株破滅日記

ロン・イーラン

第1話 2020年3月12日 サーキットブレーカー

俺は自宅のリビングルームでスマホを見ながら興奮の最中さなかにいた。

3月12日の夜、アメリカ市場で今年二度目のサーキットブレーカーが発動したのだ。

サーキットブレーカーとは、株式相場が急激に変動した時に取引を安定させるため、強制的に取引を一時停止させる処置のことだ。


日経平均先物も大幅に下げている。

明日の日経平均はひょっとすると16,000円を切るかもしれない。

株価が下がって喜ぶというのは奇妙に思えるかもしれないが、俺は全財産の半分以上、500万円をダブルインバースに投資しているのだ。

インバースとは、単純に言うと日経平均が値下がりすると反比例して価格が上昇する株のようなもの、厳密にはETFと呼ぶらしい、だ。

ダブルインバースはこの値動き幅が倍、つまり日経平均が下がればインバースの倍もうかる株だ。


俺は自分の予想がドンピシャでハマったことに満足しつつも、全ての資金を投入しなかったこと、信用取引口座を持たないために資金量に限界が出てきていることを後悔し始めていた。

嬉しいのだが手放しには喜べない、それでも込み上げる嬉しさが滲み出ていたのだろう。


さっきまでドライヤーを風呂上がりのセミロングの髪にかけていた妻の美奈が話しかけてきた。

「どうしたの、ハル?

 なんかいいことあった?」


俺は口元が緩んでいたかと気付き、頬の筋肉に力を入れて答える。

「いや、まあね。

 ちょっと儲かりそうなんだ。」


「へー、いま株下げてるってニュースで聞いたけど大丈夫なんだ。」


「まあね。

 読みが少し当たったって感じかな。」

あまり手放しに喜んでバッグでもおねだりされたらかなわん、そんなことを考えながら実際の喜び量の1/10くらいの反応を示した。


スマホに視線を戻しダウ平均のチャートを見続ける。

もっと下がれ、もっと下がれ。

このショックはリーマンを超える。

そんなことを考えながら。

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