サヨナラ、小さな罪
@chauchau
第1話
「これッ! これなッ! 昨日言ってたうちの子ちょー可愛くね!?」
やめて。
「自分の尻尾追いかけてずっとぐるぐる回ってるっしょ!」
やめて。
「で、トドメのこの困り切った顔! はぁぁ……、馬鹿可愛い……」
これ以上。
「あッ! もちのろんで雪のほうが数百倍可愛いから! 浮気とかじゃねえから! ベクトルが違うっつーの? なんだっけ、矢印がずーんって……」
私に優しくしないで。
「まさやーん! ベクトルって矢印で良いんだよなー!」
夏の始まりに彼氏が出来た。
彼の名前は秀一くん。……私から、告白した。
「やっべぇよ、まさやんがまじでやっべぇよ……、わざわざいらないカーテン借りてきてすっぽり被った上で『裏切り者には死の制裁を』とか言ってくるんだけど」
名前負けだよな、だって俺って馬鹿っしょ?
彼はそう言って笑うけど、そんなことはない。確かにテストの点数は悪いのは本当だけど、彼はいつだって一生懸命で、いつだって笑顔で、いつだってみんなと一緒に居て。
「でもしゃーないよな! だって俺には雪って最高の彼女がいるもんな!」
暗くて、友達も居なくて、ブスで、勉強ぐらいしか取り柄のない私なんかと一緒に居て良い人じゃなくて。本当に名前の通り秀でている人で。
誰よりも優しいから。
「なぁなぁ! 今度の休みどっか行かね? 結局夏休みの最後はずっと俺のせいで勉強しかしてなかったしさ!」
私なんかに欺される。
「いや! 確かに雪と一緒の図書館デートは良かったよ! でもさ! でもさ、あるじゃん!! ずっと黙って宿題って……! 俺が悪いのか! いや、違う! 宿題なんて出すカマ先が悪いんだ!!」
「鎌倉先生、だ」
「居たならそう言ってくださいませんでしょうか……」
体育教師で身体の大きな鎌倉先生に愛の抱擁を受けた秀一くんをみんなが笑う。……笑われているわけじゃない。秀一くんがみんなを笑わせたんだ。
馬鹿にされて、嘲笑される私なんかと違う。
「ぎぶぎぶ! あ、死ぬっ! なんか出るからッ! 朝飯がどばって出るから!!」
「そうか。じゃあこのままホームルームを開始しよう」
「いやじゃぁぁぁ!」
秀一くんが私の席から離れてすぐに、こつんと頭に何かが当たる。
無視をすれば良い。そんな正論を貫けるほど……、ポンコツな私には勇気なんてものは備わっていない。
『別れろ』
くしゃくしゃに丸められた紙に、可愛い女の子の文字。
内容には一切の可愛らしさなんてない。分かっている。言われるまでもなく、ちゃんと別れる。そうしないと。そうしないといけないから。
――秀一くんに告白してきなさいよ。
夏休み前に私を虐める女子のリーダーさんからの命令に私は従った。間違いなく振られる私を多分笑って虐めたかったんだと思う。だって、その前に彼女が秀一くんに告白して振られたことはみんなが知っていたことだから。
関係ない男子を巻き込むことは駄目だと思ったけれど、だから嫌だとはっきり言える強さなんて私には備わっていない。出来るのは、はいと素直に従うことだけだ。
告白して、振られて馬鹿にされるだけで終わるなら。きっと夏休みの間の彼女たちの笑いのネタとして使われるだけなら。……新学期が始まってしばらくの間も続くだろうけど。
まさか、OKをもらうなんて思っていなかった。
隠れて告白を見ていた女子達が飛び出す前に興奮した秀一くんに手を引かれて校舎を飛び出した。それが終業式の日だったせいで、私が彼女たちに会ったのは一ヶ月ぶり。
生まれて初めて彼氏が出来ました。
好きでもない彼氏が出来ました。
どうするのが正解か分からなくて私が何も出来ない間に、どんどんと秀一くんが背中を押してくれた。
あれよあれよと言う間に、連絡先を交換して、下の名前で呼び合う約束までしてしまって。夏休みの間は三日と空けずに彼と遊び続けた。
ずっと友達のいなかった私に、友達を飛ばして彼氏が出来たことをお母さんもお父さんも喜んで。遊びほうける娘を怒るどころかもっと遊んで来なさいと言われてしまった。
秀一くんと二人で遊ぶことが多かったけど、時々秀一くんの友達と一緒に遊ぶこともあった。そのおかげで……、初めて友達が出来た。
まさやん君は秀一くんの恥ずかしい話をたくさん教えてくれた。
ゆっちゃんさんはきっと似合うよとオシャレをたくさん教えてくれた。
きー坊くんは美味しいお菓子屋さんをたくさん教えてくれた。
まさやん君は、秀一くんが居るときは秀一くんの悪口ばっか言うけど、彼が離れた隙に秀一くんの良い所をたくさん教えてくれた。
ゆっちゃんさんは、本当は秀一くんのことが好きだと教えてくれた。ライバルだから負けないわよと無理矢理握手をしてくれた。
きー坊くんは、ゆっちゃんさんのことは気にせず好きにやりなよと背中を押してくれた。そのほうが僕もゆっちゃんにアピールしやすいからと無理をして悪い笑顔を浮かべてくれた。
みんなを欺した。
小さな罪だった。
小さな罪だったはずなのに。
どんどん、どんどん。
小さな罪が積み重なって。
どうすることも出来ない大きな罪に育ってしまった。
これ以上。
優しいみんなを、秀一くんを欺すことに耐えられない。
「……え?」
驚いて固まる秀一くんに背中を向けて、私は走り出した。
放課後に、告白したのと同じ場所。理由もなく別れてくださいと言う私は最低な女になれたはず。
これで良い。
最低な女だと馬鹿にしてください。
みんなで馬鹿にしてください。
どうか。
どうか。
私のことなんか嫌ってください。
サヨナラ、
サヨナラ、
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