第8話 絶望は死角より現れる
ダレンはリチャードに寝室に隠れるように言うと、すぐに玄関に向かった。待たせるとドアを壊して入ってきかねない。ドア一つで済めばいいが、そうならない可能性もある。
「お待たせして申し訳ありません。何の御用でしょうか?」
ダレンがドアを開けた先には男と女が一人ずつ立っていた。きらびやかな刺繍がされたコートにウエストコート、ブリーチズを身に付けた男は線が細く、やや背が高い。黒い髪をオールバックに整え、異様に白い肌をしていた。目は自信に溢れてギラギラしている。この男こそが村を支配しているヴァンパイア、ケネス・オルブルームだ。
一歩引いて側に控えている美女はケネスのお気に入りの眷属で、村にやってきた時から彼に付き従っている。名前を聞いたことはなかった。
「珍しい客が来ていると聞いてな。私も会ってみようと思ったのだよ」
ダレンは背筋が凍える思いがした。まさかバレているのか? 教会の狩人(ハンター)がいることに。
「さて、何のことか分かりませんな。今日は特別な客など来ておりませんよ?」
ケネスがどこまで知っているか分からないため、ダレンは白を切ることにした。動揺を必死に押し隠して怪訝そうな表情を作る。
「無駄な芝居をするな。どれ、顔を拝ませてもらおう」
ケネスはダレンを押しのけて家の中に入ってきた。逆らうことも咎めることも出来ないダレンは内心ひやひやしながらその後を付いていく。
ケネスが客間を覗くとサイラスとアントニーが緊張の面持ちで佇んでいた。
「アントニーが来たので一緒にお茶を飲んでいたんですよ」
ケネスはテーブルに近付いてカップを手に取った。リチャードが使っていたカップだ。
「4人分あるようだが?」
ダレンを除く二人の顔が引き攣った。ケネスはいたぶるように皮肉げな瞳をダレンに向けてくる。
「それは妻の分です。あいにく今は外しておりますが」
ダレンはなんとか平静を装って答える。ケネスがふっと失笑した。
「随分と言い訳が上手いな、村長。その肝の太さは褒めてやろう」
ケネスはダレンの目の前に来て彼を見下ろし、冷たい笑みを浮かべる。
「だが……」
そして拳の裏でダレンの横っ面をぶん殴った。強烈な殴打でダレンは吹き飛び、壁にぶつかって膝をつく。
「親父!」
サイラスがダレンに駆け寄り、彼を助け起こす。
「私に嘘をつくことは許さん。少し調べさせてもらうぞ」
ケネスが客間を出ていこうとしたとき、
「その必要はありませんよ」
そう言ってリチャードが姿を表した。ダレンが呻くように呟く。
「討滅者殿……」
ダレンは覚悟しなければならなかった。怪物と狩人(ハンター)の殺し合いに巻き込まれること、そしてもしケネスが負けて死んだとき、諸共に自分と村の皆が死ぬことを。
「討滅者? 教会の狩人(ハンター)だと? 彼がか?」
ケネスはダレンたちに意味深な目線を送ると何故か突然声を上げて笑い出した。大声で笑う彼に戸惑うダレン、サイラス、アントニーの三人。リチャードだけは真顔で静かにそれを聞いていた。
「こいつはお笑い草だ! 何も知らないというのは実に滑稽で哀れだな。……そうは思わないか? 我が同胞よ」
ダレンは一瞬ケネスが何を言ったのか分からなかった。サイラスもアントニーもそうだったろう。
「同胞……?」
ケネスが言った言葉を震える声で繰り返す。同胞? 同胞とはどういうことだ? まさかそれは……。
ダレンが信じ難い事実を認識しようとしたとき、リチャードが先んじて言葉を発した。
「隠していて申し訳ありません、ダレンさん。そうです。私も吸血鬼です」
「なっ……!?」
ダレンは今度こそ絶句した。頭を金槌で殴られたような衝撃を感じて、膝の力が抜ける。他の二人も同様の衝撃を受けたようで、目を瞠って言葉を失っていた。
「同族と合うのは久しぶりだ。実に喜ばしい。名を聞かせていただけるか?」
「リチャードといいます」
「リチャード殿。良ければ私の屋敷に案内しようと思うのだが、いかがかな?」
「お伺いしましょう。よろしくお願いします」
放心するダレンたちを捨て置いて友好的な握手を交わすリチャードとケネス。
「そういうことですので、私はこれで失礼いたします。お招きいただきありがとうございました」
リチャードはダレンに向けて一礼し、ケネスと一緒にダレン家の玄関に向かう。ダレンたちは彼らが家を出ていってもしばらくは動くことすら出来なかった。予想も出来なかった最悪の現実に打ちのめされていたのだった。
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