第71話 大魔術

 その日の午後。


 アミールとその副官、そしてようやっと体力が回復したらしいアレフを連れ、ファリドとフェレは村外れの水無川に来ていた。


「それじゃアミール、リクエスト通りフェレの魔術を御覧に入れるぜ」


「……うん、そんなに楽しみにしてくれてたのなら、多少サービスする」


「本当の大魔術ってのをずっと見たかったんだよ、兄さん姉さん。正規軍のお抱え魔術師は、実は大したことなくって……」


 まるで元から家族であったかのように、すっかり打ち解けた言葉遣いで会話する三人。無言でニコニコ微笑みながら、嬉しそうにそれを見守るアレフ。


「さあ、じゃあ早速『砂の蛇』をやろうか」


「……今回は少し特別なのをやる」


「特別?」


 ファリドは首をかしげる。そういえば実家に帰ってから、フェレが一人で水無川に来てなにやら練習していたのは知っているのだが……


「……まあ、見てて……んっ!」


 フェレの魔術はいつもの如く、無詠唱で短い気合を入れるのみで発動する。フェレの周囲に蒼い魔力のオーラが漂うと同時に……水無川に堆積した大量の川砂が、ゆっくりと空中に浮き上がる。見る間に周囲は一面の砂煙に覆われ、視界も怪しい。


「お、おおっ! こ、こんなすごい量の砂を……すべて魔術で浮遊させているのか?」


「……驚くのはまだ、早い」


 フェレがぼそっとつぶやくと、周囲を取り巻いていた砂の雲が収縮をはじめ、やがて二つの濃い塊となり……そしてゆっくりと、二体の竜に変わっていく。


「これはっ! 砂の竜だ!」


「これは初めて見たが……見事だな」


 アミールの驚きは当然だが、ファリドも感心している。ファリドが指南した「砂の蛇」は実用本位で、いわばミミズのような味気ない形状のもの。だが今フェレが空中に浮かべているものは、明らかに細部まで造り込まれた竜そのもの……それも二体同時に。指示通り動くだけだったフェレが、自ら何かを変えようと努力したのだ。その成長ぶりに、ファリドも嬉しくなる。


―――ま、実用上はあまり、意味がないかもだけどな。


 そのつぶやきは、心の中だけにしておく。


 そうしているうちに二体の竜はさらに高く舞い上がり、空中でお互いを追い回し、絡み合い始めた。一体がもう一体の胴体に噛み付かんとし、避けた方の竜がその尾の一打で反撃する。これは、すばらしいエンターテインメントだ。


 これだけの魔術を展開していながら、フェレは汗すらかいていない。この一年魔術の威力を大きく上げてきたフェレだが、その燃費効率もすばらしく向上しているのだ。


「……じゃ、最後」


 フェレがつぶやくと同時に、二体の竜は争いをやめ、さらに高空へ競うように上昇してゆき……やがて反転して一気に降下すると、水無川の河底に轟音とともに二つの大穴を開けた。この大スペクタクルを演じた川砂は、一時的に猛烈な砂煙を巻き上げたものの、フェレが小さく息を吐いただけで、何もなかったかのように元の通り河底に堆積した。


「……どう?」


 期待にキラキラしたフェレの眼は、本日の賓客であるアミールの方ではなく、ファリドに向いている。


―――これは「ほめてほめて!」という奴なのか? まるで、新しい芸を覚えた仔犬みたいだな。


「うん、すごい魔術コントロールだった、そして綺麗だった。ずっと練習していたのはこれだったのか……フェレの力は大したものだ、よくやったな」


 やや失礼な感想を抱きながらもファリドが褒めると、フェレのクールな表情が満面の笑みに変わる。そしてファリドの胸にこてんと頭を寄せて……無言で何かを要求している。


―――まったく、人が見ているところで……まあ、仕方ないか。


 ファリドが、ゆっくりとフェレの頭を撫でる。フェレは飼い主に懐く仔犬のように、心地よさそうに眼を閉じる。アレフが生暖かい眼で見ているような気がするが、あえてそこには気が付かないふりをするファリドである。


「ううむ、これが真の大魔術というものだったか! なあファルディン、見たか!」


 ファルディンという名であるらしい副官に、食いつかんばかりに自らの感動を訴えるアミール。


「いやはや、実に見事でした……言葉も見つかりませんな、副団長がぜひご覧になりたいと仰っておられた意味が、よくわかりました」


 副官の表情にも驚愕が浮かんでいるが、動じず冷静に答えていることは、さすがである。


「そして同時に……ここ数日、複数の旅人から謎の通報があった理由も、ようやくわかりました。何でも『アフワズの上空に竜を見た』というやつで、かなり王都で騒ぎになっているとか……」


 ああ、やっぱりフェレはやらかしていたと、頭を抱えるファリド。さすがに姉大好きアレフも、呆れ顔である。当の本人は、ぽか~んとしている。


「……何か、悪いことした?」


「後で、お説教だな」

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