10:大丈夫、俺達の人生は某おもちゃメーカー製なんかじゃない

 ダーザインとエニグマ、そして俺の三人で来るはずだった食堂。

 夕方の食事時になって人が入り始めた店内の片隅で、俺達は丸いテーブルを六人で囲んでいた。


 いや、正確には五人と一匹か。

 俺達の方はダーザインを中心に右にエニグマ、左に俺が座った。


 相手の方はダーザインの正面に綺麗な長い黒髪の少女。

 この少女の右側、つまり俺の左横にステラちゃん、そして黒髪の少女の左側に暗い青髪の少年だ。


 まあ細かい話はどうでもいい。

 大事なのは俺の左隣にステラちゃんが座っているということだ。


 なんか横からすごくいい匂いが漂ってくる。


 俺はもう、この世界に来て良かったと確信した。

 やっぱりあれだよ、異世界転移最高だよ。


 元の世界に未練?

 知らんなそんなものは。


「悪いが先に注文だけさせてもらっていいか? 腹が減っててな」


「ああ、声を掛けたのはこちらだからな。ここは私が出そう。好きなものを頼んでくれ」


 メニューを手にしたダーザインの質問に答えたのは黒髪の少女だ。


 俺の好みからは少し外れるとはいえ、こちらもステラに負けず相当な美少女と言っていい。

 見た目も話し方も芯が強そうな感じだ。


 いわゆるクールビューティーってやつか。


 俺の正面に座った青髪の少年が呼ぶと、すぐに店員のお姉さんがやってきた。

 この世界ってあれだよな、なんか女の子がみんなかわいいよな。


 やっぱり異世界転移最高か。

 異世界店員も最高だな。


 と、俺がそんなことを考えている横でダーザイン達が注文を始めた。


「じゃあボクは牛の塩焼きフルコースとハムのブロックで。あ、チーズもブロックで欲しいな。ドリンクはミルクで。あ、たまにはお酒も頼もうかな。両方とも樽で」


(ん?)


「俺は牛の霜降り肉厚切りステーキと極上ローストチキンだ。あとはライスとサラダ、黒ビールもピッチャーで頼む。それと、このワインもボトルでくれ」


(んん?)


 俺は静かにメニューを手元に引き寄せると、二人が頼んだ料理の値段を確認した。


(た、高い……。)


 二人が頼んだのは俺の本日の収入より高いメニューばっかりだった。

 値段的にも量的にも、普段の食事で頼むような内容じゃない。


 なんかこう、もっとでかい仕事をやり終えた時とかに奮発して頼むようなやつだぞコレは。

 何食わぬ顔で高いメニューを注文したエニグマとダーザインに若干ビビリつつ、俺はステラちゃん達の様子を横目で伺った。


 流石に困ってると思ったからだ。

 実際、俺の正面に座った少年は少し顔が引きつっている。


 ……が、他の二人に動揺した様子は見られなかった。


(ポーカーフェイスか?)


 黒髪の少女に関してはたぶんそうだ。

 ステラちゃんは単にそっちに注意が向いていないように見える。


 なんかソワソワしながら時々こっちに視線を向けてくる


「私達も頼もう。私はチキンドリアだ。ステラはどうする?」


「わ、私は……。えーっと」


 チラチラと俺の方を伺っていたステラちゃんが慌ててメニューを見始めた。


(俺、いつの間にフラグ立てたんだろう……?)


 ラノベ――、もとい小説とかだとあっさり彼女が出来たりすることはよくある。

 クソゲーだと走っていたら彼女ができていたりする。


 いつの間にか子供ができているとか、実の妹と一線を越えているなんてこともあったりする。


 が、しかしだ。


 残念なことに俺の人生は某おもちゃメーカー製じゃない。

 タカラ○ミー製じゃないんだ。


 いくらなんでも急が過ぎる。

 銀の戦車を使う人みたいにありのまま今起こったことを話さないといけないレベルだ。


 時を止められたか、あるいは時をふき飛ばされたか、そんなことを疑う必要がある段階だ。


 その時、俺はダーザインとエニグマが三人を挑発するような目をしていることに気がついた。

 気がついたというよりも、俺にはそう見えたの方が正しい。


(……もしかして高いメニューを頼んだのも交渉の内か?)


 別にまだ具体的に何かの交渉をすると決まっているわけではないけど、どうもこの三人を推し量っているような感じがする。


「わ、私もリアと同じので」


「じゃあ僕はウサギ肉のハンバーグとライスでお願いします」


 ステラちゃんは諦めて黒髪の少女に追従することにしたみたいだ。

 少年も一千ジンぐらいのメニューを注文した。


 そして黒髪の少女はどうやらリアちゃんというらしい。

 ……まさかフルネームはリア=ジュウだったりしないよな?


 そんなわけないか。


「ユウはどうする?」


「じゃあ……、牛肉のステーキとライス大盛で。」


 俺は合わせて二千ジンのメニューを頼むことにした。

 ダーザイン達ほど高いメニューを頼もうとは流石に思わなかったが、今日一日動き回ったのでガッツリ食べたかったからだ。


 注文が終わると店員がテーブルを離れていった。


「さて、さっきは急に声を掛けてしまってすまなかった。まずは自己紹介をさせてもらおう、私はリア=レッドノートだ。私の右にいるのが私の友人のステラ、左が従者のラプラスだ」


「スっ、ステラ=ハートですっ! よろしくお願いしますっ!」


「……ラプラスです」


 リアちゃんに続いて他の二人も自己紹介した。

 ずっとアタフタしているステラちゃんはもちろん気になるのだが、今の自己紹介で俺は自分の正面に座っている少年のことが引っかかった。


 というのも、このラプラスという少年だけがファミリーネーム、つまり苗字を言わなかったからだ。


 俺が元々いた世界だと、身分の高い人間にしか名字がなかった時代が確かあったはず。

 それにリアはラプラスを従者だと紹介した。


 ……いや待て。

 ということは、逆に他の二人はそれよりも上の立場ということにならないか?


「レッドノートって、もしかしてここの領主様の?」


 エニグマも似たようなことを考えたらしく、リアの身分について質問した。


「領主のレッドノート伯爵は私の父だ。えーと、なんと呼べばいいのかな?」


 リアはエニグマの質問になんでもないことのように答える。


「エニグマでいいよ? こっちはダーザインとユウだよ」


「ダーザインだ。まさか貴族様だったとはな。通りで遠慮がないわけだ」


「ユウ=トオタケです。よろしく。」


 リアから暗に自己紹介を催促されたので俺達も簡単に名乗った。

 というかなんでダーザイン達はこんなに喧嘩腰なんだ?


 頼むからステラちゃんに嫌われるようなことはしないでくれよ?


「ほう? 勇者の家系か?」


 リアの目が光った。

 視線のさ気にいるのはもちろん俺だ。


「えっと、なんか違うみたい。勇者にはなれないルートでこの世界に来たらしくて。」


「え……。そ、そうか、それは大変だな……」


 俺がリアの質問に答えるとそこで会話が途切れた。


 ……なんだかステラちゃん達三人からすごく可哀想なモノを見る視線を感じる。

 聞いてはいけないことを聞いてしまった、みたいな雰囲気だ。


(え、勇者でない異世界人ってそんなにアレなのか?)


 他の客が増えて周囲が段々と騒がしくなってきたが、俺達のテーブルは沈黙したままだ。


(なんか気まずい……。)


「あの、皆さんは普段何してるんですか?」


 同じく沈黙に耐えかねたのか、相変わらず落ち着かない様子でステラちゃんが切り出した。


「冒険者だ。俺とエニグマはめぼしい依頼を探して定期的に移動してる。ユウは昨日登録して今日始めての依頼をこなしたところだ」


 ダーザインはいつものようにダルそうに答えた……、ように見えるが、僅かに警戒の色が強まっていた。

 初めて話すステラちゃん達にはわからないだろうが、数日の付き合いしかない俺が気づいたということはエニグマだって当然気が付いているはずだ。


 少なくともさっき料理を注文した時点で既にダーザインの意図を汲んでいたのは間違いない。

 この猫様ならそれぐらいは出来るはずだし、やるはずだ。


 だって賢い猫様だもの。


「そ、そうなんですか、え、えーっと……」


 ステラちゃんが次の言葉を探して言い淀んだ。

 

 よし、ここは俺が助け舟を出して好感度を――、でもなんて言えばいいんだ?

 とか考えている間にリアちゃんが口を開いた。


「単刀直入に言おう。ユウをレッドノート家で召し抱えたい」


 ダーザインとラプラス、二人の眉がピクリと動いた。


「ユウを? どうして?」


 エニグマがすぐに反応したが、俺は『召し抱える』という聞き慣れない言葉のせいでリアの言葉の意味をすぐに飲み込めなかった。

 『召し抱える』という表現が何かおかしい気がしたからだ。


 でも言葉が通じるといってもここは異世界。

 言葉の用法まで完全に一致しているわけではないのかもしれない。


 弘法大師が存在しないこの世界で『弘法筆を選ばず』の意味が意図通りに通じる保証なんて無い。


「冒険者なり立てのユウを伯爵家がわざわざスカウトする理由はなんだ? まさかそっちのお嬢ちゃんが気に入ったからってんじゃないだろうな?」


 ダーザインが怪訝な顔をした。


 伯爵は確か貴族の中でも結構上の方だったはずだ。

 そこの令嬢、つまりはガチの貴族様相手にするような態度ではない気がするんだけど……。


(不敬罪で死刑とかにならないだろうな……?)


 いざとなったら異世界から来たからわからない振りをしよう、そうしよう。

 俺がそんなことを考えている間にも、当人であるはずの俺を置き去りにして目の前の会話は進んでいた。


「まあ、それを否定はしないが……」


 ダーザインとリアちゃんに言われて、ステラちゃんの顔は真っ赤になった。

 これは……、やっぱり俺もリア充の仲間入りする時が来たんだろうか?


 そうしている間にもリアとダーザインは視線で火花を散らせている。


「我々は勇者の系譜に興味がある」


「ユウは勇者じゃないぜ?」


 ダーザインから警戒の色は消えていない。

 出会ってまだ一日とはいえ、冒険者の後輩である俺を気にかけてくれているのだろう。


「そのようだな。だが会話ができる異世界人でも情報源としてそれなりの魅力はある。本当は君たちも誘いたいところだが……、Aランクは高くつくだろう?」


「知ってたのか」


「昼間に冒険者ギルドに寄ったときに聞いた。領内の情報収集は基本だからな」


「だがこの世界のことを碌に知らないやつにいったい何の仕事をさせる? 貴族の家のことなんて何もできないぞ?」


「それは……、これから覚えて貰えばいい。上から下まで人手は欲しいからな」


「待遇は?」


「……客分だ。少なくとも他の従者達と同程度は保証する」


「……だそうだ、どうする?」


 ダーザインがこちらを見た。


「客分って?」


 なんだそれは?

 客将的なやつか?


 ……いや待て。

 それってなんか戦場の前線とかに行かされるやつじゃないのか、もしかして。

 

「半分お客さん扱いだから露骨にこき使われるようなことはないってことだよ」


 なんか察してくれたエニグマが説明してくれた。

 賢い、猫様やっぱり賢い。


「うーん。」

(さてどうするか……。)


「少なくともそこら辺の冒険者よりも待遇は良さそうだぜ? 今の話が本当なら、だけどな」


「それは約束しよう」


「だといいけどな」


 どうやらダーザインはリアちゃんの話を信用してないらしい。

 というより貴族自体を信用していないように見える。


 ……何か因縁でもあるんだろうか?


「それって辞めようと思ったらすぐに辞められます?」


 二つの選択肢を天秤に掛けた結果、俺は軌道修正がしやすい方を選ぶことにした。


 全財産が一週間分の生活費程度の現金しかない俺にとっては安定した収入は魅力的だ。

 でも、かと言ってそれで割に会わない苦労を押し付けられたら困る。


(とは言うものの――。)


 俺はチラリとステラちゃんの方を見た。

 正直言って、心情的にはもう答えは決まってる気がする。


 これでリアちゃんの返答が悪くなかったら話を受けることにしよう。


「それは問題ない。できればそうなって欲しくはないが、少なくとも貴族の力で強引に従わせるつもりはない」


(よし来た! リア充に、俺はなる!)


「じゃあよろしく頼むよ。えーと、ご主人様って呼んだらいいのかな?」


「それじゃメイドだよ」


 今まで黙っていたラプラスが教えてくれた。

 どうやらこの世界ではメイド以外は主をご主人様とは呼ばないらしい。


「リアでいい。公的な場では様をつけてくれればそれで十分だ」


「わかったよリア。改めてよろしく。」


 俺はリアに改めて挨拶をした後、ダーザイン達の方を向き直った。

 目を見開いたラプラスが小声で『いきなり呼び捨てだと……。くそ、俺だっていつかは……』とかなんとか呟いていたのは聞かなかったことにしよう。


 ……頑張れよ少年。


「というわけでダーザイン、エニグマ、短い間だったけどありがとう。俺、リアのところで働くことにするよ。」


「礼なんていいさ、俺達が勝手にやっただけだ」


「別にお前達もユウと一緒に来ていいんだぞ?」


「おいおい勘弁してくれよ。俺には自由業が性に合ってる」


 リアの誘いをダーザインはダルそうに断った。

 さっきまで緊張感は既に無く、今度は本当にやる気が無い感じだ。


「そうだよ、ダーザインにサラリーマンなんて無理だよ。毎日決まった時間に起きられるわけないじゃないか」


 俺はエニグマの言葉に速攻で納得した。


「そうなのか? では諦めた方が良さそうだな」


 エニグマの言葉にリアが笑った。


「お前はどっちの味方なんだ」


「エサをくれる方」


 エニグマは尻尾を左右に揺らしながら飼い主に答えた。


 ああ、そういえばここはリアのおごりだったな。

 そうなるとエニグマは今だけリアの味方か。


「失礼しまーす」


 真面目な話は終わったと判断したのかどうかはわからないが、ちょうどいいタイミングで注文した料理が運ばれてきた。


「……は?」


 ダーザインの目の前に置かれたのは、両脇で抱えられるかも怪しいくらいの特大の肉の塊を乗せた皿だった。

 エニグマ以外の俺達全員の目が点になった。


「おい……、これ、なんだ?」


目の前の肉塊を指差しながら店員に訪ねたダーザインも頭の上に疑問符を浮かべている。


「特大ローストチキンです」


「……そういえば頼んだな、そんなの。いや、それにしてもでかくないか?」


「鳥の中でも一番大型のスーパーポッポを使ってますから。それと店長から伝言です」


「ん? 伝言?」


「『人間でこいつを一人で食おうとした猛者はお前が初めてだ、心置きなく食ってくれ』、だそうです」


 厨房の方を見ると、筋肉質の男がこちらを見ている。

 ダーザインの視線に気が付くと満面の笑みとサムズアップで答えてくれた。


「すごーい、やっぱりAクラスの人は食べる量も違うんですね!」


「ま、まあな……」


 ステラちゃんが感嘆の声を上げた。

 相当な演技派なのか、あるいはただの天然なのか、その表情にわざとらしさは一切ない。


 一方でダーザインの顔は引きつっている。

 続いて俺達の分の料理も運ばれてきた。


「ユ、ユウ、そ、それだけじゃ足りないだろ? 俺のを少し分けてやってもいいんだぜ?」


「いや大丈夫。俺小食だから。」


「お、お前達はどうだ? それだけじゃもの足りないだろう?」


 俺に撃沈されたダーザインが即座にリア達に希望を求めた。


「これをユウを紹介してもらった『礼』のようなものだ。我々に遠慮せずに食べてくれ」


 『礼』という部分を強調してリアがニヤリと笑いながら答えた。

 ステラちゃんとは逆にこちらは腹黒さ全開の笑顔だ。


 間違いなくわかっていて言っている、美少女とはいえども流石は貴族。


「エ、エニグマ……」


 ダーザインは横で既に特大のハムにかぶりついているエニグマの方を見た。

 エニグマの分の料理は床に置かれていて、その量はダーザインの分の数倍多い。


 ローストチキンと同じぐらいの大きさのハムやチーズ、樽に入ったミルクに加えて大量の肉が積み上げられていた。

 これならローストチキンを追加しても大丈夫かもしれない。


 ……だが猫様は非情だった。


「ボク、鶏肉はキライなんだ」


「初耳だぞ……」


「仲間を気遣うとは流石はAランクだ。何なら他にも追加で頼むか? 支払いの心配ならしなくていいぞ、それぐらいの持ち合わせはある」


(悪魔だ、ここに悪魔がいる……。)


 相変わらず腹黒そうな笑みを浮かべるリアの周りには、気のせいか黒いオーラが漂っているように見えた。

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