30
「宇宙は好き?」
「好き」
「宇宙のどこが好き?」
「綺麗なところ」
「君は優しいね」
「優しくないよ」と僕は言った。
「全然、ちっとも優しくない」と僕は言った。
声は足を組み、その膝の上に両手を乗せてから、横目で僕の顔を見た。それが僕には声の姿を見ることもなくわかった。僕は宇宙から視線を移して、声の顔に目を向けた。
「ずっとさ、こういう時間が続けばいいよね」
「うん」
僕は声の言う通りだと思った。ずっとこの時間が続けばいいと思った。だけど、ずっとは続かないということも知っていた。夜は明けるのだ。どんなに美しい夜でも、必ず夜は終わってしまう。どんなに美しい夜にも、夜明けが訪れてしまうのだ。太陽が顔を出せは、夜はあっという間に消えてしまう。それに抗うすべはない。
「ねえ、あそこを見て」
僕は声の指差す方向に目を向けた。それは遠い遠い宇宙の果てだった。そこにはきらきらと輝く一筋の白い光の線があった。それはどうやら宇宙を漂う一つの彗星のようだった。
「あれの名前、知ってる?」
「知らない」
「あれはね、『サイレント彗星』っていうんだよ」
「サイレント彗星?」
「そう、サイレント彗星。質量を持たない不思議な彗星。ずっと、ずっと誰にも見つかることもなく宇宙を漂い続けている孤独な彗星の名前。それがサイレント彗星なんだ」と声は言った。
「サイレント彗星」と僕は呟いた。
僕はサイレント彗星を見つめた。彗星は星々の中で、ひときわ大きく輝いて見えた。それは、とても綺麗な彗星だった。あんな彗星の存在を誰も気がつかないなんてことがあるのだろうか? と僕は疑問に思った。
「でも、今君が見つけた。だからあの彗星は、もう『サイレント彗星』じゃないんだ」
「え?」
その言葉を聞いて僕は声のほうに目を向けた。でも、もうそこに声の姿はなくなっていた。声はいつの間にか僕のそばから消えてしまっていたのだ。僕は、……僕のそばから声がいなくなってしまったことを悲しいと思った。
宇宙には彗星が、そして地上には僕一人が残された。
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