書かれていないぞ。

 まあ、些細な点は予言通りにならないのはよくある事だけど。

「なんだ、アタシの事勘付いてたの?」

「まあね〜、それとちょっとお話したいかなと思って」

「お話?」

 なんなんだこの、奇妙なヤツ⋯⋯。

「ええ。貴女が大事にしてる子、いるでしょう?」

「⋯⋯何の事を言ってるの?」

「惚けないでよ、今猫カフェに居る、生意気な子。貴女と接触してる事はもう把握済みなの」

「へえ、調べたんだ? で、それが?」

「⋯⋯妖術を引っ掛けて、魔術の器をぶっ壊してやったのに、貴女は復活の手助けをした⋯⋯だからあんなに立ち直りが早いんでしょ? お陰で、計画が台無しよ」

 なんだ、個人的な恨みがあってアタシに接触してきたとかか? コイツ。

「ああ、その事⋯⋯いや、悪いね。師匠としてはほっとけない案件だったし。ただきっかけを与えただけだよ、彼女はアドリブに強いんだ⋯⋯ところで⋯⋯」

 目の前の皧狐の着ている巫女服、血の跡が至る所に付着しているな⋯⋯。

 もしかして中で戦いを終えた後? 小夏ちゃんは結構な苦戦を強いられたのか?

 ん? 血の付着にしてもそうだけど、服の乱れが気になるな。

「えっち」

 きっしょいヤツ⋯⋯。

「⋯⋯ぶん殴られない内に去りな」

「そうは行かないわよ⋯⋯貴女は潰しておかないと行けないの。また妖術を邪魔されたらイヤだし、ねえ!!」

 刀を抜いて、襲いかかってきた。

「軽い運動にはなるか」

 指輪の起動を合図に、戦いが幕を開ける。

「貴女もここで死になさい!」

 指輪で呼び出した魔力を使い、身体を強化する。

 アタシは神衣を使えない代わりに、こうして見栄を張ることは出来る。

 振り下ろされる刀を躱し、皧狐の様子を伺う。

 この皧狐だけ情報が少ないし、今ここで引き出せる部分は引き出しておきたいな。

「まだ一回も当たってないよ?」

「この⋯⋯っ!」

 余裕が無いのか⋯⋯何か焦っている様子だ。

 今ここでアタシに襲いかかる理由があるのか。

「そんなにアタシを倒したいの?」

 刀を振る勢いは止まらない。

 目一杯力を込めた一振りでようやくアタシの動きを止めさせた。

「⋯⋯フフッ」

 どうして、そんなに不敵に笑える? こんなに不利な状況なのに。

 鍔迫り合いのような状況になった。

 そしてその直後、皧狐がアタシの耳元に声を当て始めた。

「まるでわたしの動きを既に知っているみたい」

「⋯⋯!?」

 囁かれた言葉は、アタシの動揺を誘うものだった。

「やっぱり⋯⋯貴女はやり直しを経ている存在ね」

「⋯⋯へえ、てことはお前は、その辺の事情に詳しい側なのかな?」

「もちろん、この終末を呼び寄せたのは他でも無いわたしだもの。生贄には貴女の弟子を使う予定だったけど、少し予定が狂っちゃった」

「予定が狂った⋯⋯?」

「ウフフ⋯⋯」

 なんだ、嫌な予感がする。

 鍔迫り合いを回避し、指輪の力で皧狐を突き飛ばす。

「天眼!」

「じっくり観察してみると良いわ」

 猫カフェの周辺が気になる。

 コイツの発言を間に受けたくは無いが、既に血を浴びていた痕跡や服の乱れがある以上不安を拭いきれない⋯⋯!

 周囲を見渡すと、不意に下の方向から何かが飛び出してきた。

「な、なに!? あっ!」

 追って上空を見上げると、翼を生やした白い姿の小夏ちゃんが空を飛んでいた。

 ブラギさんが協力してくれたのか、相当な魔力量だ。

 小夏ちゃん、結構本気で世界を変える気だね。

 小夏ちゃんの安否は確認出来た⋯⋯残りは⋯⋯。

 緋咫椰さんとモモちゃんは居る。

 姫李ちゃんはソラと、何か話してる。

 ⋯⋯居ない、一人。

「馬場園菜々⋯⋯」

 家系の宿命を受け入れるのが嫌で、猫巫女を始めた者。

「正解〜」

「お前、馬場園菜々を、殺したな」

「終末の妖術にはね、血を使うの」

 狂気を帯びた態度を見せつけるみたいに、皧狐は笑う。

「つまり付着してたのは返り血で、服が乱れてたのも⋯⋯」

「へえ〜、探偵向いてるんじゃない? 御名答よ。ちょっと抵抗されちゃったからね」

 沸々と怒りが湧いてくる。こんな舐めた態度の奴にあっさりと殺されたなんて⋯⋯。

 許されて良いはずがない、つまり馬場園菜々は、世界崩壊の生贄にされたんだ。

「まあでも簡単に殺せて良かったわ。あの娘、都合良く懐に銃なんか忍ばせてたんだもの」

 銃⋯⋯止めとけって言っといたのに。

 それに伴って弓に移行する事も勧めたのに。やはり彼女にとって、銃までは捨てられなかったんだ。

 皧狐は笑いながら、彼女の最後を語る。

 立場からして冷静な判断を求められるのだろう。

 でも、アタシはそんなに器用に生きられないんだよね

「そう⋯⋯じゃあ、お前を本気で潰しにかかっても文句無いね?」

「フフフッ、むしろそれが見たかったの」

「後悔するなよ」

 指輪の力を最大限に解き放った。

 力は程なくして形となり、目の前で一輪の花となって顕現した。

「そんなに張り切ってお花?」

「まあ見てなって⋯⋯お前達を殺すにふさわしい武器だよ」

 花を手に取り、思い切り振り下ろす。

 花は力の源であり、更に形作るのはアタシの想い次第。

 想いを武器に変えるだけの手品で、皧狐を討つ、この刀で──

「あらあら、これは⋯⋯」

「面白いだろう? これで対等に渡り合えるよな?」

 大きく踏み込んで皧狐に襲いかかる。

 この皧狐もようやく手の内を見せ始めるだろう。

 ここからは台本無しだ。

「随分必死のようね」

「お互い様だろ?」


     ✳︎


 そうして、攻防は数十分にも及んだ。

 お互い隙あらば攻撃を振り翳し続ける流れを繰り返して、ひたすらに金属音を街中に響かせる。

「クッ!」

 痺れを切らした皧狐が一振りを避けた際に刀を蹴り、空へ逃げた。

「なんだ、跳べるの?」

 翼も無しに空中で静止してる⋯⋯ようやく手の内が見れそうだ。

「貴女も相当厄介な事が分かったわ⋯⋯おかげで、終末までの残り時間も無くなっちゃったわ」

 キレ気味に言い放つ。

 流石の皧狐も焦りが隠し切れてないみたいだ。

 指輪をもう一つ取り出し、指に嵌めた。

「自分だけが飛べると思わない事だ」

 更に力を解放し、身体を浮かした。

 アドリブが強いのは、小夏ちゃんだけじゃない。

「なんなのその指輪⋯⋯」

「あいにくアタシはもう⋯⋯猫巫女じゃ無いんでね」

「何ですって⋯⋯?」

「隙あり!」

 刀を振り、再度攻撃を仕掛けていく。

 こうなったら前後左右関係無しだ、後ろからの攻撃を身体を逆さに受け止める。

「そろそろ答えて貰おうか。どうしてアタシを狙うのかな? 狙いがあるんだろ?」

「⋯⋯」

「アタシが予想より強くて余裕が無い?」

「⋯⋯いえ?」

「あ⋯⋯?」

 なんだ⋯⋯? 何かが違う。

 コイツの掴めなさは態度とか、余裕から来るものだと今まで思ってたけど⋯⋯思い違いをしていたかも知れない。

 終末の妖術を呼び出した張本人、その生贄の為の殺しは一切躊躇わない。

 おまけにこの立ち振る舞い⋯⋯思えば色々不可解だ。

 

 そもそも皧狐は、アタシ達を狙っての復讐が主に活動している。

 猫巫女や禊猫守を殺す理由には、世界を身勝手に上塗りしたケットシーを恨んでの事が起因になっている。

 だが殺さずとも終末の妖狐さえ呼び出しさえしてしまえば、アタシを殺したって何もメリットは無い⋯⋯。

 コイツはさっき「貴女はやり直しを経ている存在」だと言ってきた。

 つまりコイツは皧狐の主と密接な関わりを持つ存在であり⋯⋯復讐とは違う、もう一つの恨みを持っているかも知れない、てところかな。

 その線でいくと⋯⋯最初に考えていた、アタシに対する個人的な恨みが、コイツをここまでさせている。

 殺したいほど恨まれるような事してないんだけどな⋯⋯ん?

 待て、なら⋯⋯詩音を殺した理由は?

「お前⋯⋯香山詩音を知ってるか? 三年前、お前たち皧狐に不意打ちされ、秘密裏に殺された最初の禊猫守だ」

「フフフ⋯⋯」

「答えろ!! なんでアイツが殺されなきゃならなかった? アイツが一体何をした? いつからお前たちは動いている!!」

「⋯⋯知らないわよ、そんな事」

「なに?」

「どうでも良いのよ⋯⋯わたしには、関係ないの。今はただ⋯⋯そんなの関係無いんだから」

 何を言ってるんだ、コイツは⋯⋯?

「うっ!!?」

 急に動きが早くなった。

 アタシの刀を、受け流して消えた!?

 一瞬の隙を突かれ、アタシは──

「さようなら」

 背後に回られたアタシの身体に、重く鋭い衝撃が貫かれた。

 あまりの刺激に耐え切れず、口から泥々と血が溢れ出た。

 気付けば視界の下からぬるりと刀の姿が見え⋯⋯そこでようやく、自分の身体が刀に貫かれたという現実を突き付けられた。

 視界がブレる。指輪の力は強制的に途切れ、刀も形を保てなくなり消滅した。

「あっ⋯⋯!」

 腹部をひと刺し⋯⋯あーあ、完全に予想外だ。

「アッハハハハハハ!! やった! やった! まず一人!」

「まず⋯⋯ひとり?」

 やっぱり⋯⋯目的があってアタシを狙ったんだ⋯⋯でも何が理由で?

「これで良いのよ」

 情緒不安定かコイツ⋯⋯くそ。

 意識が⋯⋯やばい、まだ死ぬ訳には⋯⋯。

「さあ、このまま落としてあげるわっ!」

「うぐ⋯⋯っ」

 突き刺したまま、皧狐はアタシを地面目掛けて振り下ろした。

 勢いよく刀が抜けた刺激で更に意識が⋯⋯ホントふざけてる。

 でも、悪あがきするなら今か──

「斎戒式⋯⋯」

 ごめんね小夏ちゃん。

 モノクル、貸してもらってるよ。

 地面に叩きつけられる事なく、アタシは命を糧にした。

 こういう時には都合が良いね、心置きなく代償は払えるな──

渡世の番徒花トセノツガイアダバナ

 恥ずかしい、これ使うと身体中光り出すから嫌なんだよねえ。

「一体何を⋯⋯」

「はは⋯⋯最後の、アタシの役目だよ⋯⋯」

 ね、小夏ちゃん──

「させるか!」

 球体に包まれていくアタシに、皧狐が刀を突き立てる。

 しかし刀程度で、この球体が破れることは無い。向こうの声だって一切通さない。

 アタシの命が尽きるまでは、ね。

「⋯⋯ん、小夏ちゃん、やっほー」

 吐血を抑えながら、小夏ちゃんと最後の言葉を組み交わす。

 最後って⋯⋯皆こんな感じなのかね、詩音。

 話終わって、通信を切る。

 可愛い、小夏ちゃん。

 猫巫女なんか無かったら、ただの小さくて可愛い大学生のはずなのに。

 でも、選んだのは小夏ちゃんだ。

 だったら最後までその背中を押してやるのはアタシの責任だ。

 小夏ちゃん、キミはこのまま予言通り、妖狐に一撃貰って死んでしまうかもね。

 だけど⋯⋯預言なんて、些細な行動で事細かく変わっていく。

 更に予定外の事が起きた時には、より大きく運命が変わる可能性もある。

 小夏ちゃん、次に目を覚ました時には、この世界は大きく変わっているかも知れない、キミの知らない世界が障壁となって、キミに立ちはだかるはずだ。

 でも、それは予言の域を越えた道だ。

 逃げる事の許されない、きっと辛くて、苦しい道筋だと思う。


 だけど諦めないで──

 その重責を自分だけに背負わないで──

 キミは、この世界を正しく導くカギなんだ──


 アタシを取り巻く球体は解除された。

 一心不乱に振られた刀がアタシに再び襲いかかるが、それを片手で受け止めてみせる。

「っ!?」

「今の技はね⋯⋯継承だ」

「なにを、言って⋯⋯」

「アタシはもう、訳あって猫巫女じゃない。だから最後に託したんだよ。モノクルと、アタシの命を引き換えにね」

 何かが割れる音が響く。 

 ああ、妖狐の卵が割れたんだ。

 妖狐⋯⋯ソラの話によると、狐にまつわる神様らしいけど⋯⋯ま、今のアタシにはもう関係ないか。

 アタシの"弟子たち"が、きっと全部やってくれるからね⋯⋯。

 報われない菜々ちゃんの分も、纏めて託すよ。

「貴女も何処までも、邪魔ばっかり!!」

 皧狐は恨み一杯、アタシに刀を切り刻んだ。

 崩れ落ちて、地面に突っ伏した。

 ああ、冷たい⋯⋯意識が遠のいていく。

 力ももう入らないや。

 

 でも、やりたいことは全部やり遂げた。

 これで、未来は変わる──


 世界は、まだ終わらせない。

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