ゴーストロッドリベレイション ゴースト編 Phantom's Ghost

刺菜化人/いらないひと

プロローグ

0:異世界勇者召喚、そして一人だけ迷子

 数多ある世界の一つ、リーンにおいて、これから異世界人の召喚が行われようとしていた。


「オルトー、グリーンブルとってー!」


 場所はとある神殿の祭殿の間。

 白黒の神官服を着た少女がもう一人の少女に冷えたドリンクを催促した。


 どこかの世界の赤いブル的な飲料は缶に入っているが、この世界にはその手の技術がないので瓶入りだ。

 この世界には電力網や電化製品の類は存在しないものの、代わりに魔力で動くマジックアイテムが普及している。


「ちょっとカルト。大事な召喚の前なんだから飲みすぎないでよね? 儀式の途中にお手洗いなんて行けないんだから」


 そう言いつつも、オルトと呼ばれた少女は冷蔵庫から緑色の瓶を取り出してカルトに渡した。


「わかってるって。景気付けよ景気付け。むしろグリーンブル飲まないと調子でないわ」

 

 魔力式の冷蔵庫から取り出されたグリーンブルはキンキンに冷えていた。

 

 ……あ、間違えた。

 グリーンブルはキンキンキンキンに冷えていた。


「っかー! 染み渡るわー! 最高にハイってやつね!」


 これはもう完全に中毒者の台詞である。

 オルトはもう一本グリーンブルを取り出すと、カルトの隣に座った。


 同じ顔、同じ服、二人が双子であることはひと目見てわかるほどに明らかだ。

 そんな彼女達の視線の先の地面には大きな魔法陣が描かれている。

 

「勇者教にとって史上初めての異世界勇者召喚……、いよいよだね」


「うん。これが成功すれば、私達の名前は伝説になる……」


 カルトは神妙な顔で答えたかと思うと、わなわなと震えながら握り拳を作った。


「そう! 女神教の連中に『え? 勇者教って異世界勇者を召喚したことないんですか? 勇者教って名前なのに? ……ぷっ!』とかディスられる日々とも今日でおさらばよ!」


「へ?」


 予想外の反応にオルトは目を丸くした。

 

「だいたい何よあいつら! ちょっと自分達の方が召喚術上手いからって調子乗って! この間だってイケメンばっかりのパーティに臨時メンバーでちゃっかり呼ばれちゃったりして打ち上げとか裏山ふじこふじこ――」


「カ、カルト……?」


「――はっ! いけない、ちょっと我を忘れてた。ていうかふじこってた」


 どうやらこの双子、見た目は同じでも性格はかなり違うらしい。


 カルトは残ったグリーンブルを一気飲みして正気を取り戻した。

 ……これはもうホントに中毒者確定である。


「……ねえ、本当に大丈夫なんでしょうね? もし召喚が成功しても手柄を取られるなんてことは……」


 オルトは周囲を見ながらカルトにそっと耳打ちした。


 数百人は入れるかという祭殿の間には、既に多くの神官達が集まっている。

 もちろんこれから行われる儀式を見物し、その証人となるためだ。


 しかしそれでも彼女は後で事実が捻じ曲げられるのではないかと心配していた。


「大丈夫、細工は完璧よ。異世界勇者の体に刻まれるルーンには召喚者である私達の名前も刻まれるようにしてあるわ。手柄を横取りしようとしたって無理――、あ、教皇様が来たみたい」


 二人は空になった瓶を置くと、何人もの高僧を引き連れて入ってきた老人を出迎えた。


「なるほど、これが異世界勇者召喚の魔法陣ですか。しかし随分と大きい」


「はい。女神教もまだ成功していない、複数人同時召喚の魔法陣です」


 彼女達が呼び出そうとしている異世界人は全部で四人。

 いや、正確には四人分の枠があった。

 

「なるほど。これがうまくいけば勇者教こそが名実共に勇者信仰の筆頭であることが示されるわけですね。……成功を祈っていますよ」


「はい!」


 舞台は整った。

 双子が魔法陣の中に入ると、それまで雑談で騒がしかった周囲が静まり返った。


 この世界には現在、勇者が倒すべき魔王はいない。

 この場に集った者達にとって、これはあくまでも政治的な儀式だ。


「準備はいいオルト?」


「必要な魔力の蓄積は十分。いつでもいけるよ」


 床に描かれた魔方陣には人が横になれるだけの大きな円が全部で六つある。

 二つは召喚する側であるカルトとオルトが入る円、そして残りの四つが異世界から召喚された勇者を受け入れる円だ。


「いくわよ! さん、にー、いち、起動!」


 二人が同時に魔力を込めると、鈍い振動音と共に魔法陣が光り始めた。


 複数回の明滅。

 そして紫色の光が部屋全体を包み込んでいく。


 まぶたすら貫通してくる強烈な光に、誰もが目を閉じ腕で防いだ。

 光が収まったのはそれから数秒後、何かが地面に着弾したような衝撃と同時だった。


「これは召喚煙……。成功したのか?」


 教皇は魔法陣の方向を注視した。

 しかし辺り一帯は白く濃い煙で覆われていて状況がわからない。


 だがそれが召喚に伴って発生する煙であることを知っている者達は召喚が成功したのだと判断した。

 ……問題は『何を』喚び出したかということだ。


 煙が晴れていく――。


「猊下! あれを!」


 周囲の神官が指差した先の円には、明らかにこの世界のものではない服装をした少女が倒れていた。

 彼女が召喚された異世界人であることは明白だ。


「こちらもです!」


 他の二つの円の中にも、見知らぬ少年達が倒れていた。

 魔力を消耗しすぎて腰を抜かしたカルトは、それを見て歓喜の表情を浮かべた。


「ふふ……。やった、やったわよオルト! これで毎日イケメンを侍らせ放題――って、どうしたの?」


 ……オルトは無言のままだった。


 彼女はカルトの問いに何も答えことなく、ただ『ある方向』を指差した。

 その先にあるのは最後の円、つまり四人目の異世界勇者がいるはずの場所だ。


「誰もいないじゃない……」


 他の三つとは異なり、その円だけは中に誰もいなかった。


 そう、誰も――。



(か、固い……。)


 寝床の固さで俺、つまり遠武優(トウタケ=ユウ)は意識を取り戻した。

 閉じたまぶたを通して強烈な陽の光が目に入ってくる。


 俺は眩しさから逃れようとして体を横にした。


 ……それにしても固い。


 背中に感じる固さはとてもベッドとは思えない。

 きっとベッドから転げ落ちたのだろうと思って、俺は片目を開いた。


「……ん?」


 飛び込んできた光景に目覚め掛けの意識が思考停止した。

 なぜなら視界に入ってきたのは人工物など何もない平野だったからだ。


 ……いやいや何を言っているんだ、俺が寝ているのは自分の部屋じゃないか。


 俺は現実から目を背けるためにゆっくりとまぶたを閉じた。

 ――が、直後に脳みそが正常な意識を取り戻してしまった。


「……はぁ!?」


 俺は思わず飛び上がるように体を起こし、慌てて周囲を見渡した。

 目の前には何もない平野、後ろには密林と言っても過言ではないほどの森。


「いやいやいや……。」


 周囲には誰もいない。

 だが突然の事態についつい独り言が漏れた。


 意味が分からない。

 自分の部屋で食後の昼寝をしていたと思ったら、いつの間にか何もない野外にいた。


 いや、本当に意味が分からない。


 一体何が起こったのかわからなくて脳みそから銀の戦車が飛び出しそうな勢いだ。

 もしかして王様的でクリムゾン的な現象が起こってしまったんだろうか? 


 マジでなんだよ、これ……。


「どこだよ、ここ……。」


 改めて周囲を確認した。


 視界に入る全てが自然。

 人工物は田舎道らしきものすら存在しない。


 俺はただ混乱するしかなかった。

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