第54話 消えたコニール

 ロベルト邸を後にしたグリードは、そのまま真っ直ぐ、人通りの戻りつつある住宅街の路地を歩んでいた。


 ただ、その足取りは早く、傍目に何かしら急いていることがわかるものであったが、道行く誰もが気に留める程のものでもなく、せいぜいすれ違いざまに視線を配るくらいであった。


 しかし、グリードの性格上、そんな周囲の目線など気にするといった、デリケートな気質など有しているわけもなく、ただ今自分がすべきことについて、できる限り短い時間で解答を出そうと、頭をフル回転させる。


 おかげで、幸か不幸か、別の通りを移動し、ロベルト邸へと戻る黒服やマルクといった男たちの集団の存在に気付くことも、逆に気づかれることもなく、結果的にニアミスする形ですれ違い、自らの家へと向かっていた。


「だいぶ時間を食っちまったが、アイツら、まだ俺の家に残ってるか? 最悪道端で会ったらその場でマルクの居場所を吐かせるくらいはできるが……まぁ、仕方ねぇ。その時は保安のヤツらがやってくる前にケリをつけるしかねぇか」


 自らの家へと急ぐグリードの頭の中に浮かんでいたのは、ロベルト邸へと向かう際に目にした男たちの、曖昧な記憶であった。


 もし、彼らがまだ家に残っている、あるいはロベルト邸へと戻る最中であれば、出会った際にマルクの居場所を知る、あるいはその場でマルク本人と出会える可能性がある。


 体力的にも相当きついが、それでもグリードの格闘術を限界まで引き出せば無理な話ではない。


 一番つらいのは、戦闘を行った上、誰もマルクの存在を知らないといった状況に陥った場合、それまでの行為がただの時間の浪費になってしまうことだ。


 だが、グリード自身、他にマルクに接点のありそうなロベルトの一味に心当たりがあるわけもなく、苦渋の決断ながらも、自らの住まいへと足を進める。


 そして、グリードは当然ながら誰とも衝突することなく、無事住まいへと到着すると、玄関の扉を開けようとして、ピタリと動きを止めた。


「……もしや、もう居ないのか?」


 念のため顔を扉に近づけ、グリードは屋内の気配を探ってみるが、誰かが動き回っている物音であるとか、何かを離している会話の声、微細に伝わる空気感、そのどれもが感じ取ることができず、グリードは中に輩はいないのだと確信する。


 それでもグリードは、警戒を怠ることなく、静かにドアを開け放ち、数秒程間を置いてから、素早く中へと飛び入る。


 そんなグリードの目に飛び込んできたのは、若干荒れてはいるものの、大きな被害もなく、それまでの日常の面影が残る、見覚えのある住まいの様子であった。


 別段、気配を消して不意打ちを狙う輩も、正面から飛び掛かってくる輩も、予想した通り部屋にはおらず、グリードはそこでようやく気を緩める。


「……こりゃあ、完全に入れ違いだな。面倒ったらありゃしねぇよ」


 そのままソファへと腰を落としたくなる願望をぐっとこらえ、グリードは改めて室内へと視線を巡らせる。


「そういえば、コニールはまだ上なのか?」


 コニールの姿が確認できないことから、出かける寸前に自分が伝言していたことを思い出し、グリードはキッチンへと通ずる扉へと向かう。


「おいっ、もしかして……」


 寸分違わぬ室内の様子に、グリードは慌てて天井裏へと通じる階段を下ろし、飛び乗るように上階へと向かう。


「開けられた形跡がないと思ったら、やっぱりか……でも、一体どうして……」


 薄暗い天井裏――決して広くはないが、グリードの過去と人間味のある一面が垣間見れる空間。


 そこに、ありのままで鎮座している、宝石画。


 それを、膝を着きながらグリードは、コニールが言いつけを守らなかったことに、自らの感情を大きく揺すぶられるのであった。

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