第11話 人外たる所以
リチャードがケネスの屋敷に来てから2日が経った。基本的に吸血鬼の活動時間は夜である。日光を浴びると吸血鬼は弱る。陽の光を克服したリチャードとケネスもそれは免れない。平気なふりをしているが虚脱感のようなものは常に感じているのだ。
そのため、日中はケネスの用意した棺桶で眠り、日が暮れてからケネスと食事をしたり、チェスをしたり、一人で書物を読んだりして過ごした。リチャードにとっては数十年ぶりの“吸血鬼らしい”暮らしである。
だが、長いこと人間のように朝に起き、夜に眠る生活をしていたためか、昼の内に眠れないときがあった。ケネスに招かれて三日目の昼。たまたまよく目が冴えてしまったので、彼は暇つぶしに邸内を散策してみようと思い棺桶を出た。
あてがわれた客室から出て一階を虱潰しに歩いてみる。屋敷には主人とメイド二人、あとはペットのアドルフォくらいしか住んでおらず、村からも距離があるため非常に静かだった。
陽光の暖かさを感じながら歩を進め、しばらくして一階のめぼしい部屋を見回ったリチャードは、玄関の正面にある大きな階段から二階に上がった。左右に伸びる廊下を見比べ、右へ足を向ける。左の方には書斎があるため軽く覗いたことがあり、まったく初見の方に行ってみようと思ったのだ。
壷や花が活けてある花瓶、絵画などが飾られた廊下をゆったりと歩み、部屋を覗いていく。客室がふたつにビリヤードが設置された娯楽室がひとつ。そして。
「これは……」
一番奥の部屋の扉には、通常の鍵と別に大きな錠前が取り付けられていた。扉自体は他の部屋と変わらないようだが……。
「お客様」
リチャードが錠前に触れようとしたとき、横合いから声がかかった。メイドがひとり、彼の隣に歩いてくる。リチャードは起きていたのかと少々驚いた。主人が寝ている間にも仕事をしているらしい。
「その部屋には立ち入らないようにお願いいたします」
リチャードは吸血鬼。彼の膂力を持ってすれば鉄の錠前とて開けられぬこともない。それを理解して言っているのだろう。
「ここはどういった部屋なのですか?」
「申し訳ありませんがお教えできません」
試しに訊いてみるもすげなく返される。真っ直ぐにメイドの目を見つめて圧を掛けてみるが彼女は少しも揺らぐ様子がなかった。
「分かりました。触れるのはやめておきます」
おそらくケネスに口止めされているのだろう。主人への忠誠は厚いようだ。諦めてメイドの横を通り抜け、来た道を引き返した。メイドの温度の無い視線を背中に受けながら。
「二階奥の鍵の掛かった部屋。あそこには何があるのですか?」
その日の夜、食事のあとのティータイムにリチャードは質問をぶつけた。ケネスは飲もうとしていた紅茶をカップに戻し、静かに答える。
「気になるかね?」
かすかに彼のこめかみが動いたことや、空気が緊張を帯びたことを気にも留めず、リチャードは紅茶を一口飲んだ。
「あのような立派な錠がしてあれば、流石に」
テーブルに置かれた苺を一粒つまみ、口に放り込んだケネスは人差し指で顎を撫でながら迷っているようだったが、特に困った様子は感じられない。やがて迷いを晴らした彼は外していた視線をリチャードに戻した。
「まあ良い。同族である貴公にならば話しても問題はないことだ」
組んでいた足を組み換え、一拍置いたケネスは言う。
「とはいえ勿体ぶるほど大したものではないがね。……あの中にいるのはただの人間だよ」
「人間ですか」
そう、ただの人間だ。とカップを傾けながらケネスは答える。
「村の下僕どもをときどき近場の街に行かせて連れてこさせているのだよ。酒場で旅人なんかを引っかけてこいと言い含めてね」
「なるほど。それでその旅人を……」
監禁している、とまでは口にしなかった。事実だがケネスが気分を害するかもしれないと気を遣ってのことだった。ケネスは黙して頷く。
リチャードは考える。何のためにただの人間を監禁するのか。決まっている。血を吸うためだ。生きた新鮮な人間の血を吸うためにそうしているのだ。
吸血鬼の血はお世辞にも美味くはない。飲んで不具合がある訳ではないが苦味や渋み、雑味があり舌触りも良くない。好んで飲むものはごく稀だ。眷属も同様で、メイドや村の人間の血はケネスにとって飲むに値しないのだろう。
故に眷属を使って人間を連れてくる。好悪は別にして納得はした。リチャードとて吸血鬼。人間の血を糧にする種族だ。
「ところでリチャード殿」
リチャードが納得するのを待っていたかのようにケネスは口を開いた。まるで秘密を共有する友に向けるような親しみを感じる声で彼は言う。
「新鮮な生き血を飲みたくはないかね?」
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