筋肉屋ケンちゃん
しんげきのケンちゃん
第1話 おにぎり屋ケンちゃん
いつも通りの遅い、会社からの帰り道。
今日も今日とて残業を終えた俺の心身はすっかり疲れ果てていた。
山手線高架沿いを、自宅に向けてゆっくり歩く。
お腹もすいた。だが、この辺りは飲食店は無い。
家の近くにコンビニがあるから、そこで今日も弁当を買って帰ろう。
……だがしかし、今日もコンビニ飯か。やはり、むなしいな。
そんなことを考えながらとぼとぼ歩いていると、行く先に街灯に照らされた小さな出店があった。
ぐぅーとお腹が鳴る。
俺は、疲労と空腹に従うままに、その屋台に近づいた。
「へいらっしゃい! 一名様! おにぎりひとつ300円でいいかい」
朗らかに店員が声をかけてきた。笑顔が似合う筋肉質なにいちゃんだった。
小さな屋根には『筋肉おにぎりケンちゃん』と看板が吊るされている。おにぎり専門店なのか。てっきりラーメン屋とかだとばかり。
「ああ。店長でいいのか? ひとつ頼む。……はい、300円」
俺は財布から300円を取り出して渡す。
「はいよっ丁度ね。少々お待ちを」
代わりに水を受け取り、俺は屋台の前に設けられた小さな椅子に座る。
一旦休憩だな。軽い腹ごなし程度に食べておくとしよう。
氷の入った冷えた水を飲んでいると、先程のにいちゃんが屋台の内側から出てきた。ブーメランパンツ一丁で。
「!?」
俺は驚いたが、更に驚くべきことが続けざまに起こった。
「さあさあお客さん。筋肉おにぎりケンちゃんのボディビルショーを、是非とも堪能してください!」
にいちゃんは事前に用意されていた屋台の台に置いてあった桶に手を突っ込み、
「はいよー!」
何かを片手ですくい上げた。
お米だ。純白米。一粒ごとの身の引き締まりがよくわかる、ふっくらと炊かれたお米だった。
「はいいいいいいいいいいいいい!!!」
それをにいちゃんは思いっきり握りつぶす。本当に全力でだ。指の隙間からお米がこぼれていくのも気にせずに豪快に
何故そんなことが判るかって? にいちゃんの顔が全てを物語っていた。俺は今全力でお米と向き合っているんだという本気の意気込みが、その真剣な表情に表れていた。
俺は息を呑んだ。もしかして、俺はとんでもないところにやってきてしまったのか!?
それから、にいちゃんは握った手のひらを開き、もう一方の手で桶からお米を足して、再び握り込む。
「はいっ! はいっはいっはいっはいっ!」
何度か繰り返し、おにぎりは大きく、より固くなっていった。
「ふっ!」
その後、今までとは打って変わって、両手で優しく包み込んだ。今までの気高さ荒々しさとは全く違う。言うなれば、慈愛に満ちているかのような優しさだった。
「さあーてお客さん。そろそろ、フィニッシュといきますよー」
被せた手を退けて、おにぎりがちらっと垣間見える。
それを片手で崩さないように掴み、
「今日はこいつで……はい! ずどーん!」
見事なサイドチェストを決めた。
凄い! 隆々とした筋肉! はちきれんばかりのマッスルが街頭に燦々と照らされている! 美しきストリエーション! 鮮やかなライン! んんー、ナイスバルク!
それからそのにいちゃんはポーズを解き、
「はいよっ! おにぎりお待ち!」
紙皿に自らが力いっぱいに握ったおにぎりを差し出してきた。
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