うちの旦那が皇帝になると言いやがりました。
江戸川ばた散歩
第一章
第1話 うちの旦那が皇帝になると言いやがりました。
「俺は皇帝になる!」
はあ? と私は問い返しました。
唐突に天幕に飛び込んできたと思ったら、何を言ってるのでしょうこのひとは。
「この大陸の半分をまとめあげる皇帝になるんだよ!」
「何を寝言言ってるんですか。それに皇帝って何ですか? 食べられるんですか?」
「違う違う、ええと、部族の長の、もっとでかくて偉いのだってば!」
私は丸い座布団の脇に置いていた紡錘車で旦那の頭をぼくん、とはたきました。
痛ーい! と彼は頭を押さえて目をへろっと眇めます。
「そんなことはまず部族長になってから言いなさい! だいたいその候補にもなってないでしょうに!」
「うん。だからまずそこから始めようと思うんだ」
「まじですか」
「何言ってんの、俺がまじめでなかったことがある?」
またぽくん、とはたきました。
「ありすぎるから言ってるんでしょう! あなた確か今日は山の洞穴で見つけた赤い岩を調べてくるって言ってませんでした?」
「うん、そうしたらそう思ったんだよね。だからダリヤも手伝って、お願い」
そうしたらそう思った?
意味が判りません。けどそう言って彼はじり、と私に近づいてきます。満面の笑みをたたえて。
私の旦那の武器はこの笑顔です。
このひとはこの草原で暮らす男達の中ではちょっと珍しいくらいのふにゃついた男です。
ところが、このひとが何にも考えていない様な笑顔で言うと、大概の人は「仕方ないねえ」と許してしまう程です。
だけど私は知ってます! 小さな頃からずっと一緒だったんですから!
腹黒ではないです。それは保証します。
ただこの笑顔が出る時は……
絶対にその意思を曲げないのを幼なじみの私は身をもって、本当に! よく知っているからです。
「それで皇帝になってどうするの?」
「どうしようかな。でもともかくまず皆仲良く暮らせたらいいと思うんだ」
頭をさすりつつ、やっぱり笑顔でそう言うのです。
「わかりました。ともかくちょっと考えさせてください」
「決めたからね!」
そう言うと彼はまた天幕から出て行きました。
*
彼の名はイリヤ・クアツ。
私はその妻でダリヤ・イルシン。
草原に生まれ、馬と羊を飼って移動しながら生活を送る部族の、まだお互い生まれて十八年しか経っていない夫婦です。
何がどうしたのか判りませんので、とりあえず私たちそれぞれのお母様方に相談してみることにしましょう……
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