第32話 仲直りするには

 模造刀が風を切る音が広い庭に響く。


 ファリドはひたすら打ち込み、フェレはひたすら避ける。


 手加減はない。しかしファリドの打ち下ろす模造刀は、フェレにかすりもしない。全速でフェレがかわすたびに、汗の粒が空に舞う。魔術師ローブを脱ぎ、若い娘が乗馬に使うようなゆったりしたシャツと細身のズボンを纏ったフェレの肢体の動きはいつもよりも軽快で、伸びやかで、そして美しい。


 身体強化を「ほんのちょっと」使ってほぼ倍増した速度で、昼食時のモヤモヤを振り払おうとするかのように、ひたすらフェレは打ち込みを避け続ける。ファリドも無心で打ち込み続ける、まるで肉体と刀で会話しようとするかのように。


 そして攻守が逆転する。フェレが持ち味の敏捷さをいかんなく発揮し、常人にはかわしがたい速度で踏み込み、一撃を放つ。ファリドは避けず、自らの模造刀でそれを正面から受け、跳ね返す。フェレが攻め続ける間、庭の空気は鋭く鳴り、武器同士のぶつかる音が響き渡る。


 三十分ばかりも動き続けただろうか。ファリドが荒い息を吐いて模造刀をおろすと、フェレも力を使い果たしたかのように武器を投げ捨ててへたりこむ。二人ともほぼ体力を使い果たしてくたくただが、先ほどまで胸につかえていたモヤモヤは、いつしか晴れている。庭の中央にあるアカシアの前に二人座り込んで寄りかかり、互いの眼を見て柔らかく微笑んだ。


「うぉ、すげえ! 冒険者の剣技って、俺初めて見たよ」

「見たかい、お嬢のあの身のこなし、さすがだねえ」

「驚きだわぁ、お嬢様あんなに強いのね、そして綺麗・・」


 気が付くと、庭の柵に領民が鈴なり状態だ。老若男女問わず、みな二人の演武に……本人たちはそんなつもりはなく、ただ青春のモヤモヤを吹き飛ばすためにやっているのだが……釘付けだったのである。娯楽の少ない「何もない」村の住人としては、ここ数年来最高の見世物であったようだ。そしてダリュシュとハスティの領主夫婦に加え、なんと病床にあったアレフさえ、車椅子に乗って庭先に出て目を輝かせていた。


「なんと! 婿殿のみならず、フェレがあのように刀術を磨いていようとは! わしより強いな!」


「三年前は棍棒を振り回していた気がするけど・・刀の方がフェレに合っているように見えるわね」


「お姉さまとお兄様、素敵……信じあっているのがわかりますわ……」


 意識せず見世物になっているのに気付いたファリドとフェレだが、疲労の極みで反応することもままならない。フェレはファリドの肩に頭をのせて、虚脱しているが表情はなぜか満足そうだ。ファリドは領主夫妻の視線を感じて、無意識にフェレの頭を撫でていることにようやく気付き、あわてて手をおろす。フェレが不満そうにファリドを見る。


 領民はやいのやいの言いながら庭に入ってきて、口々に驚きと称賛を二人に浴びせる。使用人の中年女は気の付く質らしく、柑橘の香りがついた冷たい水を満たした陶器のカップを二つ持って来てくれる。二人は息継ぎもせず一気にそれを飲んだ。何が面白いのか、またわあっと領民が喜ぶ。


「いい、村だな」


「……うん」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ちょっとしたすれ違いは、幸いなことにフィジカルの強い刺激で解消されたようだ。


 フェレはファリドとともに、領民に取り囲まれああだこうだ質問攻めにあったりイジられたり無邪気に賞賛されたりと、しばらく振り回されたがようやく解放され、汗を拭ってお茶のテーブルについていた。ダリュシュとハスティ、そして今日は気分が良いらしいアレフも一緒だ。


「すごいですわお姉さま、私の眼では追いきれない動きの速さ・・でも、お姉さまは三年前お帰りになった時は棍棒を持っておられましたよね? いつ刀術に変えられましたの?」


「……ひと月ちょっとかな……ファリドが、刀の方が合っていると」


 それを聞いてダリュシュが膝を打った。


「なるほどそれで合点がいったのである。先ほどのフェレの動きの速さは驚くべきものであったが、打ち込む際の太刀筋は素人に近いと見えたのである」


 ファリドが受ける。


「さすが、やはり騎士の鍛錬を積んだ方には練度が分かってしまいますね・・。それでもフェレの速度は素の状態でも普通の戦士では手こずるレベルです。そして、フェレの得意な身体強化魔術を本気で使って戦えば、俺程度じゃなく……余程の達人でもなければ防げない超高速攻撃になるのですから、細かい技量はそれほど必要ないのです。但し相手の攻撃を受けとめるためには刀を扱う技術が必要になりますので、フェレにはすべての攻撃を『受けないで、かわす』ことを求めているのです」


「ふむ、さすが婿殿の指導は理にかなっているのである。わしもあの棍棒はいかがなものかと思っておったのであるが……」


「素晴らしいですわお姉さま・・命を預ける武器をそんなに思い切りよく変えてしまえるなんて・・やっぱりお兄様を心から信頼して・・愛していらっしゃるのね」


―――またそっち側に話を向けるのかこの娘は! ああ、そういえばこの妹は昼飯時のやり取りを知らないんだった。


「……うん、信じてる。私が気づかないことを、ファリドは丁寧に教えてくれる」


「お兄様」や「愛してる」の部分を否定せず、平静にフェレが答える。


 ファリドには、フェレが何を考えてるのかわからなくなりつつあった。


 確かにフェレは最近よく懐いているが、それはエサをたっぷりくれる飼い主にしっぽを振る仔犬のようなノリだとファリドは思っている。しかしフェレはファリドと「デキている」と思われることが、イヤではないらしい。そういう面で鈍感なのか、それともファリドを男として好ましく思っているのか……


―――では、俺はフェレを、どう思っているのだろう?


 確かに、フェレが急に綺麗になった時は平静でいられなかったが、それは好きとか愛しているというのとは違う、オスの本能のようなもの……のはずだとファリドは考えている。


 冒険のパートナーとしては魅力的ではあるが、人生の伴侶としては、フェレは何かと残念だ。要領は悪いし、目的のために選ぶ手段も極端……こんな女が嫁だったら、心が休まらないだろう。


―――じゃ、昼飯時にフェレの涙を見て、俺はなんで動揺してしまったんだろう?


なかなか答えの出せないファリドであった。

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