第二節~守護結界~
扉が重々しく開かれると、入里夜は興味に突き動かされ、われ先にと扉の中を覗きこんだ。
「なにこれ、凄~い」
入里夜は感嘆の声を上げた。
そこには、神秘的な空間が広がっていたのである。
横はば約五メートルの地下へ続く階段が闇の中に伸びている。続いて巫女たちは天に目をむけるが、こちらは得られる情報が少ない。
漆黒の闇に包まれているので天井までの高さは不明だが、回廊からの光だけでは視認できないほどの高さはあるようだった。
そのため上のほうがどうなっているのかは全く分からない。
「お母さん、上まで見えないけれどかなり高そうね……」
「そうね……私も初めてきたから。階段もずいぶん長そうよ」
入里夜も戸惑いを隠せないが、暦も少々混乱している様子だ。
二人はしばらく辺りを見回し、やがて入里夜が何かに気付いた。
「お母さん、あれ見て。階段や天井のいたるところに
入里夜が少し興奮ぎみに言うと、暦も娘が指さす方向を見て声を上げた。
「ほんとだわ! あっ、あそこにも……あら、こっちにもあるわね! これに明かりを灯したら、かなり明るくなるわ」
とつぜん無邪気な子どものようにはしゃぐ母を見て入里夜はおかしかったが、自分も同じことを思っていたので笑顔でうなずいた。
娘の笑顔をみた暦は、さっそく行動する。
「ちょっと待ってね。えいっ!
暦が魔法名とともに指を鳴らすと、暗く長い地下への空間に切れのよい音が響き渡る。
「わ~! お母さんすご~い」
入里夜の口からまた感嘆の声が飛び出したのは、すぐ後のことだ。階段側面や天井付近にある松明に、手前から奥へ連鎖するように紅い炎が灯っていく。
灯がともると、それまで未知の世界だった空間が少しその姿を見せた。
階段は石造りで、それが地下へ向かって四十段ほど続いているようだ。上のほうも側壁も石造りであり、まさしく古代の迷宮の入口のようだった。
少し闇の支配が緩和されたところで、暦が解せないという声をあげた。
「あれ? おかしいわね。どうして一部にしか火がつかないの?」
彼女の反応は当然だった。
暦が使用した『
しかし実際に火がついたのは階段のまわりだけで、天井付近に残った大部分の松明は無反応である。
「お母さん、どうしたの? 大丈夫?」
入里夜もすでにこの魔法について学んでいたので、母と同じように解せないという顔で暦を見上げた。
「ええいっ、もう一回!」
暦がもう一度指を鳴らすが変化はない。
その後も、うす明るい空間に切れのいい音が響いたが結果は変わらなかった。
「はあ……はあ……。どうして? これだけやっても煙ひとつ出ないなんて……」
立て続けに魔術を使った暦はさすがに少し疲労を見せた。いかに大巫女といえど、魔力浪費は少しばかり疲れるようだ。
いくらやっても結果は同じだと悟った暦は、少し悔しそうにしながらも火付けを断念した。
気を取り直した暦は、入里夜の柔らかな手を引いて少し明るくなった階段をゆっくりとおりる。
「ねえお母さん。聖域としか聞いていないけれど、ここはどういう場所なの?」
階段を降りる二人の足音と、松明の炎の音だけが響くなか、入里夜は今まで疑問に思っていたことを母に尋ねた。
「ええ、ここはまさに今回のような緊急時を想定して造られた……と言われる
暦は、自分も母である朔夜に聞いたことがあるだけなので、少し自信なさげに答えた。
「へ、へえ~そうなんだ」
入里夜も露骨に自信なさげな母の心中を察した。母もあまり知らないのだと割り切ってややそっけなく言葉を返す。
二人がうす明るい階段を下まで降りると、さらに闇の中へと続く通路が現れた。
「……あらあ」
と、入里夜が声を上げたのも仕方ないだろう。先へ続く通路には、残念なことに松明の一つも用意されていなかったのだ。
入里夜も暦も強大な力を秘めながら怖いものが多く、暗い路もその一つだった。彼女たちは少し相談して、自作の松明でどうにかしようと決める。
暦ほどの魔法使いともなれば、魔力で木を生成することなど造作もない。そうして作り出した木に火を灯し、巫女たちは未知の通路を進んでいった。
四十メートルほど歩いたとき、彼女たちの足が止まった。目的地に着いたわけではない。先に続く闇の中に、何やら得体のしれないものの気配を感じたのだ。
「お母さん、この気配はなに?」
暦にへばり付く入里夜の声は震えている。
「わ、分からないわ。ま、まさか何かいるの?」
暦が少しびくつきながら、手にした松明を前方に突き出して気配の正体を探った。
「あら、これは第二の扉じゃない」
暦の言葉で、彼女の後ろに隠れるように張り付いていた入里夜がそろりと顔をのぞかせた。
「ホントだ……」
入里夜は気配を感じたとき、その不穏さから怪物を想像していたので、あまりにも意外な正体に少しばかり拍子抜けた。
そこには入り口と違って石の大扉がある。二人は安堵の表情だが、暦が扉に触れた次の瞬間、おぞましい気配の正体が判明した。
暦が扉に触れた……いや、触れるわずか数秒前、扉に紅い雷が
二人はおどろいて後方に飛びのいた。入里夜のほうは、この日いちばんの見事な飛びかただ。
「こっ、これも……結界!?」
入里夜がまた暦にしがみついて驚きの声を上げる。
「そうね、かなり強力な守護結界だわ。でもこの先に間違いないわね。こんな強い結界、そう使われることないわよ。まあお母さんに任せて」
入里夜は少し意外だった。結界が強いと言いながら、母があまり慌てているように見えない。
「ねえお母さん、こんな強すぎる結界も解けるの?」
「大丈夫よ、入里夜もこの私が誰の子か知っているでしょ」
入里夜の心配をよそに、暦はウィンクしながら得意げに言った。
暦は初代
しかしそれでも入里夜は心配だった。それだけ眼前の結界は強烈なのだ。だが暦は少しも冷静さを欠いてはいない。
「入里夜、少し離れてね。結界解除の儀を始めるわよ」
「う、うん!」
入里夜がてくてく後方に下がると、暦は指先に魔力を集約し、魔方陣を描く。
「さあ結界よ、わが力のまえにひれ伏しなさい! ……う~ん、た~のし~い」
「……お母さん」
久々の儀式で少し調子に乗っている彼女を見て、入里夜はさらに不安になっていた。
「……よしっと。で~きた」
星型魔方陣を、まるでお絵かきの要領で描き終える暦。そのようすを見ていた入里夜には、新たな疑問ができた。
「ねえお母さん、どうして結界を解くのに儀式をするの? 入り口の結界みたいにさっさと解けたりしないの?」
あるいは大巫女ほどの使い手なのだから、攻撃魔法なんかで吹き飛ばしたりは無理なのだろうか……。とも思う少女。
入里夜も見かけによらず、少し考えが雑になる時がある。
「う~ん……結界を解くことはできるんだけど、これは強すぎるからそれを緩和する儀式がいるのよ。まあ儀式といっても、すぐに終わる簡易的なものだけれどね」
暦は右手に魔方陣を宿しながら答えた。
簡易的とはいえ、入里夜にとって人生初の本格的な魔術儀式見学だ。少し恐怖もあるので、一歩下がって見物することにした。
暦はまず、結界の中心に張られた封印のお札を剥がすことから始める。
このお札は、月宮の者にしか解除できない『
これをはがさないことには、結界に干渉すらできない。
暦は右手の魔方陣をお札に近づけた。そして全身に力を込めると、入里夜にとって迷惑な変化が起きる。
暦の体が
これは強すぎる魔力の影響によるもので、先刻ケルトが起こしたような激しさだ。
風は入里夜の衣や髪を激しく揺さぶった。
「きゃあっ! ちょっとお母さん! なによこれえ……わぷっ」
慌てて髪を押さえる入里夜。おまけに風はだんだんと強まり、まともに息もできない。ついには立っているのがやっとの状態となる。
「な、なに!? 入里夜、なにか言った? というか大丈夫?」
暦は、後方で立ち往生している入里夜に向かって声をあげたが、互いにかけ合った言葉は、暴風の凄まじい轟音によってかき消された。
その風は激しさを増して乱気流と化し、巫女たちの髪と衣を激しくあおり立てる。
「いやあ~っ! もう限界い~っ!」
入里夜の身体が舞いあがりかけたとき、暦がふいに叫んだ。
「月華封印・解っ!」
風はおさまり、暦の体の輝きは彼女の手に集約された。同時に、封印のお札に『可』と書かれた魔方陣が浮き上がる。
暦は手に集約した魔力を指先へ移し、その指でお札の魔方陣の上に星を描いた。
「あっ……」
入里夜が髪を整えながら短く声を上げた。
魔方陣の「可」の文字が「解」に変わり、封印のお札は金色の光を放つ粒子となって空気の中へ溶けていったのだ。
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