第四節~激闘の火ぶた~

 レンは、あらためて入里夜に先ほどのことを詫びた。

「いや、まことにすまなかったな。まさかこのような辺境の地まで月宮の者がくるとは……おぬし入里夜と言ったな、さては暦の娘か」

「うっ……は、はい」

 入里夜はさっきのこともあってか、まだびくついたような返答である。


 レンは月宮家や天宮家に匹敵する魔力と最高門番という高位を持つため、月界を治める月宮家とほぼ同等の立場にある。そのため、月界において月宮の巫女を呼び捨てにできる数少ない者の一人だった。

 彼は門番として月麗山に住むようになってから、永いあいだ都に帰っていないため、今回の大魔界侵攻はおろか、入里夜の存在すらも知らなかった。

「しかし、このような時間に月麗山へ月宮の巫女が直々に訪れるとは、この世界に何が起こったのだ? おぬしの来訪は、いま起きている大事と関係あるのだろう。とにかく現状を説明してみよ、すべてはそれからだ」

「う、うん」

 入里夜は、大魔界の侵攻。暦の界包結界が二つとも破壊されたこと。それにより、月宮の神器が異世界へも飛散してしまったこと。自分は神器を集めるため、異世界へ旅立つ目的でこの地を訪れたこと。雷羅のこと。サタンらがこの山に迫っていることなど、重要なことをすべて細かく門番に報告した。

「ふむ、ふむ、なるほど、そういうことか……。って、おぬし! そのような重大極まること、なぜもっと早く言わない!?」

 とつぜん怒鳴どなりだしたレンに、またもびくつきながら、入里夜は必死に言い訳した。

「だ、だってレンくんがいきなり襲いかかってきたんだよ!? あんな状態じゃなにも言えないよう」

 入里夜の主張はごもっともである。

「むっ、確かにそれはそうだな……っておぬし、レンとは!?」

 いきなりの君付けにおどろいて声を上げる門番に、入里夜は少し困ったような顔で口をとがらせ、ぶつぶつと答えた。

「だって他になんて呼んだらいいか分からないし、別にいいじゃん。それよりどうしてあのとき、私への攻撃を止めたの?」

 入里夜はずっと気にかかっていたことをレンに尋ねる。

 確かにあの場でレンが攻撃を止めなければ、入里夜の防御力といえど無傷では済まなかっただろう。

 レンはふうっ、と軽くため息をついて巫女の質問に答えた。

「まったく、おぬしは暦にそっくりだな。まあ私の名については好きに呼ぶがいい。先ほどのことは実際にやって見せたほうが早いだろう。入里夜、手を出せ。そうすれば分かる」

「手を?」

 入里夜は不思議に思いながらも、言われた通り手を差し出した。レンはふっと微笑して、入里夜の手に自分の手をそっと重ね合わせてみせる。

 巫女の疑問はすぐに解明された。二人の手が合わさった瞬間、レンの手の甲に、月宮家の家紋が浮き上がったのである。

「これは……うちの家紋?」

 入里夜が首をかしげると、レンはうなずきながら続けた。

「そうだ。これはローレンヌという禁術月界魔法ゲネシスシャルヴァーレでな、互いに手を触れただけで、相手がどのような魔術で姿を変えようとも、相手の真の姿を暴くことができる。いわば、今回のような不祥事を避けるのには、最適な魔術というわけだ」

 レンは素晴らしいでそう言っている。横で聞きながら、入里夜は碧い瞳をぱちくりさせた。もう不祥事はおこってしまっている……。

 しかしこれで入里夜が気になる謎も解け、災難も去って行った。彼女は今度こそ、人間界への行き方を門番に尋ねられる……いや、まさに彼女が口を開こうとしたそのとき。

 入里夜に再び、大魔界の手が襲いかかった。

「っ! 入里夜、危ない!」

 入里夜は、何が? とレンに聞く前に引っ張られ、その直後、彼女がそれまでいた場所に何者かが飛来し、刀を突きたてる。

 レンがいなければ、入里夜は脳天をたたき割られていたところだった。

「ちっ、外したか」

「あれは……」

 入里夜がレンにしがみついたまま尋ねると、レンは必死に巫女を引っぺがしながら答える。

「あれはサタンに仕えし三鬼士のひとり、ドニエプルだ。やつはたしか、魔力兵団なる兵力を生み出す魔術を使うはずぞ。……分かったならば、おぬしは早く私から離れろ!」

 レンがなおも入里夜を離そうとしながら解説を入れると、ドニエプルは紫の眼光を光らせながら悪意に満ちた声で門番を称賛した。

「ほう、わが名だけでなく、わが力をも知っているとは。さすがは最高門番と謳われるだけはあるな。サタンさまのおっしゃる通り、たしかに油断ならぬ奴」

「まあ称賛であれば受けよう。それが敵からのものであれ、実害はない。ところできさま、この地に何のようだ?」

 レンの瞳が妖しく輝く。

「ほう、わざわざ知ったことを聞くのか? そこの巫女を捕えにきた。ついでにこの山にいる巫女もいただいて行こうか」

 サタンは自ら巫女捕獲に行きたかったが、月界防衛軍に見つかって彼らの対応を強いられ、やむなくドニエプルを送り込んだのである。

「たわけ。この私がだまって巫女らを渡すとでも? ずいぶんとなめられたものだな」

「ふふふ……そうか。だが俺は魔界で多くの力を得た。門番よ、きさまにはここで果ててもらうぞ。安心しろ、きさまにしがみついている巫女はわれらが可愛がってやる。さあ、終わりのときだ!」

「残念なれどそうはいかぬ。いや、そのようなことはさせぬ!」

「そうか、ならば消えろ!」

 ドニエプルは恐ろしい形相でいうと、左手に魔方陣を宿して指を鳴らした。彼の周囲に黒い魔方陣が浮き上がり、漆黒の瘴気とともにまがまがしい闇の兵士が二百から五百ほど現れる。

「さあ門番よ、わが魔力兵団にどう対抗するか。その力、見せてもらうぞ」

「ふっ……」

 門番と三鬼士のひとりドニエプルは、おたがい相手をにらみ、けん制しつつ戦闘態勢に入った。


 月麗山の神秘的な夜の世界でいま、新たなる戦いの火ぶたが切られる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る