第72話 もう一人の中尉

 今回俺の他にも目覚ましい二階級特進となった特例がいた。




「やあ、リルト中尉。活躍したそうじゃないか。一体どんな手を使ったんだい?」




 ギークである。




「たまたまだよ」




 挑発に乗らない俺にムッとした表情を見せたが、すぐに気を取り直したのかこう言った。




「そうだろうね。君にはやはり帝国軍人らしさもない」




 軍人らしさ、か。


 たしかにそうだろう。


 俺は今まさに、帝国軍人としてあるまじき考えを秘めている。


 姫様のことに首を突っ込もうとしているのだ。




 直接的でなくとも、少なくとも生命が奪われない程度の手助けはしたいと考えていた。


 だが帝国での仕事を放り出すつもりもない。




 時間を作る必要があった。


 中尉として全員を引き連れて向かう次の戦場は、残念ながら王国とは正反対の西の戦場だ。


 メリリアをはじめ移動中の指揮くらいは任せたって全く問題はない。


 だがいざ戦場に出た時に俺がいないのはまずい。


 そのためにどうやって時間を捻出するかを考えていた。




 普通は不可能な話だ。


 西の戦場に向かうのに東の王国の件に首を突っ込むなど。


 だがそれが出来てしまう可能性がある。皮肉にも姫様のおかげで。




「おい。何か言ったらどうなんだ?」




 考え事をしていたせいでギークへの返事をしていなかったようだ。


 しびれを切らして向こうから催促してきた。




「ああ、ごめんよ。帝国軍人らしさはないかもしれないけど、まあできることをやるさ」


「甘いな。その覚悟がない人間に任せられる仕事ではないのだ。わかっているのか? 西の戦場はケルン戦線とは違うのだぞ。勝たねばならぬ戦い。負けは許されない。一発逆転は得意なようだが、お前にその仕事が務まるのか?」




 そう言ったギークに合わせてその腕に絡みついているエレオノールとリリスが笑った。


 そしてギークがこう告げた。




「お前には荷が重いだろう。代わってやる。私の次の任務は東の果て、わが父が治める領土における作戦だ」


「代わる……?」


「そうだ。東はそもそも戦争もしていないのだ。待機だけ。これでは私が活躍する隙もないではないか。なに、父から言い添えればその程度の配置転換でとやかく言われることはない。どうだ? お前には戦争よりもそちらの方がお似合いではないか?」




 ギークの提案は渡りに船ではある。


 だがこれを単純に呑むわけには当然いかないし、俺としてもどちらもやり遂げたい意思がある。




「残念だけど断るよ」


「ふむ……ならば決闘だ」


「決闘……?」


「そうだ。西方戦線への参加を賭けて、な」


「俺に何のメリットがある?」


「あら、負けるのが怖いのかしら?」




 リリスがあからさまに挑発してくるが、構わず続けた。




「メリットもないし、そもそもそんな勝手を許される立場ではない。残念だけど時間もないからな」


「所詮は腰抜けといったところかしら?」


「ふん。まあ良い。好きにすると良い。行くぞ、明日には領地に着いておらねばならぬのだからな」




 ギークは不敵に笑いながら離れていく。


 そもそも明日までに移動が必要だというのならそれはもう押し付けに等しい。なんせ普通にいけば間に合うはずが……。




「待てよ?」




 ギークはカルム卿の息子。


 であれば、カルム卿が使ったあの古代移動魔道具のことも知っていて、いや使えてもおかしくはないのだ。


 それに移動が必要だと言っていたことを考えれば……。




「つけるか……」




 ギークたちを追いかければ、あの魔道具をこちらも使うことができるかもしれない。


 そうなれば姫様の件に首を突っ込むに当たって最大の懸念であった時間を大幅に短縮できるのだ。




 奇しくも大きなヒントを得た俺はそのまま三人のあとを追うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る