8:猫様☆エニグマ様☆抱き枕計画☆

「部屋があるか聞いてくるから少し待っててくれ」


「あいよ」


「わかった。」


 エニグマと俺は言われた通りに宿屋の前でダーザインを待つことにした。


 ちなみだが、魔道具屋を出た後、さらに地図や携帯食料、それにケガをした時のための応急セットまで買ってもらった。

 流石にそこまでしてもらうのはどうかと思ったが、ダーザインとエニグマは相変わらず気にするなと言うので御言葉に甘えることにした。


 そうこうしている間に空が少し赤くなり始めてしまったので、ファッティラビットを狩りに行くのは明日の朝にしようということで泊まる宿を探して今に至る。


「足が痛い。」


 今日はあの三人組からの逃亡に始まって、冒険者用の装備を揃えるために店巡り。

 元の世界における俺の生活を基準にするなら相当動き回ったことになる。


 ……正直疲れた。


「ユウは歩くの慣れてないの? 元の世界じゃ結構いい身分だったとか?」


「そうじゃないけどさ、学生だったからそんなに歩き回るような生活じゃなかったんだよ。」


 本当は単に俺が引きこもり気味で運動不足なだけだ。

 でもなんかカッコ悪い気がしたので、元の世界の学生はみんなそうなんだというニュアンスを含ませておくことにした。


「ふーん。ユウが外に出ないタイプなだけかと思ったよ」


(鋭い……。)


 猫様大変鋭い。


「こっちの猫ってみんなエニグマみたいに頭いいの?」


「うーん、そうでもないかな。単にボクが長生きしてるからだと思うよ? 年の功ってやつ」


「ふーん。あ、そういえばさ……。」


「昼間のギルドでのこと?」


「そうそう。あの人って、結局なんだったんだ?」


 俺が言っているのは昼間に冒険者ギルドで見た、異様に白い男のことだ。


 体の何から何まで真っ白だった。

 今思い出すと少しぞっとする。


「あれかい? あれは白死病だよ」


「……? 病気?」


「体中から色素が抜けてどんどん白くなっていくんだ。で、完全に白くなったら死ぬ。原因は不明。わかっているのは感染症の類じゃ無さそうってことぐらいかな。昼間のあれは完全に末期だったから、たぶん最後に依頼を受けて人生の華でも咲かせようとしてたんじゃないかな。自分のランクより上の討伐依頼を受けようとしてたんだと思うよ?」


「人生の華って……?」


 人生の華、その言葉の意味がわからずに一瞬言葉が詰まる。

 が、名誉の死を求めていたのだと、理解が少し遅れて追いついた。


「ユウの世界にはないの? 白死病」


「無い……、と思う。少なくとも医者でもない俺が知ってるような病気じゃない。」


「そっか、それはいい世界だね。こっちじゃ、戦争以外で死ぬ人間は白死病が一番多いから」


「え、そうなのか?」


「白死病を治す方法があるならみんな飛びつくだろうね」


 エニグマの言葉に、俺は突然現実を突きつけられた気分になった。

 そうだ、ここは元の世界とは違う。


 元の世界でも一番平和な国のひとつである日本に住んでいた感覚では甘いんだ。

 異世界転移モノのラノベ――、もとい小説みたいに自分だけ特別とはいかない。


 俺だってそのうちその白死病ってやつになるかもしれないんだ。


「それにしても、ユウは勇者で無くて残念だったね。せっかく異世界人なのに」


「うーん。勇者のふりしたらダメかな?」


「やめておいたほうがいいと思うよ? ルーンを確認したらすぐにわかるし、勇者詐称は重罪だからね」


「ルーン……、だと?」


 俺の厨二なハートが踊り始めた。

 ルーンってあれか? 魔力を持った文字的なやつか?


「勇者は体のどこかにルーンが刻まれて特殊な魔法が使えるようになるんだ。それが身分の証明にもなるから、偽物はすぐにばれるだろうね」


「そうか、やっぱり無理なのか。」


 俺は改めて肩を落とした。

 やっぱり俺は勇者じゃないらしい。


「……やっぱり似てるね」


「え?」


「なんでもないよ。それより、誰がユウを飛ばしたんだろうね」


「ん……? どういうこと?」


 エニグマが露骨に話題を変えてきた。


「だってユウは異世界に行く魔法なんて使えないんでしょ? だったらこの世界の誰かが呼んだか、ユウの世界の誰かが送り込んだかのどちらかじゃないか」


「それは……、確かに……、そうかも。」


 考えて見ると確かにそうだ。


 いくらなんでも『寝て起きたらいつの間にか異世界でした』なんてのは突拍子がなさすぎる。

 意図的に俺をこの世界に移動させた『誰か』がいるという方がまだ自然だ。


(……。)


 俺は腕を組んで少し考えてみた。

 可能性が高いのはやっぱり例の三人組だろう。


 あんな何もないところまでわざわざ俺を捕まえに来た以上、少なくとも何か情報ぐらいは持っているはずだ。

 あの三人が俺をこの世界に呼んだか、あるいは呼んだ奴とつながっている可能性は高い。


 それは同時に、元の世界へ帰還する上での彼らとの接触の必要性を示唆しているわけだけども。


 エニグマは何も喋らない。

 考え込んでいる俺に合わせてくれたのだろうか?


「ねえ、……触ってもいい?」


「いいよ――、って言う前にもう触ってるよねキミ」


 エニグマの白い毛は獣っぽさがまったくない。

 もっふもっふのふわっふわだ。


 昼間の魔道具屋の子が夢中になるのもよくわかる。

 俺は試しに抱き着いてみた。


「こっ、これは……!」


 俺は体中の疲れが全部エニグマに吸収されていくような感覚に襲われた。

 今すぐこいつを布団にして寝たい。


「すごい気持ちいい……。」


「ユウ、真面目なムードが台無しだよ……」


「うへへぇ……。」


 よし、俺も金を稼いだらこんなペットを飼おう。

 絶対買おう。


 俺は頬ずりしながら決意を固めた。


「女の子と良い雰囲気になれないタイプだね、ユウは」


「……。」


 鋭い、鋭すぎるよ猫様。

 その時、宿屋の入口が開いてやる気の無さそうなダーザインが出てきた。


「部屋取れたぞー、って何やってんだお前ら」


「それはユウに言ってよ」


 エニグマの長い尻尾が俺の頭の上にボフンと乗っかった。

 猫様、業界でなくてもこれはご褒美です。


「あと少し……。」


「ほら、中に入るよ?」


 ダーザインが鞍を外すと、エニグマの体が淡く光り始めた。


「あら? え?」


 目を白黒させる俺を尻目に、青白い光になったエニグマのシルエットがどんどん縮んでいく。

 光るのが収まった後、エニグマの体は普通の猫サイズにまで小さくなっていた。


「……小さくなった。」


「元のままだと宿に入れないからね」


 そう言いながらエニグマは宿屋に向かって歩き始めた。

 俺も慌てて後ろをついていく。


「こっちの猫って大きさまで変わるんだ。」


「伊達に長生きしてないさ」


「長生きするとでかくなれるのか……。」


「小さくなれるんだよ。素は大きい方さ」


 ということは、エニグマみたいな大きい猫の相棒が欲しい場合は長生きしてそうな猫を探せばいいわけか。

 ……長生きしてる猫って希少価値が高そうだな。


「……エニグマって何歳?」


「もう覚えてないよ。最初の勇者よりはずっと前だけど。あ、扉お願い」


 尻尾をふりふりして宿屋の入口を開けてくれとエニグマが催促したので、俺は猫様をエスコートすることにした。


「どうぞ猫様。」


「ありがとう」


 優雅に宿屋に入っていくエニグマ。

 俺も後ろに続いて俺も宿に入り、扉を閉めた。


「おい、俺を置いてくなよ」


 ……ダーザインを忘れてた。


 ちなみに、エニグマは朝になるまでずっと小さいままだった。

 おかげで俺の『猫様☆エニグマ様☆抱き枕計画☆』があっさり頓挫したのは言うまでもない。


 え? どんな計画だったかって?

 ……計画名で察してくれ。



 次の日の朝。


「ふわわわわわ、ふわわわわ。俺、朝弱いんだ。昼からにしようぜ?」


「ふわわわわわ、ふわわわわ。そうですねダーザイン先輩。昼からにしましょう。」


「ダメだよ二人とも。そんなこと言ってると明日になるよ?」


 ダーザインが部屋を二つ取ってくれたので、朝食後に宿屋の前で集合することにした俺達。

 大きな欠伸をしながら二度寝を提案するダーザインとそれに同意する俺は、大きくなったエニグマに尻尾で頭をボフンボフンされて意識を完全覚醒させた。


 ちなみに宿は一か月分借りたらしいので二度寝をしようと思えば可能だ。

 いかにも中世ファンタジー風のこの世界だが、魔法を使った各種アイテムやインフラのおかげで生活様式が元の世界とほとんど同じなのには正直驚いた。


 これなら快適な二度寝になるだろう。


「ボクの一番の仕事はダーザインを起こすことなんだ。でないと『明日から本気出す』とか言ってずっと寝てるからね」


「なるほど、納得だぜ。」


 元の世界で言うとニート的存在か。

 目が覚めてもダルそうにしているダーザインを見てなんか色々と納得した。


(……やっぱり残念イケメンだな。)


 顔はイケメンのはずなのにイケメンオーラが微塵も感じられない。

 例の女神教三人組の一人、エルネストはイケメンオーラ全開で美少女までセットだったというのに。


 ダーザインにこそ残念イケメンの称号がふさわしいと思う。


「ふわわわわ。しょうがねぇ、いくか」


 そう言ってダーザインはまだ鞍をつけていないエニグマの背中に乗ったかと思うと、そのままの勢いでエニグマに抱き着くように上体を倒した。


「よーしいくぞー」


 エニグマに背負われる格好で棒読みの号令をかけるダーザイン。

 それを見て反応に困る俺。


 賢い猫様はそんな俺の様子に当然気が付いた。


「ダーザインはいつもこうなんだよ。お昼ぐらいにならないと起きてこないんだ」


 そう言ってエニグマが歩き始めたので俺も付いていく。

 向かうのは街の南東にある森、 いよいよ俺の冒険者デビューの時だ。


 ちなみにだがダーザインは到着するまでエニグマの背中にずっと背負われたままだった。


(それでいいのかAランク……。)


 ……なんか段々不安になってきたぞ。

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