第2話「結菜さん、何そのキャリーバッグは!」

 おれの前に結菜さんが座っている。

 今日もおしゃれなカフェに来ているのだが、結菜さんの要求が問題だ。


「お願い、行きたいの」


「う~ん」


 しまった、前回はもう少し難しいとでも言っておけばよかったか。


「トキさんに頼んだらいいんでしょ」


「それはそうだけど……」


 どうしても戦国時代に行きたいと言うのだ。

 

「じゃあ、聞くだけ聞いてみるね」


「わあ、ありがとう。これでお城に行ける」


「いや、まだ……」


 おれは仕方なくアイフォーンを取り出してトキと打ち込んだ。


「もしもし」


「仕方ないわね」


「えっ」


 トキが返事をしてくれた。


「結菜さん、行きたいんでしょ」


 おれは無理しなくっても良いと言ったんだが、


「無理じゃ無いわよ。じゃあ結菜さんに代わって」


「結菜さん。トキが話をしたいって」


 結菜さんはこれ以上の幸せはないと言った感じで携帯を受け取った。


「もしもし」


「ええ、そうなんです。どうしても行きたいんです」


「わあ、良いんですか!」


「ありがとうございます」


 結菜さんは携帯を手にお辞儀をした。

 こうしておれは結菜さんと一緒にまたまた戦国時代に行く事になった。

 やれやれ、魔物とは別に心配事が増えた。何となくやばい予感がするのだ。

 そして、約束の当日になって、


「結菜さん、何そのキャリーバッグは!」


「だって何泊するかまだ分からないでしょ。これでも少なめにしたの」


「…………」


「このバッグは機内持ち込みの出来るサイズなんですよ」


「…………」


 行く前に用意するからちょっと待って、という彼女の言葉に若干不安をおぼえたのだが、やはりというか。結菜さんはピンクのキャリーバッグを、ゴロゴロと引きずって来たのだった。


「あの……」


「えっ」


 結菜さんがちょっと遠慮がちに説明を始めた。


「向こうのお水とかは綺麗だと思うんですが、一応スキンケア用のトラベルセットを持ってきました」


「…………」


「乾燥していたら肌荒れを防ぎたいので、クレンジングから洗顔・化粧水・乳液の4つがセットになったスキンケアセット、おすすめな商品なんですよ」


「あのー―」


「それから化粧水は少し余分に持ったし、あっ、口紅とかは控えめな色にしましたから大丈夫です。ファンデーションも控えめな色にしたんですが、もちろん自然なつやとうるおいが得られて、UVカットと美白ケアが同時に出来る優れものです」


「…………」


 まあ確かに女の子が旅をするんだから、手ぶらでなんて訳にはいかないんだろう。

 それにしてもそのキャリーバッグは派手だった。取っ手にはお城を擬人化した人形まで付いている。


「それから、念のためパスポートを持って来たんだけど、保険には入ってないんです。大丈夫かしら」


「…………」


 国内だからパスポートは必要ないですねと、一応言ってみた。保険に関しては、なんとも……

 おれはこれ以上何か出ないうちにと、アイフォーンを手にして先を急いだ。


「トキ、頼む」


 周囲の風景が揺らぐと、結菜さんの叫び声が、


「わあ!」


「着きましたよ」


「…………!」


 大阪城の前に来ていた。

 見ると結菜さんが城を見上げ、「アウアウ」と絶句している。

 ところが、おれも結菜さんの服装もそのままだ。転生ではなく、時空移転をしたのだった。この時代ではめちゃくちゃ目立つが仕方がない。




 表門の前には幸村が出迎えに来ていてくれて、おれは思わず声が出た。


「幸村」


 ――あっ、いや違った――


「幸村さん」


 おれはもう殿様ではないんだ。気を付けねば。


「よくいらっしゃいました。トキ殿から話は受け承っております」


「わざわざお出迎え有難うございます」


 とりあえず中に入ってという事になった。

 が、


「あれ」


 結菜さんがいないではないか。


「結菜さん……」


 結菜さんは表門の真下で口を開け、首を大きく曲げて見上げていた。

 何やら口走っているのだが、


「結菜さん」


「あっ、はい」


「お城はこれからいつでもゆっくり見れますよ。行きましょう」


 結菜さんはキャリーバッグをゴロゴロと響かせながら、急いで付いて来た。





 おれと結菜さんは広間に通され、幸村さんも傍に居てくれる。


「おなり~」


 響き渡る声に、三人は頭を下げた。


「幸村」


「はい」


「その者達か」


 一段高い位置から若々しい声がする。


「さようで御座います」


 許されて顔を上げると、そこに将軍秀矩様が居た。おれ自身は転生時の自分の顔を見ていたわけではないのだが、それでも懐かしい。元のおれがと言うか、いや勝家がというか……

 しばらくお互いを見合っていたのだが、


「殿」


 幸村はびっくりして声を上げた。

 秀矩様がいきなり立ち上がると、ずかずかと迫って来たのだ。


「殿、もうびっくりしたではありませんか」


 これは秀矩様がおれに発した言葉だ。


「私はもうどうして良いのか分かりませんでした」


「あっ、いや」


「いきなり私が秀矩様になるなんて……」


 元勝家の訴えに、おれも言葉が出なかった。


「殿――」


「殿――」


 もうどっちがどっちに話し掛けているのか分からなくなってしまった。

 結局そこに居た三人で、話し合い、それぞれの立場をわきまえた行動をしようという事になった。

 勝家、いや秀矩様も分かってくれた。


「あの……」


 一人ポツンと取り残された格好の結菜さんが、呆然とおれ達を見ていた。

 その後は、おれと結菜さんの服装があまりにも目立ちすぎるという事で、上に羽織る物を貸してもらい着ることにした。帯を締めると少しは落ち着いて見える。


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