月の巫女はいま暁のそらに舞う

佐江木 糸歌

第Ⅰ部~大魔界聖戦~

プロローグ

暖かな春の日に

――とある一つの出会い。人はこれを運命の出会いとう。


 暖かい春の日。中庭から日が差し、歌詠鳥うたよみどりのさえずりが優しく季節の変わり目を告げている。


 穏やかな木漏こもれ日が照らす回廊の曲がり角で、彼らは衝突しそうになった。


「きゃあ!」「わわっ!」


 たがいに衝突を防ぐと、少年少女は目線を相手に向ける。


「ご、ごめんなさいっ、わ、私……」


「ぼ、ぼくのほうこそごめん! 前を見ていなくて――」


 相手を確認した鶯色うぐいすいろの髪の少年は、言葉を失った。


 同じく、見つめられた桃色の髪の少女もまた、碧い瞳を輝かせてただ相手をみつめている。


「「あ、あのっ!」」


 と、ふたりはどうじに呼びかけ、くすりと笑いあった。


 

 ――それからしばらくして、その場に二人の女性が現れた。少年少女の母親らしく、髪の色が同じである。


「あら■■■、こんなところにいたの……って、■■■くんと先に会ったんだ。紹介しようと思って探してたのに」


「そうだったんだ。あ、あのねお母さん、私、■■■くんのお嫁さんになる!」


 桃色の少女は、母親らしい桃色の髪の女性にぴょんと飛びついてそう告げた。


「あらあら、ええ~、何があったの? まだ初対面でしょ?」


「た、たぶん、一目惚れっていうのだと思う!」


 少女が無垢な笑顔で声をはりあげると、女性たちは好意的に笑った。少年の母が息子に優しい視線を向ける。


「ねえ■■■、あなたはどうなの?」


「う、うんっ! ぼくは大きくなったら■■■ちゃんと結婚する! それで、なにがあっても■■■ちゃんを守れるような強い男になる!」


「あらあら」「うふふっ」


「なに、お母さん!」「なに、母さん!」


 同調した子どもたちを見て、母親たちはまた穏やかに笑った。

「暦さま……これはすごいですね」

「ああ鈴華ちゃん、ここではお友達なんだからはいらないわ。でも、本当に運命的な出会いみたいね」


 立派な巫女服に身を包んだ彼女がそういうと、いま一人の女性もしみじみと子どもたちを眺めた。


「……我が精霊たちよ。どうか子どもたちを末永くお守りください」


 彼女の穏やかな祈りは、穏やかな春の朝日に溶けていく……。



 ――その後時は平穏の中に流れ、かくて、六年が経った初夏のよい


 大いなる凶事は、穏やかな月夜に前触れもなく平和の楽園を襲った。


「暦さま、一大事でございます!」


「ケルト、いったいどうして……うそ」


 彼女は、自分の寝室に駆け込んできた少年の叫びにおどろき、次いで愕然と夜空を見あげた。


 美しいシャンバラの都は、悪魔の大群でうめつくされ、周囲の山々からは夜空を焦がすような炎が恐ろしく輝いている。


「大魔界の襲撃にございます。界包結界は破壊され、各地の神社には火を放たれました! いかがいたしますか」


 その報告を受けた巫女は、恐怖と戸惑いの色で顔中を染めたが、やがて必死な……あるいは泣きそうな表情で眼前に控える少年に向きなおる。


「ケルト、お願い、あなたのお父さんに全軍の出動を要請して。なんとしても悪魔たちを追い払うわよ」


「はっ!」


 巫女の命を受け、金髪の少年は一礼を残し部屋を去って行く。


 ひとり部屋に残された桃色の少女は、不安にみちた碧い瞳で月夜を見あげた。


「お母さん……どうしよう、私、どうしたら。――ううん! 私は大巫女だもん、泣きごと言ってられないわ。遅まきかもしれないけど、龍我に連絡を……」


 彼女は涙を拭いて立ちあがり、館の奥へと駆け出していく。


 

 楽園を乗っ取らんとする魔軍と、それに抗う月の民。命を懸けた両者の激しい戦いは、数時間におよんだ。


 そして、夜明けの風が都をふきぬけるころ、長き死闘は終わりを告げようとしていた。


 暁光近づく月の空にあり、部下に指示を出す天使族の少年。彼のもとに、血相を変えてひとりの兵士が飛んでくる。


「ケルトさま! 父君が!」


「な、なに! 父がどうしたと!」


 少年は、驚きと焦燥に満ちた表情で、兵士に向かって声を荒げた。


「はっ、人質にとられた■■さまをお助けしようとして、身まかられました」


「――っ! うわあああああああああ!」


 受け入れがたい父の訃報を聞いた金髪の少年は、天とどろく咆哮をのこし、夜空に飛び去る。


 

 同刻、こちらもかなりの損害を被った大魔界軍は、総帥の悪魔の判断により、月よりの退却を図ろうとしていた。


 大魔界の王は、捕虜として捕らえ、腕に抱える美しい少年を、これまた少女と見紛う部下の美少年に託すと。


「ドン、おぬしは先に、を捕えて引き上げろ」


「は~い……」


 主の命を受けた少年悪魔が、それを実行しようと翼を開きかけたとき……。


「うわあああああああああああ~っ!」


「ぬぐっ!」「サ、サタンさま!」


 その場に、ものすごい速さで突っ込んできたのは、金髪の少年だった。


 彼の斬撃を、悪魔たちは紙一重で交わす。


「貴様は……。そうか、大将軍めのこせがれだな」


「そうだ! サタン、きさまだけは許せぬ! わが父のかたき、ここで撃たせてもらうぞ!」


「ふん、年端もいかぬ子どもになにができ――ぐはっ!」


 恐ろしい笑みを浮かべる悪魔だったが、その右胸を、かがやく魔剣が一閃した。


 少年の続く斬撃で、悪魔は翼を切りおとされ、直下の都に墜落する。すさまじい衝撃音が空気を鳴動させた。


「「サタンさま!」」


「きさま、よくも!」


 悪魔のしもべたちが怒りをあらわにし、天使の少年に襲いかかる。


「だまれ! きさまらに用はない!」


 が、少年の剣技は、三名の悪魔を一瞬で地に叩きつけた。代わりに、ボロボロになった彼らの総帥が天にまいもどる。


「貴様……。年端もいかぬガキの分際で。よくも……やってくれたな!」


「それはこちらの台詞だ! わが一族の最強奥義。これをってきさまらをこの世界より叩きだす!」


「ふん! よく言った。ならばこちらも最強最後の魔術で葬ってくれる!」


 天使の少年と悪魔の王はたがいに魔剣を手にし、数秒間だが途方もなく長いあいだ激しく刃を絡ませ、ぶつけあう。


 そして、運命の時は訪れた。


 都のはるか上空で、彼らは魔導書を開く。


「……わが一族の純血、いまここに顕現せよ。その力持て悪を撃ちたまえ!『天使ノ鎮魂歌レミール・レクイエム!』」


「われに宿りし大魔王の力よ、わが名に呼応し全てを滅ぼせ!『終焉ノ紅月ファイナル・デビル・インパクト』!」


 両者の詠唱とどうじに、薄明の空に巨大な光の天使と、まがまがしい悪魔の像が現れた。


「……わが父よ、どうか安らかに。サタンよ、わがちから、わが父の最後の力をもって、汝を浄化する!」


「ふっ! わが魔術で灰とすのはきさまらだ!」


 対峙する天使と悪魔は、魔方陣が宿った左手を天にかかげた。


「「いざ、爆ぜよ!」」


 どうじに彼らの指が夜気を震わせると、巨大な光の天使と悪魔像が光を放って激突した。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


「ぬあああああああああああああああ!」


 ふたりの最終奥義は、空を真っ白にするのほどの極光を残し、すべてを爆炎に巻きこんでいった。


 

 ――こうして月の世界は守られ、いつしか平穏が戻る。

 

 だが、あけぼのの空を白昼のごとく照らした極光と爆発は、世界から多くを奪っていた。


 

 

 そして、月日はながれゆく。


 天満月あまみつつきの夜、青年は赤い月を見あげる。


 同刻、少女は蒼い月を見あげ、彼らは同じように天に向かって手を伸ばした。


「お前はだれだ」


「貴方はだれ?」


「だが……」「でも……」

 

 彼らは同時に月を握りしめる。


「お前に逢いたい」「貴方に逢いたい……」



 静かなつぶやきは、穏やかな夜空へ流れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る