第八節~見えた活路~
同じころ、異界の門のさらに上空では、雷羅とサタンが死闘を繰り広げていた。
この二人は、互いが最高の状態であれば恐らく力は拮抗するだろう。サタンの力は確かに強力だが、雷羅のほうも大将軍であるケルトが親友としてみとめ、時に背を預けることもあるほどの実力者だ。
現状では、雷羅が少しばかり優勢だった。これはレンの結界がはなはだ強力だからだ。
とはいえそれでもその差は極めて小さい。互いに魔力をかなり消費しているのだが、サタンは消費した魔力を回復させる能力が極端に優秀だった。
そのため互いの強みを相殺しあい、実際は互角の戦いともいえよう。
二人は魔剣を縦横無尽に閃かせた。それが激突すると月界の夜空に無数の火花が生みだされ、鉄の焦げるにおいが立ちこめる。
「龍使いごときが! この俺とほぼ互角の剣術を繰り返すだと!?」
これはサタンにとって甘算だった。魔力回復力で優位にたてると思っていたのに、門番の結界と雷羅の剣技は、そこを補ってしまうほど秀でていたのだ。
「龍使いごときと言ったな。ならば俺への過小評価が、このさき貴様の敗因となろう」
「こやつ、大口をたたきおるわ! ええい!」
サタンの魔剣がすさまじいうなりをたてた。
「な、なんだ!」
鋭い感覚を持つ雷羅は、異変にすぐさま気付いた。
サタンは雷羅の言葉に怒り、それに任せて剣を振るっていることは分かるのだが、それを差し引いたとしても彼の力が上昇している。
どうやら魔力の相対量や攻撃力も目に見えて上がっているようだ。
これはサタンの力の一つ。彼は怒りという感情を自身の攻撃力強化に充てることができるのだった。
怒り狂えば狂うほど、彼は劇的に強くなる。サタンの力のなかで特に警戒される魔法のひとつだ。
それもあり、しばらく攻防を続けると少しずつサタンが雷羅を押し始めた。怒りの力は、彼の持つ高い魔力回復力もさらに大幅に増強する。
「くっ、なんだこの力は」
「くはははは! どうしたどうした! 龍使いとはこの程度か! はははは!」
サタンの顔に狂気に満ちた笑みが咲きほこる。今や彼の魔力は、ケルトとの激戦以前の状態にまで回復しようとしていた。
すさまじい暗黒の剣技は、龍使いを激しく肉迫し追い詰めていく。
「どうした龍使いよ! 動きが鈍っているぞ!」
雷羅はここで、サタンの魔力回復能力が優れていることを思いだした。
「くっ、そうか。そういえばそうだ! だが魔力が回復しているとはいえ、必殺の魔法を出せぬきさまなどおそるるに足りぬ!」
そう言った雷羅の豪語は、だが一瞬で悲鳴へと生まれ変わった。
サタンは努めてそれほど魔力が回復していないように見せていたが、このときすでに彼は『告死の魔槍』を使えるようになっていたのだ。
「おそるるに足りぬだと!? よく言った! その大言は、もういちど魔槍の雨に打たれたいということであろうな!? 今度こそ逃がしはせぬぞ!」
雷羅はサタンの言葉を聞いたとたんに顔色を変えた。
「な、何だと!? きさま、あの時の力をもはや打てるというか」
「そういうことだ! そして今の俺は怒りで身を焼いている。槍の威力もその数も、先ほどの二倍で収まると思うなよ!」
「な、なに!」
サタンは殺気に満ちた笑みを浮かべると、たくましい腕を夜空に振り上げた。空をみあげた雷羅の美しい瞳が、普段の二倍の大きさに開かれる。
「こ、これはっ!」
空に紫の魔方陣が輝き、先ほどの三倍以上になる量の魔槍が次々と現れたのだ。
ひとつひとつ大きさも、やく二倍になっている。
これでは雷羅どころか、ヴァンドールや儀式を始めようとしているレンと入里夜をも巻き込むに充分だ。
「ヴァンドール! いちど上空へ退避しろ! レンさま、サタンの魔槍が来ます!」
「なに!? それはまことか! 入里夜こちらへ!」
「う、うん」
雷羅の叫びを聞いたレンは、やむなく儀式を中断した。『告死の魔槍』の恐ろしさはレンもよく知るところだ。
雷羅の叫びにより、月界陣は大慌てで回避行動に出る。
ヴァンドールはすさまじい落雷を伴って上空へ退避していく。一方でレンは、あわてて強力な守護結界のお札を取り出し、周囲に結界を張った。
雷羅は魔力の消費を避けるため、物理的に身を守るようだ。魔槍を打ち払うべく魔剣を強くにぎる。
「告死の魔槍よ、我が怒りとともに奴らを滅せよ!」
サタンが指を鳴らすと、二千を超える魔槍がうなりを立てて地上に降り注いだ。
「くっ、はやい!」
雷羅は容赦なく襲いくる紫の死の雨を、見事な剣技で次々と打ちはらった。激しい閃光とすさまじい金属音が、月光のもとで乱反射を繰り返す。
同じくレンのほうも、懸命に槍の雨を防いでいた。
「くっ、なんと強い! 少しでも気を抜けば、結界の防御力を貫通される! これでも私の防御結界の中で屈指の力を持つのだが!」
「レンくん? だ、大丈夫なんだよね」
「ああ、だが……っ!」
入里夜にも分かる。レンは儀式のために魔力を抑えつつ戦っているのだ。
もはや彼の使える魔力の限界はそこまで来ているといえよう。
それでも魔方陣をかまえ、必死に魔力を結界に送り続けているレンを見た入里夜が、ふいに彼のほうを見やった。
何やら覚悟を決めたような目つきだ。レンが何だと聞く前に、入里夜が口を開く。
「ねえレンくん、なにか私にできることはないの?」
「な、なに?」
「みんな頑張ってるのに私だけ何もできないのはいやよ。小さなことでも良いから」
こういうところを見ると、入里夜は肝が据わっているのか怖がりなのか分からなくなる。
レンは入里夜の意外な強さに驚き、同時に当たり前でいて重要なことを思いだした。
「そうか! ここは月麗山ではないか!」
「どうしたの!? レンくん」
「うむ、月読さまだ!
「えっ、レンくん月読さまって……」
入里夜は思わず顔を上げた。彼女の記憶が正しければ、月読とは入里夜の母、暦の父のことだ。
「そうだ、私としたことが何をしていたのだ。うむ、月読さまはおぬしの母、暦の父君だ」
「その月読さまがどうしたの?」
入里夜が小首をかしげる。
「うむ、戦乱で気が回らなかったが、暦は、いざとなれば神の力をお借りしても構わない、そう言ったんだな」
「うん、たしかにお母さんはそう言っていたわ」
「ならば今こそ神の御力をお借りしよう。この月麗山は月読さまの支配地で、彼の神社も存在する。お呼びすることができればこの地で何者よりも強いお方だ」
「そうなんだ、私はどうすれば……」
レンは入里夜に、月読神社へ行って月読を呼び出してくるように指示を出した。
入里夜としては少しばかり不安があったが、自分が言い出したのだからもう後戻りはできない。彼女は覚悟を決めた。
「うん、私頑張ってみる! でも何をすればいいの?」
「うむ、通常ならば暦の結界に干渉されて、神をそう簡単に呼び出すことは出来ない。しかし界包結界がない今であれば話は別だ。月宮の血を引くおぬしなら、強く祈ることで神を引き寄せられるはずだ。行ってみればわかるだろう」
入里夜は少し沈黙し、こくりとうなずいた。
「分かったわ、レンくん」
「では頼む。だが道中は気を付けるのだぞ。神聖な山とはいえ、この時間だと死霊や魔物が出ることもある。おぬしなら大丈夫だと思うが、万一ということもあるのでな。決して油断はするな」
「うん!」
入里夜は深くうなずくと、魔軍に見つからぬように広場を抜けて神社への山道を走っていった。
彼女が走り去っていく姿を横目で確認したしたレンは、息を整えて完全な臨戦態勢に入った。
月読がこの場に来るとなれば、神の力で魔力を供給してもらえるので儀式のために魔力を温存しておく必要がなくなっのだ。
「これで私の力を最大限に使うことができる! もはや恐れるものは何もない」
レンはテレパシーで雷羅にもこのことを伝えると、守護結界を解き、多量のお札を取り出した。
これらのお札には、それぞれに生き物を象った模様が描かれている。
最高門番である彼は、式神を操ることに関して月界で右に出る者はないと言われていた。
月宮家ですら使えないような強力な式神を、何十何百と同時に操ることもできるのだ。
レンはこれを使い、一気に戦況を
「われに仕えし聖なる式神たちよ。今ここにわが魔力を授ける。その力もて大いなる悪を沈めたまえ」
レンがお札をいっせいに空へ舞いあげ、両手を組み合わせて印を結ぶとお札が輝いて魔方陣が浮き上がった。
その光は甚だ強く、はるか上空で今なお魔槍を放ち続けているサタンも確認できる。
「……なんだあの光は」
一旦攻撃を止めて少し下降してみると、そこに巫女はおらず門番は完全な臨戦態勢だ。
過去に
「きさま! まだ奥の手を隠していたのか。巫女をどこへ向かわせた? 答えろ!」
サタンは吠えるようにそう叫んだ。
「ほう、この場を一目見るだけですべてを理解するとは。さすがは大魔界を統べる者と言うべきだな。だが教える訳にはいかぬ。式神よ。今だ、限界せよ!」
レンが指を鳴らすと、五十を超える式神たちがお札の魔方陣から出現した。
龍、鳳凰、天使、幻狼など、豊富な種の式神たちがいっせいに大魔界軍に襲いかかる。
レン自身も魔剣を二本取り出し、サタンのもとへ飛び上がった。サタンが彼を魔炎剣で迎え撃つ。
「もはやおぬしらに勝ちはない。この場で悪の力を失いたくなくば早急に撤退せよ!」
「ふっ、撤退とは笑わせる。きさまらはここで果てるのだ!」
「いや、おぬしらは敗れる。わが式神を甘く見るな」
「大言を!」
サタンは燃えさかる魔剣を振りあげ、怒りに任せて閃かせる。
だがレンの言葉は事実となりつつあった。二十体近い式神とレンを同時に相手取るのでは、いかに大魔界の王と言えども苦戦を強いられる。
そしてレンの式神により、広場で戦うドニエプルの魔力兵団も壊滅に近い打撃を受けたのだ。
「くそう! なんだこやつらは。使い魔ふぜいがあ!」
ドニエプルは怒り歯ぎしりした。ヴァンドールに魔力兵団を全滅させられ、ついには雷羅、式神、ヴァンドールを相手取ることになってしまったのだ。
程なくして彼は、敵に周囲を完全包囲されてしまう。
「くっ! このようなはずでは……おのれええ」
「さあどうする? ドニエプルよ」
「だまれ!」
ドニエプルはからくも魔力兵団を再召喚し、戦いを継続する。
月界陣とドニエプルはなおも激しい地上戦を展開した。
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