第六節~雷羅の真の力~

 雷羅は地上をおおう煙の中、行く手を阻む者と対峙していた。相手は三鬼士のリーダーヴォルガ。白と群青色が溶け合う着物のような衣装と、肩にかかる紫紺の髪をひるがえし、悪魔らしい鋭い眼に眼光を宿して激しく大剣を振るう。

 激しい刃鳴りが幾度となく繰り返され、時おり土煙の中に輝きが放たれる。

「貴様が龍使いか、随分と大層な呼称よな。どのような力を持つかは知らぬが、この俺に刃を向けたことが貴様の過ちだ。サタンさまのため、わが魔剣の錆になってもらおう!」

「おぬしこそ大層な口を! 誰がおぬしのために死んでやるか。俺とヴァンドールの絆の力、なめてもらっては困るな」

「抜かすわ! 絆などは弱者の醜き思い上がり、幻想に過ぎぬ。そのようなもので三鬼士たるこのわれを倒せると思うのか」

「……っ!」

 彼は剣技と怪力だけで言えばサタンを軽く凌駕する。さすがの雷羅も、本気で戦えば力の差を認めざるを得ない。

 その力は、ヴァンドールが起こした地震の衝撃波をはじき返すものだった。はじき返された衝撃波は勢いを落とすことなくヴァンドールに直撃し、それは龍の長い体が数メートル後方に吹き飛ばす。

「ヴァンドール、大丈夫か!?」

 雷龍はあるじに答えるように咆哮すると、すぐに起き上がって体制を整えた。

「よしっ、行くぞヴァンドール!」

「ふっ、無駄なことを」

 それからは、目に映らぬ速さ、極限を越えた戦いだった。二本の魔剣が数秒のあいだ無限に等しく撃ちあう。それによって生み出された艶やかな死の火花が月麗山の夜を彩り、雷龍の放つ雷鳴がとどろいて地を鳴動させる。

 しかし二対一という状況でも、ヴォルガは依然相手を押していた。

「くははははははっ! どうしたどうした! そんなものか龍使い! 貴様の斬撃も、雷龍とやらの電撃もまったくわが身に当たらぬぞ」

「くっ、確かに……強い!」

 雷羅は重い斬撃を何とか受け止めるが、気を抜けば一瞬で残念なことになるだろう。

 魔力も体力も削られ、彼はなにかを決断した。

「ヴァンドール! 行くぞ」

 雷羅はなにかしようとしたが、それを見逃すほどヴォルガは甘くない。

「くはは! 覚悟しろ龍使い!」

「な、なんだと」

 ヴォルガは恐ろしい顔で口角を上げ、それまで片手で振るっていた大剣を両手で構え直した。

 雷羅もすぐに剣を構えるが、すでにヴォルガは見えない。

「き、消えた? いや……!」

 雷羅は慌てて魔剣を両手で強く握った。直後、すさまじい衝撃が彼に襲いかかる。

「ぐっ!」

 雷羅は思わずうめいた。ヴォルガは消えたのではなく、目に映らぬ速さで接近してきたのだ。これまでとは次元が違う高速移動だった。気付くのがあと少しでも遅れていたら、雷羅は痛みを感じる暇もなく首を飛ばされていただろう。

「ふっ、防いだか。ただの龍使いではないな。だが! 動きが遅い、遅すぎる!」

 ヴォルガは両手で魔剣を振りまわし、気押されする雷羅とヴァンドールに、ひと時も息をつかせぬ猛攻を繰りだした。

「くっ、強い!」

 雷羅はそれらを何とか防いでいたが、やがて隙を突かれた。ヴォルガが脳天に向かって垂直に振り下ろすと見せかけて水平に払った魔剣により、雷羅は吹き飛ばされた。

「ぐはっ!」

「はっ! 直撃だな」

 ヴォルガの一撃はあまりに速く、重い。その斬撃が生み出した疾風により、周囲を覆っていた土煙が完全に消し飛ばされた。ヴォルガの髪が風になびき、月光に煌く。

 ヴォルガが月光のもとで格好つけている間、雷羅はなおも吹き飛んでいた。

「ぐっ!」

やがて彼の肉体は巨岩に叩きつけられた。岩が粉砕され煙が晴れると、雷羅はかろうじて立っていた……のだが。

「うっ!? ごはっ!」

 雷羅の口から鮮血が噴き出し、同時に彼の持っていた魔剣に亀裂が生じて刃の中心より先は粉々に砕けた。

「……くっそう、なんと……いう衝撃だ。斬撃は完全に凌いだんだぞ……」

 剣の持ち主が地に倒れ、本来の長さの半分になった魔剣が彼の手からカランと音を立てて転がった。

 ヴォルガの口角があがり、彼の鋭い犬歯が月光にきらめく。

「はははは! わが斬撃を一応は受け流したようだが無意味だったようだな」

 雷羅は魔剣の直撃こそ受け止めたものの、その衝撃の重さと周囲の砂塵を一瞬で払うほどの攻撃の余波は、彼に深く届いていた。

 本来この二人の力はほぼ同じだが、雷羅に蓄積した疲労がこれだけの差を生んでしまったわけである。

「くはははははは! 実に無様ぶざまよのう龍使い。それが生ぬるい貴様の実力……いや、貴様の剣技は弱者のぬるいものではなかった。なれば絆などと言うありもしないものを信じたことこそが貴様の敗因。これで分かったであろう、目に見える力こそが全てなのだ」

「ははっ……そうか」

 ヴォルガはその笑声に気づいて声の主を見据えた。倒れていたはずの龍使いが、どこに秘めていたかも分からぬ力で立ち上がり、口に付いた血をふいて笑っている。その瞳は、この状況であろうと己の勝ちしか見据えていない。

 その眼光はヴォルガに不安と不快感を与えた。

「貴様、何がおかしい!? 全てにおいてこちらが優勢なのだぞ! なぜ、なぜ貴様はこの状況でも笑っていられるのだ! なぜ絶望にかられて泣き叫ばぬ!」

「では俺のほうも尋ねたい。なぜおぬしは優勢であるはずのこの状況で怯えているのだ?」

 雷羅の一言で、ヴォルガの眼に殺気以上のものを含んだ毒炎がほとばしった。大剣をにぎる手に、すさまじい力が込められる。

「貴様! この俺が怯えているだと? 冗談にしてもよくほざいた、その一言は極刑に値するぞ。もはや貴様は肉片たりとも残してやらぬわ!」

 ヴォルガは怒り狂って猛獣のように雷羅に飛び掛かった。「怯えている」などと言う言われようは初めてであり、それは彼にとって耐え難い屈辱である。

 悪魔は龍使いの頭上から怒りの大剣を振り下ろしたが、それが彼を切りつけることはなかった。その一撃はヴァンドールの尾で軽くはじかれた。

「ぐぬっ!」

 ヴォルガが放った一撃は、敵に当たればさぞやすさまじい威力となって相手を葬っただろう。だが、怒りで我を忘れたヴォルガの一撃は隙だらけだった。

 ヴァンドールにはじかれた大剣は空気をうならせて宙を舞い、ガランという重々しく激しい音を立てて月の大地に落下する。

「……なにっ! なぜだ!?」

「まだ分からぬか。……確かにおまえたちは強い。それも恐ろしいほどにな。だがおまえたちは俺たちに勝てぬ」

 ヴォルガのつり目がさらに吊りあがった。

「何を言うか! わが一撃がいまはじかれたは、魔力の浪費による戦闘力の低下が原因! 回復すれば貴様は、この手で見るも無残な姿に変えてやるぞ」

 雷羅は、ふうっ、とため息をついてヴォルガに鋭い視線をむける。

「おまえの言う通り、確かに見える力は強い。だがな、目に見えぬ力は、時として全てを凌駕する力になる」

「……なにを抜かすか。戯言たわごとを」

「そうか、では今こそ見せてやろう。生物の種を越えた俺とヴァンドールの真の力。雷龍よ、その身に宿りし力を解放し我が手に宿れ! 魔龍剣解放『雷の章』」

 雷羅は魔方陣が宿る右手を夜空に掲げた。ヴォルガが眼前のできごとを理解するより早く、ヴァンドールが天に向かって咆哮して金色こんじきの光に包まれ、姿を変えて雷羅の右手に納まった。

 雷羅の手にあるは、まばゆい輝きを放つ金色の大剣。月光を受けて輝くそれには龍と雷を象った紋章が刻まれ、ヴォルガの大剣に引けを取らない大きさと魔力を兼ね備えていた。ヴォルガがふいに青ざめ、彼の口から驚きの声が上がる。

「き、貴様! その剣はまさか」

 雷羅は手にした大剣を地に立ててヴォルガを見た。それだけで大地に亀裂が生じる。

「そうだ、おぬしの思う通りこれはただの魔龍剣ではない。その中でも神性の力を持つ龍のみが化身を許される最強の魔龍剣、すなわち魔龍神剣。そのうちの一本だ」

「なぜだ! 解せぬ、解せぬぞ! 貴様ごときの龍使いがどうして並みの神剣ならば軽く凌駕するであろう魔龍神剣を持っておるのだ。……なに、すると貴様に仕えていたあの雷龍はまさか……」

 雷羅は得意げな顔で剣を肩にかついだ。

「ああ、ヴァンドールは雷龍の親龍。すべての雷龍の頂点にして、この世に十二体しか存在しない神龍の一体というわけだ!」

 彼は自信たっぷりに叫ぶと、剣を両手で持ち直して胸の前で構えた。

「さあ、覚悟せよヴォルガ」

 雷羅の雰囲気と瞳が龍のそれに変わり、翠玉色の彼の瞳が月光を反射して輝いた。これでヴォルガもようやく雷羅を理解したようだ。

「貴様、まさかあの龍眼一族……だったのか」

「そうか……思えば正しくは名乗っていなかったな」

 その口調は先ほどまでの雷羅ではない。ヴォルガは何とか落とした魔剣を拾い、苦くも真剣な顔で構え直した。

 龍眼一族と神龍が力を合わせてしまうと、いかに三鬼士であろうと油断できない。

「うおおおおおおお~っ!」

 ヴォルガがとつぜん魔剣を構えて雷羅に向かって走りだした。彼は敵に必殺の一撃を撃たれる前に片を付けようと先手を打ったわけだが、雷羅のほうは全く動じない。

力に真っ向から挑んで勝てると思うのか。愚かな!」

 ヴォルガはなおも走りながら、一人称まで変わってしまう雷羅に少し恐れを抱いていた。彼はむかし、サタンから龍眼一族について軽く聞かされたことがあった。



「龍眼一族? それはどのような」

「この一族はその名の通り龍の眼を持つ謎多き種族。これは噂に過ぎぬが、その身に龍の血を宿し、龍を数多く従えておるという」

「なんと。ではもし、今後戦うことになれば強敵ですな」

「うむ、彼らは温和な性格だが、戦闘で目が龍のまなことなるとき、体内に眠る龍の血を解放して真価を発揮するそうだ。まあ与太話だが、今後のために今宵の話をゆめ忘れるな」

「はっ!」

 というやり取りを、ヴォルガには鮮明に記憶している。


 その日も綺麗な満月の夜だった。


 さて、ヴォルガがあとわずかで雷羅に到達するとき、ついに龍使いが動く。

 彼が右手で魔龍神剣を夜空に掲げると、そこへ強力な雷が落ち、剣から激しい稲妻がほとばしった。これだけでも、そこから放たれる攻撃が強烈であると見てわかる。

 雷羅は左手も剣の柄に加え、両手に力を込めて精神統一を図った。そこへヴォルガが迫っていく。

「取ったぞ龍使い、わが魔剣を食らうが良い!」

 ヴォルガは魔剣を大きく振りかぶったとき、それまで閉じていた雷羅の眼が開いた。

「……ぐっ!」

 それはまさしく龍の眼であり、恐ろしい眼光を放っている。その眼光にヴォルガが一瞬怯み、雷羅は魔剣を強く握りしめた。

「しまった!」

 ヴォルガは致命的な現状を理解した。相手の一撃は不可避であり、間合いを詰めすぎている。もはや交わせない。

「受けて見よ! 我が力……神龍の力が一つとなりて悪を清めし聖なる一撃。『ライトニング・聖闘士セイント・サンダー』!」

 二人の距離がわずか数メートルまで迫った時、勢いよく魔龍神剣が振り下ろされた。

「くっ! ……なんだこの斬撃は!」

 雷をまとった龍の形の光刃が、ヴォルガに襲いかかる。彼は放たれた一撃を魔剣ではじき返そうと試みたが、雷羅の一撃は、悪属性の魔力を無力化する力を持っていたので、それはほぼ不可能だった。

 ヴォルガは光刃の余波に、身を守ることに割いていた魔力の大部分までもを消し飛ばされ、ほとんど無防備の状態で魔龍神剣の一撃を食らう。

「ぐぬおおおおおお!」

 ヴォルガは光の龍に噛みつかれ、痛烈なうめき声をあげながら、はるか後方へ吹き飛んでいった。先ほどの雷羅と同じように巨岩に激突した彼は、もはや身を動かすことすら叶わない。

「……サタ……ン……さま……申し訳ございませぬ。どうか……ご無事で……」

 ヴォルガは、主へ向けた言葉を空に残して気を失った。

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