第35話〜残っていた〝光〟〜

 

 ライムが大声を上げると、突風が巻き起こり、大地が震えた。



「きゃあ‼︎」


「クッ……みんな、立てるか?」



 ソールさんたちは武器を構える。が、みんな足をふらつかせていて、まともに立つ事もままならない様子だ。

 もはや、戦える奴はいない。さすがにボクだけではどうしようもない。このまま全員、コイツにブチ殺されてしまうのだろうか。

 ライムはしゃがれ声で言い放つ。



「安心しろ、手出しはしねえ。ここで貴様らを始末しても、つまらねえからなぁ」



 ムーンさんの正面へと足を進めるライム。ムーンさんとメルさんは、迫るライムに問いかける。



「ライム。あなた……、どういうつもりなのですか」


「ねえ、どういう事よライム! 久しぶりに会えたと思ったのに……。さっきの奴らは、あんたの仲間なの⁉︎」



 ライムは目を細め、2匹を睨みつけた。



「お前たちはもう、親でも子でも姉妹でも無えんだよ。……そんな事よりも、このネズミの住む国の何と素晴らしい事か! 資源が豊富にあるこの世界を、我々ニャンバリアンが、全て頂くのだ!」


「テメェーー‼︎」


「やめて! ゴマ‼︎」



 ボクはライムの尻尾に噛み付くべく飛び出そうとしたが、メルさんに後ろから飛びつかれ、止められてしまった。

 こんな奴が、ボクらの家族だったってのかよ……。ボクは歯を食いしばりつつフーッと息を吐き、乱れた呼吸を整えた。

 ライムは反対方向を向き、〝ワームホール〟の方へと歩み出す。



「偵察はこれで充分だ。私は帰らせてもらう。だが次に来る時は、我々ニャンバリアンの軍隊を率いて総攻撃を加え、この地を占領するのだ。その時にせいぜい、楽しませてもらおうか」


「待て! 〝ワームホール〟はどうするつもりだ!」



 ソールさんは〝ワームホール〟の前に、盾を構えて立ち塞がった。ライムは歩みを止めずに大剣を引き抜くと、ソールさんの盾にそっと剣身を当てた。ギシギシという音と共に、ソールさんが後ろに押されていく。



「邪魔すると、殺すぞ」


「クッ……」



 大剣をしまうライム。ソールさんは俯きながら盾を下ろし、その場を退いた。

 ライムは〝ワームホール〟へと向かいながら言い捨てる。



「お前たちは、しばらくこのネズミ族の世界で、平和にいい子に暮らしてるがいいさ。いずれ、まとめて始末してやる。ハハハハ……」



 その時、ロープに巻かれたままのスピカが叫んだ。



「待ってや! ライムさん、ウチを助けてよ!」



 足を止めるライム。振り向かずに言い放つ。



「……精鋭ともあろう者が、ガキ1匹ごときにやられるとはな。スピカ、お前もそこでネズミどもと仲良く暮らしてろ。お前は……」


「そんな、ライムさん! ウチ……」



 スピカは、涙を浮かべながらライムに訴えかけようとするが、ライムはその言葉を遮る。



「我が軍の精鋭失格だ」



 ライムは再び歩みだし、とうとう〝ワームホール〟をくぐって行ってしまった。



「ウソやん……、ライムさん、今までずっと信じてついてきたのに……。ウソやん。そんなん無いわ……、うあああああん‼︎」



 森の中に泣き声が響き渡る。

 クソッタレ、ただでさえこの女は声がでけえのに……、耳がおかしくなっちまいそうだ。



「ああっ、〝ワームホール〟が……!」


「消えてしまいましたね……」



 ソールさんたちの言葉を聞き振り向くと、もうそこには〝ワームホール〟の影も形も無くなっていた。

 これでボクらはもう、元の世界へ帰れなくなってしまったんだ。アイミ姉ちゃんには、もう二度と会えない。ボクらの事を大事に大事に世話してくれたアイミ姉ちゃん。きっと悲しむに違いねえ……。



「ライム……。あなたは……」


「ムーン。一度頭を冷やして、作戦を立て直そう」


「……そうですね」



 ライムめ……。

 ムーンさんの言ってた通り、本当にネズミ族の世界を狙って来やがった。アイツが要は〝ラスボス〟って事か。

 〝ラスボス〟であるアイツが帰ったという事は、ひとまずこのネズミ族の世界に、ニャンバラ軍の奴らはもういなくなったって事だろう。

 これからどうするか考えてえところだが、みんなはその場に座り込んだり倒れ込んだりしてしまっている。

 


「ライム……まさかあんなふうになってただなんて……」


「メル〜、大丈夫〜? きっと話せば分かるよ〜」


「話して分かる雰囲気じゃないでしょ、あれは。一体ライムに何があったっていうのよ……」



 ——メルさん、じゅじゅさん。一緒に暮らしていた家族が、姉妹が、あんなふうになっちまったのを見ると、きっとショックはでけえのだろう。しかも家族がラスボスとこられちゃ、一筋縄では行かねえだろう。

 メルさんたちにどう声をかけようか、考えていた時だった。



「ああああ、もうウチ情けなくて情けなくて……! ああいっそここで殺してえや! あああ‼︎」



 再び森の中に、泣き叫ぶ声が響く。

 スピカはロープに巻かれたまま、体を揺すりながらギャーギャーと声を上げ始めた。

 ああもう、うるせえ!



「お前、うるせえな!」


「あ、イケメン! さっきはごめんやで、なあ、この縄解いてくれへんー?」


「何がイケメンだ。許すわけねえだろ。この」


「うわ! やめ……モゴモゴ‼︎」



 ボクはその辺に落ちてた木の実を拾い、スピカの口に詰め込んでやった。

 やっと静かになったと思った時、ルナの声が聞こえた。



「……じゅじゅ姉ちゃん、もう大丈夫なの?」


「ふあ〜、うん。きっと大丈夫だよぉ。みんな無事だし。おなかすいたね〜」



 ずっとじゅじゅさんにくっついて震えていたルナ。お前もよく頑張ったよ、ほんと。

 さあ、これからどうするか。星光団の一員として、ボクはこの先何をすべきか。考えなきゃいけない事はいっぱいある。



「ソール。この女も、タイタンと一緒に、俺たちの仮設基地に捕らえておき、監視をつける。それでいいな?」


「ああ、ひとまずはそうしよう」

 


 マーズさんとソールさんが話し合っていたが、さっきからジッとスピカの様子を見ていたムーンさんが、2匹の話に割って入った。



「ソール、マーズ、聞いてください。スピカさんは……、私たちと共に、行動してもらいましょう。縄を解きます」



 何だと? 許しちまうのか?



「ふむ……ムーン、考えがあるんだな?」


「はい。もちろん、監視はしますが。私たちはスピカさんを連れ、お世話になったネズミ族の所へ戻ります」



 何と、スピカを連れて、世話になったネズミ族——つまりチップたちの所へ戻るというのだ。

 ムーンさん、一体どういうつもりなんだ。



「分かった。なら我々は、仮設基地にタイタンを連行し、今後の作戦を練ることにしよう。ムーン、また報告と連絡を頼む」


「ちゃんと飯食えよ、ムーン!」


「……はあ、大丈夫かな……? 気をつけてね、ムーン。兵糧丸持ってく?」


「ふん、あんたら他人の心配しすぎなのよ。少しは自分の心配をしなさいよねっ」



 ソールさん、マーズさん、マーキュリーさん、ヴィーナスさんはそれぞれそう言って、ムーンさんを見送った。ムーンさんは深々と頭を下げる。



「ありがとうございます。皆さん、後は任せましたよ。では私はこれで」



 スピカのロープが解かれると、スピカはプハーッと息を吐き、「はぁー助かったぁー」と言って尻尾をピンと立てた。すかさずムーンさんがスピカの腕に自分の腕を絡ませ、森の外へと連れ出す。ボクもスピカが逃げ出さないようしっかり見張りながら、後をついて行った。


 すでに夜は明け、草叢の隙間からは青空が見えた。

 ソールさんが、手を振りながらボクらを見送ってくれた。



「ゴマくん! 君はよく戦った! 次はさらに厳しい戦いになるだろう。必ずニャンバラ軍に打ち勝ち、ネズミ族の世界を守ろう!」


「ああ、ソールさん! 絶対ニャンバラの馬鹿野郎どもをブチのめしてやろうぜ!」



 ♢



 スピカは口をへの字にしながら、ボクらと一緒に歩みを進める。ボクはスピカが怪しい動きをしないか、ずっと見張り続けた。



「もー、大丈夫やて。逃げたりせえへんさかい」


「スピカ、テメェ許した訳じゃねえからな」



 ——チップたちは、無事なのだろうか。あんな辺鄙へんぴなところまで、ニャンバラの奴らは攻め寄せたりはしないだろうが……。置いてきたユキとポコも気がかりだった。

 ボクらはスピカを連れて、再び9匹のネズミの家族のところへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る