第三話 水着の猫巫女 前編
姫浜町の隣、彼方さんの町の南では毎年夏のシーズンになると、旅行客で賑わう海水浴場が存在している。
透き通った青い海に踏み入れた素足を熱で覆うサラサラとした砂浜の左右には松の木がこれでもかと生い茂っている。
更にその海岸沿いの向こう側では、様々な屋台なども展開されており、様々な飲食物を堪能出来る様になっている。
その充実さには目移りばかりしている時間をもったいなくさせる程だ。
そして海水浴場の中でも一番の目玉とされている催しが、その様々な屋台を抜けた先で大きく開催されている音楽ビーチフェスティバルだ。
そこでは様々なアーティストがステージの上で楽曲を披露し、やってきた旅行客を沸かせている。
その町最大の盛り上がりの尽きない人気スポットと言っても過言ではない。
夏休みに入る前、私は友達と共にその海水浴場へ一泊二日で向かう予定を立てていた。
そして予定の今日、私は朝から姫浜町の一番上、駅前の広場にて一足先に友達が来るのを待っていた。
スマホを取り出し、購入する予定のゲームの情報を見て時間を消化する。
私が今気にかけているのは、某有名企業の生配信の中で一際注目を浴びているタイトル『レヴァナント・アタラクシア』
世界の果てで目覚めた少年が、幾つもの異なる世界を冒険し、世界の真実の扉を開くという内容のオープンワールド物。
PVを見た時点で私も購入する事を決めた作品で、早くも次の最新情報が待たれている。
他にも色んな気になるタイトルが今年は目白押しで、左右に身体を捻らせ唸りながらゲーム選びをしていると、駅からチラホラと人が降りてきた。
少しだけ冷静になって、改めてスマホに向かって悩んでいると、私の腰から手が伸び胸目掛けて手が飛んできた。
「ぴゃう!」
咄嗟の出来事に身体が大きく跳ね、考えていた事が一気に白紙になりパニックになる。
そんな私に構わず後ろから腰へ伸びて飛んできた手は私の胸を掴みワキワキとうごめいている。こんな事をするのは陽気なあやつしかおらん。
「うーん、このまな板からギリギリ脱却出来てへん小さなぷにぷにが丁度、柔らかくてええな〜」
私の背後から気配を消して濃厚接触してきた手を退かし、後ろを振り返りながらその頭へ向かってグーを放った。
「沙莉〜! こんな場所でなんて事してくれるの!?」
「え!? 場所を変えたら揉み放題なんか!?」
何時もの様に私を弄る沙莉の後ろでもう一人が、私達の間へ両手を横に広げて入ってきた。
「ダメだよ沙莉⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯おはよ⋯⋯」
「綾乃〜! ⋯⋯ありがたいけど、手が⋯⋯」
仲裁に入ってくれたのはありがたいが、今度は綾乃の広げた手が私のを掴んでいる。
それに気付いた綾乃は慌てて手を退け、ジタバタと動揺しながら私に謝り始める。
「え? あ、ああ〜⋯⋯! ご、ごめん⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯」
謝った綾乃の肩をスケベおやじの皮を被った沙莉の腕が侵食し、綾乃に向かって私に聞こえる声量で耳打ちをしだした。
「おいおいおいおい綾乃〜⋯⋯どやった? こなっちゃんの黄金の果実は!」
「ええ⋯⋯さ、沙莉⋯⋯え、その⋯⋯や、やわらかい⋯⋯」
顔を赤らめながら下を向き、その手の感触を思い出しながらワキワキと動かしている。綾乃も綾乃でこう言う所含めて正直な子だ。まだ許せる。対してこのスケベはというと。
「せやろ〜? あれでいて成長期をまだ控えてるってのがな⋯⋯? ぁ痛ァッ!」
スケベおじさんと化した沙莉の頭が、丸めた雑誌でスパンと叩かれた。
その人は沙莉を片手でどかし、私達に挨拶を交わした。
「小夏、おはよう。綾乃さんも」
「紬先輩! 撃退ありがとうございます!」
到着と共に痴漢撃退の勲章を授かった紬先輩も合流し、これで友達三人と私が揃った。
「どういたしまして、小夏。本当動かなければ良い子に見えなくもないのにね、沙莉は」
「よし、みんな揃ったし早速行こか」
さっきまで黄金の果実ではしゃいでいた人とは思えない、中身だけ異世界転生を果たした沙莉は早速駅へと歩き出した。
あまりの変わり様に思わず小言を漏らしそうになったが、それはそうと早く行きたいのは分かるので、私も綾乃と紬先輩に並んで歩みを進めた。
今回の旅行には連れて行けないので、帰るまでは両親にラオシャを任せる様に言っておいた。私のいない間ラオシャもツナ缶フェスを繰り広げているのだろうか。
つまり今回の旅行では猫巫女活動は一切する事は無い。その予定である。
ただ念の為ラオシャから対処くらいは出来る様にと忠告されているので、ラオシャの力が多少蓄えられた市販の飴と、私の鞄の中の一番小さいポケットに天眼モノクルが収納してある。
隣町で遊ぶんだから必要もないと思うが、と考えていると向かいの方から私に向かって手を振りながら声をかけている彼方さんの姿が見えた。
「よ〜、小夏〜」
「え、ええ! 彼方さん! 彼方さんがいる! どうして!?」
憧れの彼方さんが、私の町の駅前で立っていた。
さっき降りてきた人の中にもしかしたらいたのだろうか。海に着くまでに色々驚く事が起き過ぎである。そのトドメが彼方さんかと思うと今年一番嬉しかった出来事堂々の一位だ。
「(相変わらずそのダウナーな声、素敵です)」
尊さにやられている私の隣にいる綾乃と紬先輩は彼方さんを不思議そうに見つめている。
当然だ、誰一人として猫巫女になった事は打ち明けていないし、放課後になるといつも真っ直ぐ帰って独りゲームに勤しんでいる私がこんな美人な年上の方と知り合っているなんて思わないだろう。
「小夏ちゃ⋯⋯知り合い⋯⋯とか⋯⋯?」
綾乃から私と彼方さんの関係を聞き出してきた。
紬先輩は私の顔をじっと見ている。
三人揃う様になってから微かに感じていたのだが、何というか、紬先輩は私の事に対しての視線が少し強い気がする。
気のせいだとは思うが、今日は少し顔に陰りを感じるような。
ともかく彼方さん側へ移動し、二人に紹介をする。
「あ、う、うん。この人は梵彼方さんって言って、あっ──」
紹介をしている私に後ろから抱きついて、彼方さんから自己紹介が始まった。
「どーも、隣町で喫茶店を営んでます。小夏とは店に来た時に知り合ったんだ」
唐突な後ろからの抱擁に、私の心拍数は跳ね上がり、顔中が真っ赤になってしまう。彼方さんの私に対するスキンシップは死を意味するというのに、これでは幾ら残機をストックしていても足りない。
そしてそれを見せつけられた紬先輩の表情も何故か固くなっている気がした。
私はとにかくこのレッドゾーンを惜しみつつも回避する為、彼方さんに質問を問い掛ける。
「あ〜、あの⋯⋯彼方さんは、どうしてこちらに?」
彼方さんも流石に身体を退かし、私の質問に答えてくれた。
「おっとそうだった。実は探し物があってここに来たんだけど、取り敢えず神社はどこかな〜」
いつもの笑顔から少し真剣な表情に変わっていく、それを見た私は彼方さんに神社の場所を教えると、彼方さんは「ああそこかあ、ありがとねえ」とそのままその神社まで歩いて向かって行ってしまった。
「行っちゃったね⋯⋯」
「なんだかフワッとしてる人ね、あの人」
そこが良いんだよと胸の内で囁き、私はあはは⋯⋯と軽く相槌を打つ。
立ち止まっている私達を、駅から戻ってきた沙莉が待ちかねて改札の向こうから声をかけてきた。
「何しとんの〜! そろそろ電車くるで〜!」
それを聞いて私達は急いで改札を通り、四人揃って電車を待った。
バスで向かっても良かったのだが、彼方さんの隣町からはそれなりに距離がある為、電車に乗って移動してしまった方が早くて楽なのだ。
電車が到着し、四人で車両の座席に座る。座席から顔を横にし、動く景色を窓越しに眺める。
「海、楽しみだなぁ⋯⋯」
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