第217話 マルヤムの魔術
襲撃者の長を斃した後の処理は、実に簡単だった。三人ほどの敵が、身体のあちこちから血を吹き出して力尽きると、残るは一人だけ。
「うわああぁっ!」
「逃がさないよ」
くるりと背を向けて逃げ出す男に向け、少女に似合わぬクールな調子でマルヤムが吐き捨てたその時、男の膝がかくんと落ちた。
「ぎゃあああ!」
「リリ、言う通りに一人残してあげたよ」
自らの膝を押さえて狂ったように叫ぶ男を冷めた眼で見下ろすマルヤムが決着を告げると、ひたすら地面にへばりついていたリリが素早く立ち上がって、男を拘束する。
「申し訳ありません。本来であれば私が生命に代えて主人たるマルヤム様をお守りせねばならないというのに……逆に、お守りいただくとは」
「この術は、フェレ母さんに教わった。母さんは、力をむやみに使うな、だけど家族を守るためなら、ためらわないで使えって言った。リリは大事な家族……だから、たった今この術を使ったのは、正しいこと」
切なげに眼を細めたリリが、少女を抱き締める。抑えた嗚咽が響き、リリの胸がしっとりと濡れる。胸に抱えた小さな生き物の体温を愛しいものに感じながらも、彼女は優しく促した。
「さあ、このままでは大騒ぎになって、ファリド様とフェレ様がお困りになります。早く後片付けをして、家に帰りましょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ついに、直接手を伸ばしてきたか……」
「……それも、マルヤムに。許せない」
基本的に平和主義であるはずのファリドとフェレが、珍しく本気で怒っている。
リリが「ゴルガーンの一族」に伝わる謎の連絡手段でオーランを呼び寄せ、生き残った賊を館に拉致して締め上げた結果、黒幕はあっさり貴族某と判明した。それは第一皇子アスラン支持派のなかでも、特に皇子に近いいわゆる「取り巻き」であった。
カルタゴ侵攻への参加にうんと言わない二人を無理やり動員するために、愛娘たるマルヤムを人質に取ろうという、陳腐かつ卑劣な戦術である。だがそれが陳腐とされるのは古よりよく用いられてきたからであって、つまりは最も有効な手段であるということなのだ。もしもマルヤムがアスラン派の手に落ち、彼女の安全を質にして従軍を迫られたとすれば、二人はどれほど不本意であっても、従わざるを得ないところであったろう。
「そうならずに済んだのは、この小道具のおかげというわけか」
呟くファリドの前には、銅の皿に盛られた鉄球がある。一個一個が小豆くらいの大きさを持つ磨き上げられた鉄球には、べっとりと血糊が付着している。
「ええ、そうです。ですがフェレ様がお嬢の魔力制御を徹底的に鍛えていなければ、あれほど凄まじい効果はなかったでしょう」
その戦術を考案し鉄球を手配したオーランが、冷静な口調で受ける。
そう、十五人の襲撃者を一指も触れずして戦闘不能に陥れたのは、この鉄球なのだ。数十個の鉄球を「粒」として認識し、あたかも衛星のように自分を中心とする円軌道を描いて超高速で公転させることで、近づく者をすべて射殺していたのである。
マルヤムはフェレのように、何万何億といった数え切れぬ多数の粒子を制御することはできなかった。だが魔族としても類まれな素質を持つ彼女のことだ、「粒子制御」に特化するフェレの魔術を、直接身体を触れ合わせ魔力を流れを感じ取りながら伝授されることで、百個程度の「粒」であれば操ることができるようになっている。
マルヤムの「粒」魔術は母たるフェレに遠く及ばないが、優れた点が一つだけある。それは、より重く大きい粒を動かせることだ。塩粒より大きなものは動かせぬフェレと違って、彼女は栗の実ほどの石を、自在に宙に舞わせることができるのだ。
それを見た暗殺技術のプロフェッショナルであるオーランが、鉄球を自らのまわりを高速で周回させることで、身を守る手段にするという技を発想したのである。彼の属する「ゴルガーンの一族」には、隠し持った鉄球を指で弾き、敵の眼や喉を潰す暗殺技が存在する。その鉄球を一袋ばかり調達してマルヤムに促せば、彼女は何でもないことのように数十個を超える鉄球をまとって見せた。まだ幼い娘に殺人技を教え込むことに難色を示したフェレとファリドだが、リリの「これは護身術ですっ!」という強い強い主張に、渋々首肯したのだ。
「……マルヤムに、人を傷つけさせたくなかった。でも、この術のお陰で、マルヤムの身が守れた。ありがとう、オーラン、そしてリリ」
「もったいなきお言葉」「……」
フェレの感謝を平然と受け止めるオーランと、何やら居心地悪げなリリ。実のところ二人はフェレに隠していることがある……護身術の範疇を明らかに超える殺人術も含めて、彼らがマルヤムに仕込んでいることを。
「だが、こんなことを何度もやられたらたまらないな。二度と同じことをやる気にならないよう、今回の黒幕にはきっちり報復するとしよう」
あえて感情を抑えたファリドの言葉に、アフシンを含めた一同がうなずいた。
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