第14話 裏切りの提案

 監禁されていた女性を助けた翌日のこと、リチャードは森の中を散策してくるとメイドに伝え、密かに村へ向かった。村人からの畏怖の視線を受け流し、彼は村長のダレンの家の前に立つ。


 ドアノッカーを鳴らしてほどなく、村長ダレンが玄関の扉を開いた。一瞬ぎょっとした様子のダレンは思い直して表情を繕い、平静を装った声音で尋ねる。


「これはリチャード殿。何の御用でしょうか?」

「突然の訪問、失礼します。今日は大事なお話があって参りました」


 リチャードは意識して柔らかな声で丁寧に話すことを心がけた。断られることはないだろうが印象を良くしておくに越したことはない。ダレンは是非もなし、といった風にすぐに覚悟を決め、どうぞ中へ、とリチャードを促した。


 客間に通されたリチャードはテーブル越しにダレンに相対する。ダレンの妻が二人分のお茶を持って現れ、カップを置いて「どうぞごゆっくり」と言って去っていった。


「それで、今日はどのような用向きでいらっしゃったのですかな?」


 ダレンが口火を切る。それを制してリチャードは椅子から腰を上げた。そして窓際まで行くと木板の窓を開け放ち、ある人物を見下ろして言う。


「そんなところにいないで中に入ったらどうですか?」


 不意打ちにひゃっと声を上げた彼女は数秒硬直したあと、気まずそうな顔をして窓から顔を出した。


「エルシー!? なぜそんなところに?」


 ダレンが驚いて素っ頓狂な声を出す。エルシーは照れたように頬を掻いて目を泳がせた。


「リチャードさんが歩いてるのを見かけて、気になって付いてきちゃいました」


 てへへ、と笑うエルシー。正確に言えば「つけてきた」と言うべきところだが、あまり悪びれた様子がない。ダレンはやれやれと嘆息すると


「ワシはリチャード殿と大事な話をせねばならん。見なかったことにするから自分の仕事に戻りなさい」


 しっしっと手を払って追い払う仕草をした。エルシーははい。すみませんでした!と頭を下げて去っていく。


 一部始終を見ていたリチャードと目が合うと、ダレンはひとつ咳払いをして緩んだ空気を引き締めようとした。


「大変失礼しました。あらためてお話を伺いましょう」


 席に戻ったリチャードにそう切り出すダレン。リチャードはそうですねと頷き、本題に入ることにした。


「昨日、私はケネス氏の屋敷に監禁されていた女性を助けました」


 その一言で弛緩していた空気が一気に引き締まった。ダレンの顔が緊張に強ばる。なぜそんなことを? という疑問と面倒なことになったという揉め事の予感を感じているに違いない。


「それで、ケネス殿にはなんと?」

「血を吸い尽くして森に埋めたと言いました」


 そうですか、と呟くダレンには深刻な気配が漂っていた。話がそれだけに収まらないことを知っているからだ。


「助けた女性、名前は聞きそびれましたが、彼女が街に着けばこのことを教会に報告するでしょう」


 そう、教会にケネスという吸血鬼の存在が知られることになる。


「教会が動くと?」


 ダレンの短い問いに頷き、リチャードはやや冷めた紅茶を一口飲む。


「遅くとも2週間程度で教会の狩人(ハンター)が派遣されるでしょう」


 ダレンが唸る。ケネスと命が繋がれている彼や村人にとって、それは重大な危機であり、ある意味で希望である。複雑な顔で彼は尋ねる。


「なぜ、あなたは教会に与するようなことをなさるのです?」


 人外であるリチャードにとって、教会は敵だ。その教会に利する行為をする理由がダレンには分からなかった。


「私はことさらに人間と敵対するつもりはないのです。出来うるならば危害を加えず生きていきたいと思っています」


 言いながら、リチャードは自分の言葉に説得力が無いことを自覚していた。ケネスのやっていることを見て見ぬ振りをしている者が言うことだ。ダレンもリチャードの真意を測りかねているようだった。


「信じてもらえないとしても構いません。あなたが信じようが信じまいが問題は起こります」

「問題、といいますと?」

「教会の狩人(ハンター)に居所がバレた、と分かったあとのケネス氏がどのような行動に出るか、分かりますか?」


 ダレンははっと息を呑む。リチャードの言わんとしていることを察してしまったのだ。ケネスは教会に居所を握られたまま屋敷に留まるほど愚かではないだろう。リチャードと共に返り討ちにしようと考える可能性もあるが、最も取り得る手段は逃走、つまり屋敷を捨てて逃げることだ。


 だがそのとき、ダレンら村の人々をどうするか。村民を取り纏めて一緒に移動する? そんな面倒なことをケネスがする訳がない。


「十中八九、あなたたちは見捨てられるでしょうね」


 さらりと言ってのけたリチャードに、ダレンの目が一瞬怒りに燃えた。なんてことをしてくれたのだ。そう言葉にしたい思いはやまやまだろうが、立場の差を感じて口を噤む。


「それで、です」


 ダレンが複雑な心境を持て余しているなか、リチャードはさらに言葉を重ねた。


「よろしければその前に、私がケネス氏を殺そうと思うのですがいかがでしょうか?」

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